第6話(第116話) 墓場で会った時から

【ここまでのあらすじ】


 久曽小学校から横島小学校に転校してきた、当時の橘少年は、壇ノ浦校長に、横島小学校の校長室にお呼び出しされ、自身の出自に関して説明を受けることになった。


 壇ノ浦校長は、橘少年に、物部一門グループについて説明をする。

 その後、校長室に招き入れられた、二十代後半ぐらいの年頃の青年は、当時の物部総司。彼は、物部一門グループの異界方面の総司令官だと名乗り、異界について説明を始めた。

 橘少年は、異界の出身で、【異界渡り】という能力を発現する素質があるという。


 不良少年に集団リンチされ、「中二病」だと揶揄されたことを憤る橘少年に、壇ノ浦校長は、進学先の選択肢として、異界の学校を提案する。


 物部総司総司令官は、橘少年が【異界渡り】を会得する前に、まずは、その能力が本当に中学二年生相当で、飛び級に値するのか、検証したい、と言う。


 こうして、橘少年は、「小学生が【中二病】スキルを取得したので、飛び級してみた」という企画の実験に、被験者として参加することになった。


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 久曽小学校の裏にある、裏山は、墓地になっている。墓地にやって来た橘少年だが、現地集合で、壇ノ浦校長と物部総司総司令官の二人と墓場で会った時から、何か重苦しい空気が漂っていた。


「ここに来るのは久しぶりだけど、以前ここに来たときと違って、何か空気が重苦しいような……。」


「ここの地下に、我々、物部一門グループ秘密基地アジトがある。空気が重苦しいのは、次元断層が歪んでいるからだが、それを感じ取ることができるということは、魔力を制御する素質があるからに他ならない。やがて、この次元の歪みは裂けて、次元の裂け目となるだろう。今は周期的にそういう時期になっているから、本来ここは、関係者以外立ち入り禁止になっているんだ。」


「うっかり、神隠しに遭わないように?」


「そういうことだ。君の【異界渡り】が発現しつつある。実際に、【異界渡り】で【魔界】に転移できれば、その結果を以て、【異界渡り】の発現が完了する。我々が付き添う理由は、万が一、【異界渡り】の能力が発現せずに、単なる転移で終わってしまった場合、転移元まで君を連れ戻す要員が必要だからだが、恐らく杞憂に終わるだろうな。」


 それでも、ここまで来るのは簡単ではなかったと、橘少年はつい最近の怒濤の数週間を振り返るのであった。


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 物部一門グループの所有する建物の一室にて。小学生が飛び級するための【中二病】スキルの取得は、漢字にカタカナ英語でルビを振る問題を大量に解く作業から始まった。

 まだ、電子辞書が普及する前の時代なので、机の上には、国語辞典、漢字辞典、英和辞典、和英辞典が置かれており、コレを持ち運ぶだけで、良い筋トレになるのではないか、とさえ、思われる。


 しかも、これから行くことになる、【魔界】の日高見ヒタカミ国には、戦前どころか、千年以上前から植民していたらしく、漢字は旧字体をも交えているから、新旧の対応関係も把握しておく必要まであるという。


 また、北海道の難読地名を読めるようにと言われた。北海道の難読地名はアイヌ語に由来するものが多い。さらに、物部一門グループが独自に作成した、アイヌ語の教科書を渡された。

 何故なら、学ぶ理由として挙げられるのが、北方の隣国の言語が、アイヌ語に似ているかららしい。多少、ニヴフ語も混ざっているらしいのは、転移に巻き込まれたからなのかも知れない、と言われている。


 アイヌ語は抱合語に分類され、膠着語である日本語とは文法が異なるが、語順は概ね同じで膠着語的な側面もある。

 文字を持たない言語だったので、ラテン文字のアルファベットに日本語のカタカナでルビが振ってあり、この点では、言語学的観点からも、日本人にとって最も学び易い言語の一つであると言っても過言ではないだろう。


 そして、西方にある、もう一つの隣国の言語は、独逸ドイツ語に似ているらしく、やはり、物部一門グループが独自に作成した、独逸ドイツ語の教科書を渡された。こちらも、日本語のカタカナでルビが振ってあった。

 まだ小学生であり、英語は塾のみで、殆ど未履修と言っても過言ではない橘少年は知る由もないのだが、独逸ドイツ語は、英語と違って、大母音推移の影響を受けていないので、「フォニックス」みたいに発音と綴りが乖離しているような規則もなく、概ね、ラテン文字のアルファベット通りに読めば良く、thの発音みたいな複雑な発音もない。


 多少、ギリシャ語の影響を受けている外来語があるぐらいだが、それでも一応ギリシャ文字は、頭に入れておくようにと言われている。後々、数学や物理学でも使うので、覚えておいて損はないという。

 後は、フラクトゥールという、旧字体も使われているらしいが、印刷に使うのが主なので、取り敢えずは、読めさえすれば良いらしい。


 日本人の大半は、連合国総司令部GHQの占領政策の影響で、言語学習の選択肢を狭められ、日本語と中途半端なカタカナ英語しか出来ない。そして、「英語は世界の共通語」等とほざく、英語帝国主義の傀儡となって、異世界小説や漫画、アニメ、ゲーム等でもドヤ顔でカタカナ英語を振りかざすようになってしまった。

 しかし、日本語と英語に加え、第三言語として、独逸ドイツ語等の第二外国語に加えて、アイヌ語も学んでおけば、四言語を使えることになる。これはもう、多言語話者マルチリンガルと言っても過言ではないだろう。


 算数の問題は、中学受験では、文字式を使わずに技巧的に解くが、数学の問題は文字式を使って、機械的に解く。

 例えば、鶴亀算の場合、逆比を使って解くか、連立方程式を立てて解くか。或いは、理工系の大学生であれば、行列や行列式に直して、クラメルの公式で瞬殺するかも知れない。

 両者は、問屋制家内工業と工場のベルトコンベアーみたいな関係だが、両方の解き方が可能であることが望ましい。


 社会は、地理であれ、日本史であれ、世界史であれ、他の公民分野であれ、郡山少年も橘少年も、学習漫画を読んで理解していた。後は資料集で、補足しながら学べば良い。理科も、学習漫画を読んで理解して、後は図鑑や資料集で学べば良い。

 社会や理科は、どちらかと言えば後回しでも構わない。何故なら、異界の現地では、地理も歴史も、政治も経済も、或いは、科学の法則や生態系すら、現世とは異なるのだから。


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 こうして、【中二病】という技能スキル、或いは【術理】というものは、苦心惨憺の末に習得するものなのだな、と改めて心からそう思う橘少年であったが、ここまで努力したからこそ、初の【異界渡り】に際し、そこまで緊張しなくても済んだのだろうか、彼は半分ぐらい遠足気分であった。


 墓場の地下、隧道ずいどうの最奥の壁に、銀色の水の膜みたいな何かが煌めいている。壁に設置された燭台に、灯された蝋燭の炎だけという、光源の乏しいこの地下において、不自然に煌めく水面みなもに、橘少年は、壇ノ浦校長と物部総司総司令官の二人と共に飛び込んで行った。


 すると、見慣れない風景に変わった。建物は、日本風の建築にも似ているが、似て非なる世界。これが、【魔界】の日高見ヒタカミ国だというのかと、橘少年が思っていると、物部総司総司令官が次のように宣言した。


「君は、【魔界】の日高見ヒタカミ国の出身だ。しかも、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主に成るべき人間だ。君は、物心がつく前に、取り替え子という形でこちらに転移した。その目的は、【異界渡り】の能力を発現させることにあった。そして、【異界渡り】の発現が完了し、君の存在がこの【魔界】においても固定された。今ここに、【異界渡り】発現の儀式という実験が終了したことを宣言する!」


 その後、橘少年は、現世、【喪界】、【魔界】の三つの異界を行き来して、見聞を広めた。陰陽術士として、魔導科学者として、そして、次期領主として、やがては領主となるに相応ふさわしい経験と知識を得た。

 各々の異界は、時間経過が独立しているから、実質的には、常人の三倍の青春時代を学業に費やしたことになるが、それでも、行政に携わるためには必須の難関資格である【政治士】の取得はギリギリであった。

 この資格が如何に難関であるかが、そして、この資格をあっさりと取得した、【喪界】の荒脛巾アラハバキ皇国おうこく第参皇児おうじ、常井参狼さぶろう氏の能力が秀逸で、如何に規格外かが分かるだろうか。


 現代に生きる、名門の家系の人間として、【喪界】の登戸研究所の付属校で、土師はじ少年と学友となり、【喪界】から現世へ帰還した、弓削少年を補助サポートして、物部一門グループと対立する、政敵の過激派組織である、元・教室長一派の残党狩りを手伝ったりした。

 彼ら二人は、やがて、現代の日高見ヒタカミ国の御三家として、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主である自分を、横綱土俵入りの太刀持ちと露払いの様に、支えてくれる貴重な人材として、育て上げる必要があったのだ。

 まぁ、大学で再会した郡山青年も、【異界渡り】の能力が発現していて、物部一門グループに入門したのは想定外だったが。


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 橘青年の過去の記憶は、他の三人の青年にとって、映画鑑賞の様なものであったが、それでも、彼らにとっては、初めての瘴気の濃い【魔界】入りであり、疲れたであろうという、壇ノ浦校長の発言により、本日の会合はお開きとなった。


 その日の夜は、次期領主である橘青年の権限によって、物部一門グループの建物で宿泊できることになった。

 宿泊施設へ向かう途中、八百屋を見かけたので覗いてみたが、この【魔界】の日高見ヒタカミ国であっても、食材は普通であるようで、大根、甘藍キャベツ牛蒡ゴボウ茄子ナス、ピーマン、オクラ、オカヒジキ、南瓜カボチャ、薩摩芋、紫芋等が確認できた。


 【魔界】の料理は、そこまで奇をてらった内容ではなかった。先程の八百屋で見かけたような野菜とか、黄身返し卵等が中心の鍋だった。

 黄身返し卵とは、通常のゆで卵と異なり、白身が内側で、黄身が外側になったゆで卵のことである。

 鍋の中の主食となるのは、多分、着色料によって、緑とピンク色に染まったうどんである。素麺そうめんに緑とピンク色の素麺そうめんが一本ずつ入っていることがあるが、それのうどん版であると考えると良いだろう。但し、色は少し濃いかも知れないが。

 いや、充分、奇をてらった内容ではないか、という反論もありそうだが、かつて玖球クーゲル連合の都市探索協会本部付属の食堂【丼次郎】で見た、「リュウグウノツカイの刺身丼」とか、「スミロドンの炭炉丼」とか、そういうゲテモノ料理と比較すれば、まだまだ常識の範囲内であろう。


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 翌日、都市探索協会へ行って、登録することになった。都市探索協会とは、異世界小説に出てくる冒険者ギルドや、現世における職安、公共職業安定所に近い。


 常設依頼としては、「稲妻草」の採取・蒐集という、異世界小説の定番みたいな依頼があった。

 この植物は、北方の隣国では、「imerukinaイメルキナ」とも呼ばれているそうだが、史実のアイヌ語には、そのような単語は存在していない。


 では、その正体は一体何であろうか。実は、「生姜」と「山葵わさび」のことである。どちらも口に入れると、稲妻みたいにピリッとくることから命名されたのだという。

 前者は、温暖な気候の場所で採れるし、後者は、寒冷な気候の場所で採れる。多分、昨日見かけた、八百屋とかに卸すのだろう。

 北方の隣国では、前者は「nikapiroニカピロ」、後者は「hukinaneフキナネ」、と呼ばれているそうだ。ちなみに、史実のアイヌ語では、千歳方言などの一部の地域の方言で、「黄色・樹皮色」と「緑色・若草色」を意味する単語となる。


 都市探索協会で登録を完了したので、四人は、西方の隣国であり、この世界では最も文明が進んでいる、魔導科学都市国家ガルヴァニアに社会科見学に行こう、という話になった。

 【喪界】と【魔界】の硬貨は、意匠が違うだけで、両替が可能だというので、【喪界】に行ったときの残高が残っていた、郡山青年と弓削青年、土師はじ青年の三人は、都市探索協会で両替をしようかと相談していた矢先である。


火蟻ヒアリだ~っ!火蟻ヒアリの大群が出たぞ~っ!」


 どうやら久しぶりに陰陽術士として、害獣駆除の依頼で、戦闘をすることになりそうだ。

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