第5話(第115話) 小学生が【中二病】スキルを取得したので、飛び級してみた

【ここまでのあらすじ】


 壇ノ浦校長の先導の下、物部一門グループ日高見ヒタカミ国における拠点の一つ、「ノヴォリト研究所」に案内された、郡山青年と弓削青年は、そこで、土師はじ青年と橘青年と合流する。


 「ノヴォリト研究所」では、物部一門グループの職人達や、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主に会うことになっていたが、物部一門グループの職人達の自己紹介が終わっても、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主は姿を現さない。


 姿を現さない次期領主にいぶかる一行だが、壇ノ浦校長曰く、彼は既にここにいるという。すると、橘青年が、自分が、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主であることを明かし、自身の過去の記憶を宿した【読心とうしんの宝珠】を液晶画面に映し出すのであった。


 久曽小学校から横島小学校に転校してきた、当時の橘少年は、壇ノ浦校長に、横島小学校の校長室にお呼び出しされ、自身の出自に関して説明を受けることになったのだが……。


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 橘少年の出自に関して説明をしようと話を始めた、壇ノ浦校長の最初の問いは、


「君は、どこまで真実を知っているのかな?弓削君が、函館に転校した、本当の理由は?それと、彼が所属している、物部一門グループについては、聞いたことぐらいはあるかな?」


という内容だった。まず、どこまで真実を知っているのか、という問いは余りにも漠然としすぎており、強いて言うならば、全く知らないと答えるより他ない。


 次に、弓削少年が、函館に転校した、本当の理由についてだが、これも全く知らない。しかし、ここでそういう問いが出てくるということは、普通に親の転勤とか、そういう単純な理由ではなく、何か不穏当な、或いは、もっと物騒な理由によるものだと推測することは出来る。その内容までには心当たりはないのだが……。


 そして、続いて質問された内容である、弓削少年が、所属しているという、物部一門グループについてだが、これも聞いたことぐらいしかない。


「俺の出自に関しては、何も聞いていません。弓削君が、函館に転校した理由も、普通に親の転勤とか、そういう理由だと思っていました。物部一門グループは、モノづくりに特化した一族で、弓削君は、その分家みたいな一家の出身だという噂は聞いたことがあります。」


 その答えに、壇ノ浦校長は満足そうに、


「君の答えは、私が推測していた内容と、殆ど相違ないよ。むしろ、完璧な答えだと褒めてもいいぐらいだ。教わってもいないことを知ったかぶって答えるような輩よりも、よっぽど健全だと思うがね。」


と言いながら、物部一門グループについて説明を始めた。


「まずは、続柄つづきがらというものについて説明しよう。両親は1親等、祖父母と兄弟姉妹は2親等、曾祖父母や、おじ、おばについては、いずれも3親等、従兄弟いとこ同士は4親等。ここまでは分かったかね?」


「まぁ、そのぐらいの範囲であれば、何となく。」


「では、祖父母同士が兄弟の場合を再従兄弟はとこと呼ぶのだが、これが6親等。曾祖父母同士が兄弟の場合を三従兄弟みいとこと呼び、これが8親等。さらに、もう一世代前の高祖父母同士が兄弟の場合を四従兄弟よいとこと呼び、これが10親等。ちなみに、アメリカの大統領のルーズベルトは、二人いるのだが、両者の続柄つづきがらは、五従兄弟いついとこで12親等となる。」


「系図マニアみたいな知識ですけど、もうそれは、殆ど他人と言ってもいい関係ですよね。」


「まぁ、そのぐらい歴史の古い一族だということだね。そして、確かに、君の言った通り、弓削氏は、物部一門グループの傍系であることも間違いは無い。だが、他にも名門の一族の家系というものはあり、それらは相互に遠い親戚関係にあったりする。君達の世代で言えば、土師はじ氏とか、それこそ、橘氏とか。」


「俺の家の者が、物部一門グループの遠い親戚だったなんて……。」


「私も、今は壇ノ浦と名乗っているが、出身である平間氏は、平氏の落ち武者の末裔だと言われている。この平間氏も、物部一門グループとは、遠い親戚関係にある、と言われているよ。」


「でも、土師はじ氏というのは、知りませんね。今日、初めて聞きました。」


「ああ。土師はじ氏といっても、全国に色々いるが、くだん土師はじ氏は、愛知県西部、尾張国出身の一族だね。君達の世代では、土師はじ真理まこと君が、塾の全国模試上位の常連で、神童と言われているらしいよ。弓削君とは、再従兄弟はとこで6親等か、三従兄弟みいとこで8親等だったかな。彼らと君も、そして私とも、三従兄弟みいとこで8親等だったり、四従兄弟よいとこで10親等だったりする。」


「さっきも言ったけど、8親等とか10親等とか、殆ど他人じゃないですか。」


「だが、その関係で、君の進学先の選択肢の提案をするために、ある人物を呼んでいる。」


 そこで、壇ノ浦校長は、校長室の隣の部屋で待機していた人物を校長室に招き入れた。


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 校長室に招き入れられた人物は、二十代後半ぐらいの年頃の青年だった。


「初めまして。私は、物部一門グループの物部総司。この名前は、新選組一番隊組長ではなく、総司令官であることに由来している。よく勘違いされるんだがな。」


「初めまして。総司令官というのは、軍隊か何かですか?」


「ああ。私は、異界方面の総司令官を担当している。異界とは何だ?という顔をしているな。これから話すことは、他言無用に願いたいが、仮に誰かに話しても、都市伝説扱いで一蹴されるだろうがな。」


 最初は、ふざけているのかと思ったが、そうでもなさそうだ。異界とは何かの隠語だろうか?


「異界というのは、異国というか、外国みたいなものかなぁ?」


「いや。全然違う。異界というものが、都市伝説ではなく、実際に存在するのだ。旅券パスポートがあれば、外国に行くことも可能だろうが、異界に行けるのは、【異界渡り】という特別な能力を持った、選ばれた人間だけだ。」


「【異界渡り】?俺には、そんな特別な能力を持っていた覚えはないですよ?」


「君は、実はこの世界の出身ではない。異界の出身だ。この世界の上には、無数の『ここではないどこか別の世界』が重なっている。君の出身地である異界も、そういう世界の一つだ。」


 そして、物部総司総司令官は、異界について説明を始めた。


「世界とは、各々の次元の上に存在する。別次元の領域に、ここではないどこか別の世界がある。それが異界だ。それらは、層状に重なっていて、次元断層という障壁みたいなものによって、隔てられており、通常は互いに行ったり来たりは出来ないんだ。」


「だったら、異界が存在していても、普通は気が付かないんじゃないですか?」


「だが、互いの層を隔てる次元断層という障壁には、次元の歪みが生じることがある。それはやがて、次元の裂け目となり、これが異界への入口となる。橘君も、神隠しという言葉ぐらいは聞いたことがあるんじゃないかい?」


「でも、実際に誰かが失踪して行方不明になったら、捜索願が出されますよね?」


「行方不明者の周囲の人間が、本人のことを記憶していればね。誰かが次元の裂け目に吸い込まれた場合、世界観で情報の整合性を保つため、辻褄を合わせる際、失踪した人間の記憶が抹消され、情報が改変されてしまう。」


「すると、皆の記憶から忘れられてしまうから、誰も捜索願を出さない?」


「単純な転移であれば、次元の裂け目が閉じれば、そうなるね。稀に不具合として、本人やその周囲の者に、身に覚えのない記憶が残ることがあるけど。」


「自分の過去なのに、他人の記憶を辿っているみたいな?」


「そう。しかし、自我を保った上で、異界間を転移することが出来る、【異界渡り】という能力を発現する者が、稀にいるんだ。君にもその素質がある。」


 突然の説明に理解が追いつかない橘少年に、壇ノ浦校長が補足説明をする。


「さっきも言ったが、総司君を呼んだのは、君の進学先の選択肢の提案をするためだ。弓削君が転校した後、君が不良少年に集団リンチされているという現状は望ましくない。君だって、彼らのサンドバックにされた状態で、このまま終わるのは厭だろう?」


「そうですね。連中は俺のことを『中二病』とか言うんですよ!」


 「中二病」というのは、メディアによる造語だが、定義が非常に曖昧で、このような言葉は、屡々しばしば、悪意のある個人が、恣意的に運用するため、揶揄された側としては、非常に腹立たしいものがある。


「彼らは何故、君のことを『中二病』と呼ぶのか、何か理由は言っていたかね?」


「『黒い服を着ているから』とか、『旧字体を使うから』とか、『独逸ドイツ語の単語を使うから』とか、『インドア派で運動神経が鈍いから』とか、『社交性が乏しい陰キャだから』とか、言っていました。でも、連中が『中二病』と呼ぶということは、俺には中学二年生相当の学力があるってことですよね?勿論、俺だってこのまま終わりたくはありませんよ。し、飛び級制度があれば、今すぐ飛び級して、直ちに転校したいぐらいです!」


 他にも、眼帯をしたり、意味不明な長い呪文を詠唱したり、漢字にカタカナ英語でルビを振ったりすると、「中二病」と呼ばれることがあるようだ。

 中学三年生以上の学年に在籍する者が「中二病」と言われたら、実年齢よりも幼く見られるわけで、誹謗中傷されたと思うのが当然だろう。

 しかし、小学生の時点で「中二病」と言われたら、実質的には、飛び級相当の実力がある、と褒められているのではないだろうか?


「黒い服を着ている人が『中二病』なら、葬式に喪服で参列した者は全員『中二病』になってしまうではないか。旧字体や独逸ドイツ語の単語を使う人が『中二病』なら、戦前の学生の殆どが該当してしまうぞ。そういえば、戦前には飛び級制度があったのだが、残念ながら、現在の義務教育には、飛び級制度は存在しないなぁ。」


 ものもらいや結膜炎で苦しんでいるときに、何故、眼帯をしているだけで、「中二病」などと揶揄されなければならない?

 それに、葬式で喪服を着ている人だけでなく、意味不明な長い呪文を詠唱するのが「中二病」というのなら、参列者の殆どは、あのサンスクリット語を理解できないから、読経している僧侶も「中二病」ということになってしまうだろう。


 そして、現実の中学校において、外国語教育の選択肢として、独逸ドイツ語選択が可能な学校が、果たして何校存在するだろうか?

 戦前の外国語教育は、英語と独逸ドイツ語が半々だったようだが、英語教の信者達が、外国語教育の選択肢を狭めている状況下で、自ら独逸ドイツ語を独学している、向上心溢れる中学生がいるのなら、その足を引っ張る様な態度こそ、如何なものかとは思わないのだろうか?


 旧字体の廃止も、連合国総司令部GHQが、我が国の国力の弱体化を目論んだ政策であることは明らかであり、旧字体を使う愛国心に満ちた若者が、「中二病」だと揶揄されることは、甚だ不愉快である。


 昨今、「中二病」は、黒歴史だという風潮が強いようだが、同時に、「自虐史観」は良くない、という風潮も強くなっていると感じる。

 だが、この「黒歴史」という言葉自体、連合国総司令部GHQに強要された、黒塗りの教科書が由来であり、これこそ、君達が嫌う「自虐史観」ではないか。矛盾しているぞ?


――――――――――――――――――――――――――――――


 橘少年の怨念の如き憤怒を理解した壇ノ浦校長は、


「飛び級制度は存在しないが、その代わりに、ここに異界の学校のパンフレットがある。実は、私もこの異界の学校の卒業生でね。こちらの世界に留学して、そのまま気が付いたら、校長にまで昇進していたんだ。その観点から言わせて貰うと、君に相応ふさわしい進路選択だと思うよ。勿論、あくまでこれは、提案であって、君自身がよく考えた上で決めてほしいがね。」


「校長先生が異界の出身?平氏の落ち武者の末裔なのに?」


「壇ノ浦の戦いに敗れ、落ち武者となった私の先祖は、次元の裂け目に吸い込まれて、異界に転移して、不歸かえらずの人になってしまった。その後、向こうの異界で、平間姓を名乗り、【異界渡り】の能力が発現した子孫である私が、世代を超えて里帰りを果たしたというわけさ。」


 物部総司総司令官も、壇ノ浦校長の発言に補足説明を加える。


「もしこの選択肢を選ぶのであれば、君は物部一門グループ一員メンバーとなる。歓迎しよう。君の出身の異界は、魔素が濃い世界だから、先ず間違いなく、【異界渡り】の能力が発現するだろうからな。それを我々の組織のために使って貰えるなら、お互いにとって有益な結果となるだろう。」


「もしかして、俺や壇ノ浦校長の出身である異界以外にも、行かれる機会があるんですか?」


「ああ。勿論あるよ。君が他の異界に行くことも望むのであればね。そうそう、各々の異界は、時間経過が独立しているんだ。【異界渡り】で転移するときに注意すべき点としては、例えば、十歳の君が、ある異界に行った後、別の異界で十年過ごしたとしても、最初の異界では十歳のままだ。【異界渡り】先を偏らせたり、放置したままにするのは、あまり望ましくはないな。」


「ん?でも、俺は異界の出身なんですよね。多分、物心がつく前だと思うけど、向こうに【異界渡り】したら、もしかしたら、幼児からやり直し?」


「それはない。君は【異界渡り】の能力が発現する前に、取り替え子という形でこちらに転移した。あちらの異界で君が存在した記憶は既に抹消されている。逆に言えば、【異界渡り】の能力が発現した後、最初に【異界渡り】した時点で、また、向こうでの情報が固定されるはずだ。」


「その俺の出身地である異界の名前は?」


「安直だけど、我々の組織では、魔素が濃いから、【魔界】って呼ばれているよ。今我々がいる、この現実世界を『現世』と呼ぶことにすると、これが第一の層になる。魔素が存在しない世界だな。次に、この世界では喪われた、絶滅種や死語、廃駅が存在したりしている異界を【喪界】とか【喪世界】と呼ぶんだけど、その【喪界】のある次元の層が、その上にある。これが第二の層になる。【魔界】のある次元の層は、さらにその上の第三の層にある。その上には、【冥界】と呼ばれる異界が存在している、第四の層があるが、魔素が濃過ぎて、瘴気みたいになっていて、私を含め、殆どの者は行かれない。暗黒次元とも呼ばれている。」


「【異界渡り】の能力は、どうすれば発現するんですか?」


「【異界渡り】は、【魔界】では【術理】、【喪界】では【技能スキル】とも呼ばれているんだが、一般的には、場数を増やして、熟練度を上昇させて、会得する。【喪界】では、常井とかいう魔導科学者が、熟練度上昇薬を発明したらしいが、安全性の検証が不充分なので、オススメできない。そうだな、まずは、君の能力が本当に中学二年生相当で、飛び級に値するのか、検証するところから始めようか。折角だから、この【技能スキル】を【中二病】と名付けることにしよう!」


 こうして、橘少年は、「小学生が【中二病】スキルを取得したので、飛び級してみた」という企画の実験に、被験者として参加することになった。

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