第4話(第114話) コンビナートを左に曲がると

【ここまでのあらすじ】


 郡山青年と弓削青年の二人は、行き先が「西地神井」行きと表示されている旧型の車両が使われている列車に乗り込むと、異界駅の総集編オンパレードみたいな異常事態に遭遇する。

 やがて、列車が停車し、到着した終着駅にて、虚無僧の壇ノ浦氏の先導の下、廃墟となっているコンビナートを左に曲がると……。


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 コンビナートを左に曲がると、そこには大きな鳥居があった。異界駅でも、例えば、「かたす駅」や「かがち駅」、「すたか駅」等の場合は、駅の目の前や、改札を出たところに鳥居があるという。

 また、これらの駅の共通点として、牛の鳴き声みたいな音が近づいてきたり、電柱に「牛頭ごず」と書かれていたり、二本足で立つ牛が出て来たりする。


 ここでも、その大きな鳥居の左右に、「月の宮駅/つきのみや駅」の話に登場したような、2メートルぐらいの黒い人が立っていて、その頭には【牛骨の冠】を装着している。【牛骨の冠】とは何かって?

 美術室に、静物画を描く際に使う牛骨が置いてある場合があるだろう。この【牛骨の冠】も魔道具マジックアイテムであり、その見た目は、美術室に置いてある静物画用の牛骨と殆ど大差ない。


 しかも、この鳥居の門番みたいな二人の牛頭ごずは、首から太鼓をひもでぶら下げており、さらに、両手には、音楽室にあるような鈴と、太鼓のばちを持っている。

 これも、「きさらぎ駅」や、「まみた駅」で、鈴や太鼓の音が聞こえてきたことに関係しているのだろうか?


 彼らは、虚無僧の壇ノ浦が、コンビナートを左に曲がって、自分達の目の前に姿を現したことを確認すると、門番みたいな二人の牛頭ごずは、鳥居の左右に分かれて、片膝を立ててひざまずき、野太い声で、


「気を付けて行ってらっしゃいませ」


と言葉を発した。彼らが退いたことにより、鳥居の中心に水の膜みたいなのが出来ており、それが時々、振動して、水面みなもに同心円状の波紋を作り出していることが分かる。

 郡山青年は、そういえば、朝、駅前演説をしていた政治家が、


「気を付けて行ってらっしゃいませ」


と言っていたな、と思い出す。


 また、壇ノ浦校長の後ろからやって来た、彼の式神である、「般若の仮面」、「妖狐の仮面」、ペスト医師みたいな「烏天狗の仮面」を被った集団は、百鬼夜行か、或いは、仮面舞踏会マスカレードとでも形容すべき、鈴や太鼓を持った、2メートルぐらいの黒い人達だが、長いので、以降は「音楽隊」とでも呼ぶことにする。

 この「音楽隊」は、鳥居の中心に出来た水面みなもに向かって、


「ヲホホホ、ヲホホホ、ヲホホホ、ホホホ~ホ。」


と叫びながら、次々に飛び込んで行く。近くで見ると、彼らの黒い体は、【鮫肌水着】という、乱流境界層の性質を応用した、競泳用の水着で覆われていたことが分かる。まさか、その理由は、この水面みなもに飛び込むためだったのだろうか?


 そう思って、二人の牛頭ごずの門番達を見ると、彼らの黒い体も、【鮫肌水着】で覆われていることが分かった。ということは、先程の恭しい態度からも分かる通り、彼らもまた、壇ノ浦校長の式神で間違いないであろう。その真偽を【思念共有】で確認すると、


『ご名答!』


と言われた。そう考えると、ある意味、全員お揃いの装備に統一しているのだな。


 郡山青年と弓削青年の二人は、【鮫肌水着】を着ていないが、鳥居の中心の水面みなもに飛び込んでも問題ないそうだ。要するに、この鳥居は、【魔界】版の【転移の鳥居】ということらしい。

 【転移の鳥居】の水面みなもに飛び込んだ二人は、若干の冷気を感じたが、問題なく、転移先の地へと降り立った。


「ようこそ。産業立国である、日高見ヒタカミ国の工業都市ヒタカミの地へ。」


 二人の直後に転移してきた、虚無僧の壇ノ浦校長が歓迎の台詞を、【思念共有】ではなく、肉声で放った。

 こうして、二人は産業立国である、日高見ヒタカミ国の工業都市ヒタカミの地に降り立ったのである。


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 壇ノ浦校長の先導の下、物部一門グループ日高見ヒタカミ国における拠点の一つ、「ノヴォリト研究所」に案内される。勿論、壇ノ浦校長の式神である、くだんの「音楽隊」は、既に型紙の中へと還ったようであるが。


 さて、【喪界】にも「登戸研究所」が存在したが、この「ノヴォリト研究所」は、その【魔界】版といったところらしい。

 「登戸研究所」は、荒脛巾アラハバキ皇国おうこくの橘樹郡稲毛領稲田登戸に存在したわけであるが、同様に、「ノヴォリト研究所」は、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領ゐナダノヴォリトに存在している。

 バ行がヴァ行に、ア行イがわ行ゐに変わっており、しかも、ひらがなとカタカナが混在しているが、それは、この【魔界】や、日高見ヒタカミ国の言語の複雑な文法規則に起因するらしい。


 「ノヴォリト研究所」では、物部一門グループの職人達や、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主に会うことになっている、という。

 物部一門グループの入門前の研修の時と同様、やはり暗い部屋の中で、殆ど同時に入室してきた土師はじ青年と橘青年と共に、壇ノ浦校長を含めた五人が円卓を囲む椅子に座ると、部屋の中に設置された大きな液晶画面の向こうに、物部一門グループの職人達:


・物部総司:物部一門グループの総司令官。

・物部陶冶とうや:【武器合成】担当。

・物部研磨:【刻印術】担当。

・物部修理おさむ:品質管理部門長。

・物部凌駕:技術開発部門長。

・物部萌芽:研究開発部門長。

・物部闘魔:【決闘術】担当。


が現れ、物部総司総司令官が司会を務める中、各自が淡々と自己紹介を始めた。


 物部陶冶とうや氏は、金属工学、冶金学の専門家で、【武器合成】担当。ダマスカス鋼等の、喪われた製法を再現することが目標だと語る。


 物部研磨氏は、【刻印術】担当。【刻印術】とは、現世におけるプログラミングに近い概念だが、現世のプログラミングに用いられている単語は、条件分岐のif~else構文とか、繰り返しのforループとか、英単語が多いのに対し、【魔界】では、アイヌ語と独逸ドイツ語が混ざった、【アイツ語】とでも呼ぶべき単語が用いられた文法となるそうだ。


 物部修理おさむ氏は、主に魔道具マジックアイテムの修理担当だが、品質管理部門長を兼任する。物部総司総司令官と同様、代々、「修理」、「修」、「理」のいずれかの名前を名乗ることになっており、いずれも「おさむ」と読むのだという。


 物部凌駕氏は、技術開発部門長だ。この地位に就く者は代々、既存の技術を凌駕する技術を開発することを願い、その名前を受け継いでいくのだという。


 物部萌芽氏は、研究開発部門長だ。彼もまた同様に、新しい時代の萌芽となるような革新的な研究開発を志し、この地位に就く者も代々、その名前を受け継いでいくのだという。


 物部闘魔氏は、【決闘術】担当で、人工的に強化された筋肉の鎧を纏う、強化人間だという。どう考えても人体実験にしか思えないが、本人はこの役割を天職だと思っているそうだ。


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 液晶画面が消灯したが、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主なる人物は、全く現れる気配がない。


「次期領主の方は、多忙みたいですね。」


と言うと、壇ノ浦校長が、


「次期領主殿は、既にここにいるが?」


と言った。そして、驚いた様子で


「まさか君は、未だに自分の正体を同輩に告げていないのかね?」


すると、橘青年は、椅子から立ち上がり、


「そういえば、言っていなかったな。では、改めて、自己紹介するとしようか。俺の名前は、橘たつきで、下の名前の『樹』は、『いつき』ではなく、『たつき』と読むんだが、名字の『橘』と二文字合わせて、その場合も『橘樹たちばな』とも読むんだ。この名前からも分かる通り、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主だ。」


と自分が、ヒタカミ国タチヴァナ郡ゐナゲ領の次期領主であることを明かした。


「【魔界】出身とは聞いていたが、まさか次期領主だとはな……。」


「言う必要も無かったし、無駄に畏まられても困るからな。今まで通りに接してくれると有り難い。」


「皆少し驚いているだけさ。君がそう望むのなら、今まで通りに接するよ。」


「まぁ、俺も幼い頃は、自分が【魔界】出身だとは知らなかったんだが、取り替え子みたいな感じで、現世の小学校に通っていたらしい。いや、言葉で説明するよりも、実際に見た方が理解が早いだろうからな。今から、俺の記憶を宿した【読心とうしんの宝珠】をあの液晶画面に映す。」


 そして今、橘青年の過去が液晶画面に映し出されようとしていた。


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 時は1990年代。公立の底辺校である、久曽小学校にて。橘たつきという少年がいた。


 同級生に、郡山俊英としひでという生徒がいて、反応が面白いとかいう、下らない理由で、屡々しばしば、いじめられているみたいだった。


 橘少年も正義感の強い、正義漢だったので、最初は、その下らない、いじめを止めていたのである。自分がそのいじめの対象に変更されない程度には、であるが……。


 ある日、郡山少年が、窓から飛び降りて、自殺しようとしていたので、止めたりもした。


 だが、夏休みが終わって、学校に戻ってきた郡山少年の纏う雰囲気は、一変していた。


 郡山少年は、声変わりも早く、早熟で、身長は160cmを超えていた。


 彼は、学問による理論武装をして、十徳ナイフを持ち、一匹狼で、かつての復讐として、いじめっ子達を狩って回っていた。


 二人は、将棋で対戦する程度の中立ニュートラルな関係だったが、橘少年は、郡山少年の生き様に関しては、尊敬の念さえ抱いていた。


 ただ、橘少年は、横島小学校に転校したので、その後のことは知らない。


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 横島小学校に転校した橘少年は、横島小学校内の札付きの悪であるという、不良小学生の集団との戦闘に巻き込まれる。


 不良といっても、昼間の学校内では、あくまで普通の小学生なので、そこまで目立つことはないのだが、当時、中学受験が流行っており、夜遅くまで塾に通っていることも珍しくなかった。


 夜の塾帰りに社会勉強と称して、書店で立ち読みをしたり、当時、地元の開店した百円均一で、十徳ナイフを買ったり、路上で乱闘したり、自転車で暴走したり、夜遅くに帰宅して、塾で禁じられているゲームに興じたりするのだ。


 そんな不良小学生の集団に立ち向かう一人の少年がいた。横島小学校に在籍していた、当時の弓削泰斗少年である。彼の背後には、物部一門グループという、名門の一族が存在しているようだった。

 物部一門グループは、モノづくりに特化した集団で、幾つかの分家から構成された、親族で運営している組織で、弓削氏は、その傍系らしい。


 ある日、橘少年は、不良小学生の集団の集会に呼び出され、集団リンチを受ける嵌めに陥った。そして、集団リンチを受けている時、自転車に乗った弓削少年が現れ、蝙蝠傘を振り回して、その不良小学生の集団を一人で叩きのめしてしまったのである。


 その日以来、橘少年にとって、弓削少年は英雄ヒーローだった。当時の橘少年は、救世主メシアである弓削少年の、忠実なる信奉者となった。


 それから、暫く経ったある日のこと、橘少年は、そんな英雄ヒーローである弓削少年に話し掛けられた。


「君は、久曽小から転校してきたそうだな?同学年に郡山俊英としひでという奴がいただろう?彼と面識はあったのか?」


 橘少年は、何故そんなことを聞くのだろうか、といぶかるが、情報提供を拒んで、彼と衝突することは避けたかったので、


「彼は、孤高の一匹狼という感じだったから、彼とは敵でもないが、友人でもない、せいぜい知人といったところか?俺は、中立ニュートラルだ。」


と警戒しながら答えた。そして、橘少年からの情報に満足した弓削少年は、郡山少年との関係を語る。


「俺は奴と決闘した。奴の影には、得体の知れない何かが取り憑いているように見受けられたからな。奴は実力差もかんがみずに、ひたすら食い下がってきた。その志に敬意を表して、俺は奴と同盟を結んだんだ。」


 当初は敵対していたが、現在は味方になっている、ということなのか。


「君は少し毛色が違うようだが、噂によると、久曽小の連中は、彼を差別し、迫害しているらしいな。し、連中がこちらの学区内で、彼に攻撃をした場合、この街を出歩けないようにしてやる。」


 弓削少年は、そう言って、銀色の十徳ナイフの刃を月光に反射させて、わらっていた。


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 それから数ヶ月経ったある日。弓削家の諜報部門は、弓削少年の通う脳筋塾の教室長が、物部一門グループの政敵や、暗部の関係者に内通していることを看破し、本部校に暴露した。


 その情報を露呈された報復によって、元・教室長一派に追い詰められた弓削少年は、自殺未遂によって昏睡状態となり、函館の病院に入院したのだが、表向きは、転地療養のため、函館に転校したことになった。


 天敵が不在となった、不良小学生の集団が、再び、橘少年に危害を加えるようになったので、身の危険を感じた橘少年だったが、事情聴取という形で、横島小学校の校長室にお呼び出しされることになった。


 その横島小学校の校長こそ、壇ノ浦校長である。彼は、久曽小学校の元校長でもあった。橘少年が、久曽小学校から横島小学校に転校するのと同時期に、彼も久曽小学校から横島小学校に転任したのである。


 一時期、橘少年と壇ノ浦校長には、何か関係があるのではないか、と言う噂が周囲に流れたが、ただの偶然だろうという結論に至ったようだ。


「よう来た。橘君。ここに来たもらった理由だが、盗聴されることを防ぐためだ。というのは、これから話す内容が、機密情報なのでな。くれぐれも他の人に話したりしないように。」


「一般人の俺に、機密情報を話してもいいんですか?」


「勿論。本日の話題は、君の出自に関して説明するためだからね。結論から先に言うと、君は、一般人ではないのだよ。」


「俺が一般人ではない?俺は、何処どこにでもいる雑草の様な人間ですよ。」


 そう言うと、壇ノ浦校長は、彼の教育者としての矜恃を述べる。


「これは植物学者の牧野富太郎氏の言葉なんだがね。『雑草という名の植物は無い』という言葉がある。彼の最終学歴は小学校卒だが、植物の知識に関しては、大学教授さえ上回っていたのだよ。」


「久曽小学校の郡山君は、卒業式の練習をボイコットしたので、小学校中退扱いで、最終学歴が幼稚園卒になるんじゃないか、とか言っていましたよ。」


 冗談を言うと、壇ノ浦校長は、苦笑い。


「そういえば、君は久曽小学校からこの横島小学校に転校してきたのだったね。それも、私が、久曽小学校から横島小学校に転任するのと同時期にね。何かおかしいとか、全く感じなかったのかね?」


「確かに周囲の噂になっていたのは知っていますが……。」


「君は、どこまで真実を知っているのかな?弓削君が、函館に転校した、本当の理由は?それと、彼が所属している、物部一門グループについては、聞いたことぐらいはあるかな?」

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