第3話(第113話) 異界駅の傾向と対策

【ここまでのあらすじ】


 物部一門グループの入門前の研修に参加した、郡山青年、弓削青年、土師はじ青年、橘青年の四人は、壇ノ浦校長から、「異界駅の傾向と対策」についての説明を受けることになった……。


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 壇ノ浦校長は、黒板に「異界駅の傾向と対策」と大きく題字を書いて、皆に尋ねた。


「『異界駅』とは何か、知らない者のために念の為説明しておくと、『異界駅』とは、迷信や都市伝説オカルトの類である、と言われている。様々な目撃談があるようだが、人それぞれ、目撃する異界駅は異なるため、再現性は殆ど皆無であり、科学の対象からは自ずと外れるであろう。諸君の中で、何か有名な目撃談を聞いたことがある者はいるか?」


「『きさらぎ駅』。」


 壇ノ浦校長は、黒板に「きさらぎ駅」と書いた。


「ああ。確かに『きさらぎ駅』は有名だな。では、私なりの解釈を示そう。ところで、『韮崎』駅という駅について聞いたことはあるかね?」


「山梨県にある駅ですか?」


「戦前の駅名標は、右から左に読んでいた。『韮崎』を逆から読んで見たまえ。」


「「「「き・さ・ら・に」」」」


「そういうことだ。戦前の『韮崎』駅に繋がった可能性も否定は出来まい。これを、アイヌ語で、耳を意味する『kisaraキサラ』と、木を意味する『ni』だと解釈すると……長くなりそうなのでここでやめておこうか。他に異界駅の例を挙げられるかね?」


 その後、物部一門グループの入門前の研修では、様々な異界駅が列挙されたという。その例をここに列挙することはしないが、ちまたで噂されている異界駅をその代わりに以下に列挙しておこう。


●浅川駅

●あまがたき駅/あまがたに駅

・いずみがもり駅

●狗歯馬駅~厄身駅

●お狐さんの駅

・かがち駅

●かたす駅

・かむ…駅

●きさらぎ駅

●霧島駅

・軍事工場跡駅

○ごしょう駅

・齋驛來藤駅

・新長崎駅

・すざく駅

●すたか駅

●高九奈駅~敷草谷駅

・谷木尾上駅

・月の宮駅/つきのみや駅

・とこわ駅

○はいじま駅

○ひつか駅

・譬娜譌爬駅

●ひるが駅

●藤迫駅

・べっぴ駅

・まみた駅

・森越駅

●やみ駅


 調べてみたら、何と30駅以上も存在した。ちなみに、○はそのまま乗車していた方が危ないと思われる駅、●は降車しない方が望ましいと思われる駅である。特に、それら以外の駅は、情報が少ないため、判断が難しいため、保留扱いとするが、基本的には降りない方が安全だと思われる。これらの駅の話に興味を持った読者諸氏は、検索してみるのも一興であろう。


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 郡山青年が、物部一門グループの入門前の研修に参加したときを「回想」していると、乗っていた電車が「回送」になると車内放送があったので、郡山青年と弓削青年の二人は、駅に降りて乗り換えることになった。


 すると、二人は入門祝いとして貰った、翻訳の組紐ミサンガを常日頃から装着していたのだが、それに組み込まれていた翻訳の宝珠が、緑色に発光し、やがて乗り換えの電車が駅に到着した。総武線や南武線に使われていた、101系か103系の黄色ニカピロの車両に近い。し、これが若草色フキナネであれば、山手線や横浜線の車両に使われていたものだろう。


 その行き先は、「西地神井」行きと表示されていた。この行き先表示もスロットのリールや、ドラム缶の様に廻転する方式の車両のようだ。


 ――横須賀線の「西大井」駅?

 ――東武鉄道の「西新井」駅?

 ――それとも、西武新宿線の「上石神井」駅?


「聞いたことがない駅名の行き先だけど、翻訳の宝珠が発光したということは……。」


「ああ。お迎えが来た、ということなのだろう。」


「確かに、あの入門前の研修の後、いつでも召喚に応じられるように身構えてはいたけどさ……。」


「別に、乗ったからって、必ずしも、不歸かえらずの人になるわけじゃあるまいし、取り敢えず、乗ってみてから判断しようぜ。」


 こうして、二人は、出征する兵士の様に、列車に乗り込むのであった。


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 車両自体は、霊柩車みたいな悪趣味な外装の列車ではなく、普通の車両だった。但し、現在では使われていない、旧型の車両ではあるが。


 電車の内装も、鉄道博物館に展示しているような、明治時代や大正時代に走っていた、木目と赤い座席の車両程、古風な車両ではないが、天井に扇風機が廻転している程度には、旧型の車両ではあった。


 この電車はずっと地下を走行しており、一向に停車する気配がない。一度、「隧道ずいどう駅」という名前の、廃駅なのか、それとも通過駅なのか分からない駅を通過するのが見えただけ。


隧道ずいどうというのは、確か、トンネルのことだったよな?」


「昔は、棺を埋めるための墓穴みたいな意味もあったらしいが……。」


「縁起が悪そうな名前だな。トンネル内に駅があるのは、『霧島駅』の系統か?」


「でも今回は通過だから、『万世橋駅』の遺構みたいな、廃駅の類かもな。」


 すると、その静寂を破るかのように突然の車内放送が流れた。


「現在、『なんしょーるだいや』が乱れております。」


 車掌の車内放送が笑わせに来たので、腹筋が限界なんだが……何とか堪えた二人は現状を分析する。


「今のって、確か、例の『はいじま駅』の話で出てくる台詞だよな?」


「『何をしているんだ』という意味の方言だと思うけど……。」


「電車の『ダイヤ』と掛け合わせたつもりなんだろうな……。」


「この車掌の、駄洒落のセンスの方が、よっぽど乱れているんじゃないのか?」


「どんな神経をしているんだろう?」


「どんな面をしているのか、拝みに行こうぜ。」


 異界駅には、電車が駅に止まらないとか、車内で全員が寝ていたりするという異常事態に遭遇した際、乗務員である、車掌に助けを求めに行く場合がある。その場合の展開として、


・「あまがたき駅/あまがたに駅」みたいに、おしろいを塗った時みたいな白い肌の車掌が直立不動。

・「きさらぎ駅」みたいに、車掌室の窓のブラインドが閉まっている。

・「べっぴ駅」みたいに、顔中アザだらけの車掌。


等々の展開パターンが考えられ得る。というわけで、実際に車掌室まで行ってみると、


「チッ、車掌室は無人かよ。」


「最近流行りの運転手のみのワンマン運転ってやつか。」


「ケチって人件費削減してんじゃねぇよ。」


等と悪態をつきながら、反対側の運転席まで行ったが、やはり誰もいない。


「じゃあ、一体誰が運転しているんだよ?」


「最近流行りの人工知能による自動運転か?」


「運転は仮にそうだとしても、それじゃあさっきの車内放送の主は一体誰なんだ?」


 雑談しながらも冷静に分析することで、逆に二人の背中に何か冷たいものが走った気がした。


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 二人は危惧した。このまま、この電車に乗っていて、「ごしょう駅」や「やみ駅」みたいな駅に到着したら、不歸かえらずの人になってしまうのではないか、と。


「こういう時って、何かを燃やせばいいって話があったよな。」


「『すざく駅』の大学生が実行した方法か。」


「百円均一のライターと……ポケットティッシュでいいか。」


「いや待て。トンネルの中で引火性の気体が漂っているかも知れない。」


むしろ、車内の火災報知器に引っ掛かって、乗務員が飛んでくるんじゃないか?」


「火災報知器?国鉄時代の車両にそんなものあるのか?」


「何か列車火災事故があったから、消火設備は設置したとか、聞いたような気がするけど……。」


 この時、「何谷戸駅」という名前の、廃駅なのか、それとも通過駅なのか分からない駅を通過した。


「この駅名は、くだんの駄洒落のセンスが狂ってる車掌からの伝言メッセージか?」


「きっと、関西弁の『何やと?』と、『谷戸』という地名とを掛け合わせたつもりなのだろうが……ナンセンスだよ。」


「俺達の会話に反応したということは、火気厳禁という、意思表示のつもりか?」


「途中駅の駅名で、意思表示してくるのは、『狗歯馬駅』~『厄身駅』の展開パターンなのだろうが……。」


 その話では、その後の駅名が、「なんでおりるれか」、「なんで」、「まどからおりろ」、「おりろ」、「おりろ」、「おりろ」 となる。普通に考えたら、同名の駅が3つ連続する路線は、有り得ないだろう。


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 幽霊車掌の駄洒落によって、脱力した二人は、雑談でもして、時間を潰すことに決めた。


「ところで、『谷戸』という地名は、『yaciヤチ』という、『谷地』を意味するアイヌ語ではないかという説があるらしい。『谷木尾上駅』は何か関係があるかもな。」


「確かに。でも、アイヌ語といえば、『かむ…駅』という異界駅の正体は、廃駅の『神居古潭かむいこたん駅』じゃないか?」


「『森越駅』みたいに過去の駅に行ったというのか?『高九奈駅』~『敷草谷駅』の場合も、前者は高句麗語っぽいが、後者は、『敷草プクサ谷駅』と無理矢理読めば、アイヌ語の『pukusaプクサ』ではないか?」


「『ギョウジャニンニク』の意味だっけ?『ニリンソウ』という意味の『pukusakinaプクサキナ』と紛らわしいな。」


「『ニリンソウ』は、地方によっては『ohawkinaオハウキナ』とも呼ぶらしい。」


 それは、彼らとはまた別の世界線の話であるが、異界駅や言語学の動画が流行った年がある。両者を無理矢理結びつけて小説にしようと天啓を得た者もいるとか、いないとか。


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 二人が乗った列車は、まだ停車駅に到着しないので、異界駅や言語学の持ちネタが尽きた二人は、専門の物理学、特に、量子力学へと話題を変えていた。

 弓削青年は、函館に半期セメスター制の単位互換留学をしていたので、その期間の講義内容について、郡山青年に尋ねていた。


「『トンネル効果』の透過率の式には、『双曲線正弦関数』が現れるよな?」


「ああ。『虚時間・虚数時間』の『単振動・調和振動』を微分方程式で表現しているからね。」


「『相対論的量子力学』の場合、『シュレーディンガー方程式』とは限らないよな?」


「『相対論的量子力学』の場合は、『ディラック方程式』で表現することになるだろうね。」


「『クライン・ゴルドン方程式』は、あくまで過渡的なものだったのか?」


「『ボース粒子』は『クライン・ゴルドン方程式』でも表現できるらしいが、『フェルミ粒子』は、『ディラック方程式』で表現するしかないね。」


「『ディラック方程式』は、『ディラック行列』、『ガンマ行列』が複雑だからなぁ……。」


「『ディラック行列』も『ガンマ行列』も、量子情報で登場した、『パウリ行列』の『直積』で表現できるぞ。」


「『直積』は『テンソル積』のことだったよな?」


「行列に限っては、『クロネッカー積』とも呼ぶね。」


 今度は逆に、郡山青年が弓削青年に質問する。


「君は、半期セメスター制の単位互換留学をしていた期間、函館ではどんな内容を学んでいたの?」


「流体力学だよ。内容としては、物理学科では扱わないような、工学的な応用の側面を扱っていたよ。」


「流体力学の場合は、ナビエ・ストークス方程式を解くのだろう?」


「単に、ナビエ・ストークス方程式を解くだけじゃなくて、マッハ数やレイノルズ数で分類したりする。」


「圧縮性とか、乱流とか、だね。」


「ああ。新幹線の先頭が『カモノハシ』形状をしているのは、騒音対策のためだとか、ゴルフボールの表面に付いている『ディンプル』という小さな凹凸は、空気抵抗を減らして飛距離を稼ぐためだとか、『鮫肌水着』も表面に鮫肌の様に微小な凸凹があり、水と水着の間の摩擦抗力を減らすことが出来るのだが、どちらも乱流境界層の性質を利用しているんだ。」


 そのような面白い話題が尽きる前に、列車は停車駅に到着したのであった。


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 その停車駅は、車止めがあり、どうやら終着駅のようであった。水色のフェンスに囲まれている点は、「狗歯馬駅」の特徴に酷似している。

 駅名標は、恐らく、「西地神井」駅と書かれているのだろうが、「齋驛來藤駅」や「譬娜譌爬駅」の様な、旧字体や中国語の漢字というわけでもなく、梵字・悉曇しったん文字や、西夏文字みたいな、或いは、並行世界の日本語とおぼしき、謎の字体フォントで刻印されている。


 駅を囲んでいる水色のフェンスのすぐ外側には、石油化学コンビナートだったとおぼしき、廃墟が存在しているのみであった。

 駅のベンチには、「月の宮駅/つきのみや駅」の話に登場したような、2メートルぐらいの黒い人が何人か座っていた。

 彼らは、二人の青年にとっても見覚えのある、「般若の仮面」、「妖狐の仮面」、ペスト医師みたいな「烏天狗の仮面」を被り、優雅に、水筒からお茶を出して飲んでいた。それは、百鬼夜行か、或いは、仮面舞踏会マスカレードとでも形容すべき、異様な光景であった。


 やがて、彼らはこちらに気が付くと、太鼓を取り出し、小学校の音楽室にあるような、鈴を手に持ち、笛と太鼓を持って、「トットコトットコトットコトットコピィピィピィピィ」と鳴らす、子熊の人形の様に、演奏を始めるのであった。

 きっと、これが、「きさらぎ駅」やら、「まみた駅」やらで、聞こえてきた、鈴と太鼓の正体ではないだろうか?


 今日は、異界駅の総集編オンパレードだなぁ、と二人が思っていると、虚無僧が現れ、二人が持っているものと同様の、翻訳の組紐ミサンガが、自分の手首に装着されていることを示した。


『私だ。壇ノ浦だ。今、翻訳の組紐ミサンガの所有者間で、【思念共有】の術式を組んだ。異界駅を出るまでは、極力、【思念共有】の方を用いて会話してほしい。』


 以下、二重鉤括弧の台詞は、【思念共有】による会話によるものである。


『ああ。地元民と言葉を交わしたら、この異界に縫い止められて、固定されてしまうんでしたっけ。』


『いや。【異界渡り】の能力が発現している、我々の存在を縫い止めて固定することは不可能だ。【異界渡り】の能力は、それらの拘束や束縛を断ち切って転移することが出来るが、あくまで念の為だ。』


『この異界駅の地元民達は、我々を歓迎してくれているみたいですねぇ。』


『彼らは、地元民ではなく、私の式神だよ。君達が到着したら、音を立てて、私に報告するように、あらかじめ、指示を出しておいた。』


 虚無僧は、尺八の様な笛を吹き、二人と自分の式神の音楽隊を含めた、一行を先導する。水色のフェンスで囲まれた駅の敷地を出て、廃墟となっているコンビナートを左に曲がると……。

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