その10 終わり

(10) 終わり




 「何だ?深刻な顔して。あの僧と旅してからどうも考え深くなったな、ハリー」

 ダンの声が聞こえるとハリーはテーブルを拭く雑巾の手を止めた。だが、それも僅かな時で後は無口になってテーブルを拭き始めた。

「おいおい、無口(ハリー)かい!!いくら何でも雇い主の声には反応してもらいたいもんだな」

 ダンの揶揄する声が響くとハリーは手を止めてダンの方を振り向いた。

「憑りつかれたのかもな?」

「何?なんだと」

「だから憑りつかれたのかもしれないのさ。死霊か何かに。なんせあのアングライスト墓地に出向いたんだ。何かが憑りついても可笑しくはないだろう」

「おいおい、本気で言ってるのか?ならば呼ばねばならないな?」

「何をさ?」

「そりゃ、死霊には専門が居るだろう。死霊使い(ネクロマンサー)さ」

 ハリーが笑う。

「もしそれなら、その時は此処は沢山の死霊に溢れてしまってマリーが怖がるだろう。それは出来ないぜ」

「まぁ確かにな」

 言ってダンは花瓶を見た。するとそこに花が一つも入っていなかった。

「何だ、花瓶に花が無いな」

「ああ、さっきマリーが裏に花を摘みに行ったよ

 ハリーが答える。

「一人でか?」

 ハリーが何事も無い言葉を返す。

「なりゃ危ないな」

「何故?」

 睫毛が揺れてハリーの眼差しが動く。それを見てダンが顎髭を撫でる。

「お前はアングライスト墓地に行っていたから知らないだろうが、あの日からこの辺りを人魂が飛ぶのが見えた」

「人魂だと?」

 ハリーは僅かに顔を上げてダンに向けた。

「ああ、まぁ本当か悪戯か、それとも発行中の仕業か分からんが。だが、もしかしたら本当に悪霊がこの付近を彷徨っているのかもしれん。まぁ誰か悪霊にでも嫌われることをしでかした奴がいるのか、それとも死霊使い(ネクロマンサー)でも彷徨い始めたのかも…」

 ダンの言葉が終わらない内にハリーは精神刀剣(ストライダー)を手に持つと風見鶏邸のドアを開けた。それから勇み足になり周囲を見渡しマリー探す。探しながらハリーは僅かに剣を鞘から抜いた。剣が青白い炎を上げていた。

 ハリーは半眼になると静かに心の中で冷気を溜めた。

 それは殺気を含んだ言葉の刃を放つために。


 ――次に会うときは、切ると言った筈だぞ、慈空


 心の中で冷たい言葉が放たれた時、瞬時に精神刀剣(ストライダー)の青白い炎が消えた。消えるとハリーはそれを確認して鞘に納めた。納めると後は裏庭に向かって行った。

 恐らくそこでマリーは鼻を摘んでいるだろう。

 何故なら裏庭へ続く道にマリーの足跡が残されていたからだった。




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風見鶏邸のハリー 日南田 ウヲ @hinatauwo

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