第8話

   

 一日の仕事が終わった今頃になって、ようやく気づく。

 私のバイト先は、本物のお化けたちが集まるお化け屋敷だった。

 これでは、お客さんよりも私の方がビックリだ。怖くて辞めてしまうバイトが多いのも当然だろう。

 私は一応、優しく扱われているが……。



「おはようございます」

「おはよう、恵ちゃん」

 いつものように控室のドアを開けると、ろくろ首の六美むつみさんが出迎えてくれる。少し首を伸ばした格好なのは、これが彼女なりの歓迎スタイルらしい。

「おはよう……」

 ほとんど聞こえないくらいの小声で、田崎さんも挨拶を返してくれるようになった。ジーッと月球儀を凝視しているのは、そうやって狼男の形態に変身するためだそうだ。


「こんにちは、お嬢さん」

「わっ!? 山本さんも来てたんですね」

 声はすれども姿は見えず。透明人間だから当然なのだが、なかなか慣れなくて、私は毎回のようにビックリしてしまう。

「驚かせてごめん。お詫びってわけじゃないけど、これをプレゼントしよう」

 山本さんが手で持っているのだろう。宙に浮いて見えるのは、真っ赤な液体の入ったビニール袋だった。

「あら、血液パックじゃないの。まさか山本くん、人間を襲ったんじゃないでしょうね?」

「失礼なことを言ってもらっては困る。僕は平和主義者だぞ」

 六美さんの茶々に反論する山本さん。わざと大袈裟に怒ったような態度を見せている。

「これはね、ちょいと拝借してきたんだ。近所の献血センターから」

「人間界では、それを泥棒と呼ぶのよ」

「その点も大丈夫。いくばくかのお金を、ちゃんと代価として置いてきたからね」

「あらあら。それって売り物じゃないから、たとえお金を払っても駄目じゃないかしら?」

 六美さんのツッコミは無視して、山本さんは私の手に血液パックを押し付ける。

「さあ、もらってくれたまえ。この世界では、なかなか人間の生き血は手に入らないだろう?」

「はあ。ありがとうございます……」

 上手い断り方も思いつかないので、受け取るしかなかった。


 そうこうしているうちに、バタンとドアが開いて、幽霊のレーコさんもやってくる。

「ごきげんよう、みなさん」

 白装束ではないけれど私服も和装であり、いつも日傘を手にしている。彼女の日傘こそが、唐傘お化けの節子せつこさんが擬態した姿だった。

 レーコさん一人ならば、霊体だから扉も壁も透過できるのに、節子さんが一緒のために、いつも律儀にドアを開けて入ってくるのだ。

「私たちが最後みたいね。さあ、今日も一日、頑張りましょう!」



 このように、一緒にバイトする仲間たちは、本物のお化けばかり。

 その上、血液パックの一件からも明らかなように、私まで本物の吸血鬼だと誤解されている。

 彼らは優しいお化けたちなので、心配する必要ないかもしれないが……。もしも正体を知られたらどうなってしまうのか、毎日ドキドキしながら、私は働き続けるのだった。




(「お化け屋敷でアルバイト」完)

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お化け屋敷でアルバイト 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ