第7話

   

「そろそろ閉館時間だ。僕たちも上がろう」

 山本さんに声をかけられて、ひつぎから出る。

 最後まで無言だった田崎さんも一緒に、三人で控室に戻ると、既に日本風お化けチームも戻ってきていた。

「お帰りなさい、恵ちゃん。さあ、こちらにどうぞ」

「どうだったかな、初日の仕事は?」

 幽霊女もろくろ首も、お化けの格好のままで、パイプ椅子に座っている。もう一人の姿が見当たらないのは、トイレにでも行っているのか、あるいは先に帰ったのだろうか。

 勧められた通り彼女たちの横に腰を下ろしながら、当たり障りのない言葉を口にしておく。

「はい。ちょっと疲れました」

「まあ、最初は仕方ないかもね」

「そのうち慣れるわ。だって、ここは気楽な職場だから」

 二人の口調は、とても優しかった。私の対応は、正解だったようだ。


 そんな女性たちのかたわらで、山本さんが宣言する。

「それじゃ、先に僕は着替えさせてもらうよ」

「どうぞ、どうぞ」

「暑苦しいもんね、その格好は」

 まだ私たちがいるのに「着替える」と言い出した山本さんにも、男の人が着替えようとしているのに部屋から出ていかない女性陣にもビックリだ。

 その気持ちは、顔に表れてしまったらしい。

「あら、大丈夫よ。山本くんは気にしないから」

「そもそも見えないもんねえ」

 二人はカラカラと笑う。

 女性と違って男性の中には、着替えを見られても恥ずかしがらない者も、確かにいるのだろう。例えば露出狂のように、見られるのを嬉しく思う男すら存在するという。

 しかし、それは男性側の理屈であり、見せつけられる女性の気持ちを無視した考え方ではないか。ろくろ首の女性の「そもそも見えない」発言みたいに、こちらが見ないようにすれば済む話だが、女性側が気を使うというのも筋違いではないか!


 急いで山本さんから顔をそむけようと思ったけれど、内心で腹を立てていた私は、行動がワンテンポ遅れてしまう。

 彼は私が見ている前で、素早く包帯に手をかけていた。そしてスルスルとかれる包帯の中から現れたのは、肌色の皮膚ではなく……。

「えっ!?」

 素っ頓狂な声を上げながら振り返ると、幽霊女とろくろ首の二人が、面白そうに私を見つめていた。

「驚いたみたいね。ここではミイラ男の役だけど、山本くん、本当は透明人間なのよ」

 改めて山本さんに視線を向ける。包帯がかれたところには何もなく、向こう側にある控室の壁が見えるだけ。

 そして視界の片隅では、ちょうど田崎さんが、狼男から人間の姿に変身している最中さいちゅうだった。

   

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