起きた波は押せばいずれ引き、やがて必ず静まる。

 それがたとえ、声無き死者の波濤なみであっても。

 目指す先、生者がここにもういないのならば。

 

 ほかに生者のいなくなった戦場を、ただ一人の生者の君が征く。

 威容の馬の引く、絢爛たる輿の上。

 相も変わらずに、座したまま。


 寝転べるほどひろく、玉座を連想するほどに華美な椅子で、けれど君は寝転んだりはせずに、並んで座るおれに肩を寄せる。おれの裂けた腕を、その断面まで、君の指が撫でる。ときに爪弾くように、削るように、君は細く白い指で弄ぶ。


 また派手に壊れちゃったね、と君が囁く。


 いま皆に代わりを探させてて、これだけあればね、なんとでもなるとは思うけど、でも、きみ、そろそろ元の部分って、どれだけだろうね。


 細く白い喉を震わせて、君が囁く。


 きみがまだ動いてくれて、無念におもってくれて、私は嬉しいよ、と。

 きみがまだ生きてた頃みたいに守っててくれて、私は嬉しいよ、と。


 この戦争が終わらなければいいのにね、と君が言うのをおれは聴いている。そうしたらずっとずっと守ってくれて、何度壊れても、私が直して、もともとのきみがなくなっても、私はそれでも、きみの無念がここにあるってわかってればそれでよくて、だからずっと、ずっと、こうやって戦場ここにいられれば。


 おれはそれを聴いているけれど、返事をすることができない。

 死者おれには声がない。

 おれは君の思うようにしか動くことができない。

 喉を震わせることはなく、首を振ることもない。


 君はおれの無念を知っていると信じている。

 屍術師しじゅつしだから、理解していると信じている。

 そうでなければ、死者おれを動かすことなどできないはずだと。


 けどおれはそれが嘘であることを知っている。

 君がずっと間違っているとおれは知っている。

 

 おれの無念は君と居られなかったことだからだ。君を残して先に死んでしまったことだからだ。だから隣にいられるなら、それは戦場ここでなくてもいい。君は戦場に立たなくてもいい。君がどれだけの力を持っていようと、関係なく。けれど、おれには喉を震わせて出す声が無いから、君にこれを伝えることできない。


 だからおれは、君の願いが叶わなければいいのにと願う。戦争なんて、とっとと終わってしまえばいいとそう思う。戦争が終わって、おれが動かなくなると思って、君が声を上げて泣いて、涙を流したそのときに、それを拭い取るためにおれのことを使ってほしい。


 おれはずっと、その日が来るのを待っている。

 喉を震わせることのないおもいが、頭に響き続けている。

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無念、無声、それでも言葉に溢れ 君足巳足@kimiterary @kimiterary

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