第33話 『この恋の行方』

「綾乃、俺の彼女なんだ」


その瞬間、私の顔は瞬間湯沸かし器のように一瞬で真っ赤になった。


囁き声とは似ても似つかない、はっきりとこちらに聞こえるようにつぶやいた倉岡は、うららの耳元からそっと顔を離すと、横目で私をちらりと見た。


その顔は、悪ガキにエロさを足して×2(笑)にした感じだ。


耳元で衝撃的な事実を伝えられたうららも、何故か顔を真っ赤にして「えっ?!えっ?!」と何度も倉岡と私を繰り返し見る。


倉岡はモサいメガネをかけなおすと、さっきまでのエロスティックな目とは程遠い死んだ魚の目のようになってしまった。


「じゃ、俺はこれで。あっ」


きょとんとしたみんなを置いて去ろうとした倉岡だったが、振り向きざま何かを思い出したように私を見た。


「後でトイレ前、来て」


そうぼそっと言い残すと、倉岡は颯爽と居なくなってしまった。


倉岡の破廉恥な姿と声にやられた私とうらら。

そんな私達を他所に、何も分かっていないさやかが声を荒げる。


「ちょちょちょちょちょ?!綾乃?!アイツと付き合ってるってホントなの?!」


さやかの叫びに私も意識が現実に引き戻される。


「え?あぁ」


私は間抜けな返事しか出来ず、曖昧に頷く。


「あんな失礼な奴と?!えっ・・・・綾乃、ああいう奴がタイプだったの・・・・・」

「倉岡はああいう奴じゃないのよ、本当は!」


言い返してハッとする。


だめだ。「本当はイケメンだ」なんて言ったらどうしてあんな陰キャを装っているのか根掘り葉掘り聞かれることになる。

そうなれば倉岡の正体を隠すのが難しくなってしまう。


さやかは「え?」と言う疑念の表情を浮かべ、眉をしかめた。


「あっ、あいつは・・・・あいつは・・・・」


言い訳が咄嗟に思いつかない。


「ああ見えて、倉岡先輩は運動神経抜群なんだよね、綾乃?」


言われた方を振り返ると、うららが微笑んでいた。


「ね?」


唖然とする私に、うららはまた問いかける。


うららが助け船を出してくれたのだ。


そうだ、倉岡とうららは小学生の頃バスケットボール部だったはずだ。


「そ、そうなの。あいつバスケットが得意なのよ、ギャップ萌えじゃない?」


私は無理やり話しを繋げる。


「小学校の時からエースだったのよ、倉岡先輩」


うららが話を合わせてくれる。

それに対し、うららはふーんと言ってなんとなく納得してくれたようだ。


「でもどうやって仲良くなったのよ」

「そ、そりゃあバイトずっと一緒にしてたから~」

「さやか、そんな尋問みたいに聞くのは野暮ってやつだよ」


うららが冗談っぽくさやかをたしなめる。


「それもそうね。ったく、でも付き合ってるなら早く言ってくれてもいいじゃない、寂しいじゃない」

「ごめんごめん」


私はとりあえず謝って話を終わらせる。


「そーいやさ、次の講義小テスト最初にあるらしいよ」


さやかがそのまま話題を変えた。

どうにか私と倉岡の話題から意識を逸らすことに成功したようだ。


うららを見ると、目が合った。

うららはさやかにバレないように私に向かって軽くウインクをしてみせた。


私にはないはずの男心が鼻血を出して倒れた。


ほーーーーーーーーーーーーーーーーーーん?????

うららってばそう言うこと出来るのね???????


いつの日かの倉岡の目線を思い出す。


うららを見る倉岡の目は優しかった。

きっと、小学生の頃からうららはこうして誰にでも優しい女の子だったのだろう。

一歩違えば、倉岡とうららは付き合ってたのかもしれない。


心の中に、泥水のような感情が混ざり込む。


私より、うららの方が倉岡にはお似合いなのではないだろうか。


いや、そんなこと想像してどうなる。

今倉岡と付き合っているのは私だ。

例え、あと数日だとしても。


あっ


「そういえば私、倉岡のとこ行かなきゃ」

「おお!行きな行きな!愛しのダーリンが待ってるもんね♡」

「行っておいで、待ってるから」


さやかがにやけながらからかう。

うららはもう、と言ってさやかを小突く。


私は席を立つと、食堂を出た。


トイレは目の前だ。

そこには、トイレの横の壁に体重を預け、携帯をいじる倉岡の姿があった。


ショウだと分かって見れば、既にその立ち姿が一般人のそれとは一線を画しているのに気付くだろう。


つま先から頭の先まで、イケメンのオーラが溢れ出ている。


いや、これはショウだと思っているからだろうか。

それとも、私が倉岡を好きだからだろうか。


私の視線を感じたのか、倉岡が暗い顔を上げる。


「・・・・・おせえよ」


何を言うかと思えば、倉岡は嫌味な顔でボソッと呟いた。


「ごめんなさい、ちょっと色々あって」


倉岡は壁から背を離すと、私の目の前に立った。


上から私を見下ろすと、いつもの冷たい目を向けた。


・・・・・・・キレてるのかしら・・・・


そう思った瞬間、私の頭の上に手が置かれた。


「???????????」


それが何を意味するか分からず、私はきょとんとしたまま倉岡を見上げた。


冷たい目線だと思っていたその目は、よく見ると何か別のものを孕んでいた。


倉岡は私の頭の上に置いた大きな手のひらを、すーっと頬に撫でおろした。


えっ???


突然のスキンシップに、私の理解が追いつかない。


倉岡はふっと笑った。


「だいぶ痩せたな」


倉岡はそう言うと、私の頬から手を離した。


今私、褒められた???


その時、私の中で小さな希望が灯った。


痩せた????

今倉岡は、痩せたって言ったよね??


もしかしたら・・・・・

もしかしたら、倉岡が納得すれば、まだ交際を続けてもらえるんじゃ・・・・・・・


私の心臓が高鳴る。


そうよ、こんなに私、頑張ったんだもん。

認められてもいいわよね。

まさか、こんだけ一緒に頑張って、本当にサヨナラなんてないわよね。


「さ、――」


倉岡は踵を返す。


「そのパンチパーマ、どうにかしなきゃな」


私の気持ちなど他所に、倉岡は小馬鹿にしてくる。


「うるさいわね、あんた、この髪どうにかできるの?」


私は気持ち頭を隠しながら、言い返す。


「任せろ。俺を誰だと思ってる」


倉岡の似合わない黒縁メガネの奥には、大きな自信が宿っていた。


「そうね、心配した私がバカだったわ。頼んだわよ、プロの倉岡くん」


倉岡は満足気に笑うと、校舎の方へと向かった。


倉岡の考えていることは、今はまだ分からない。

けれど、そのうち時間をかけて分かるようになれればいいと思う。


私は深呼吸をすると、倉岡の背中を追いかけた。

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ブラジャーがブカブカになるほどの恋~デブスの私が、好きな人に色々サレちゃう話~ 井伊琴 乃(いいことない) @Iikoto-nai

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