第2話

 意識が戻ってきた。先ほどよりは幾分か穏やかな目覚めだった。あんなに執拗だった寒気もだいぶ大人しくなり、体内から鉛が取り除かれたかのように身体も軽い。多少の怠さは依然として残っている。しかし放置しても問題のない類の辛さだ。


 恐る恐る目を開けてみる。大きな期待はしていなかったが、やはり世界の色は変わっていなかった。空も樹木も、耳元をくすぐっている枯草も何もかもが未知のままだ。絶え間のない穏やかな冷風が枯草を揺らし続けている。目を閉じてしまえば、草原で横たわっているような、そんな和やかな雰囲気を感じさせる。しかし何度も確認したこの景色の記憶は僕の心を誤魔化してはくれない。いくら気持ちの良い風が流れてこようと、膨らみ切った不安がしぼむ気配はなかった。気を失い続けたところで、この狂った世界は元の色には戻らないのだろう。また、戻し方もわからない以上、ここでいくら思索しても無駄であるように思われた。


 耳元の枯草が揺れる音に混じって、低く唸るような低音が耳に入ってきた。同時に腹部が内側から揺れたような気がした。

 お腹すいた…

 寒気から解放されたおかげか、空腹を強く認識させられる。

 何か食べ物は…

 あたりを見回してみる。相変わらず陰鬱な景色しか目に入らない。しかし、体調の回復、もしくは空腹状態が功を奏したのか、心持ちがそれなりに変化したようだ。圧倒的な不安に混じって、雀の涙ほどの好奇心が湧き出してきた。

 とりあえず探索しよう

 地面から立ち上がり、おしりを手で払う。確かに全裸ではない、何かしら着ているとは認識していた。ただ、触れて初めて、自分がを着用しているのかに意識が向かった。つま先から胸のあたりまでゆっくりと見てみる。ただの布、それが第一印象だった。足元から首元にかけて、その布はぐるりと僕のことを巻いていた。そして腕が布の円柱から抜け出すことができるように、両肩のあたりが乱雑に切り裂かれていた。長い間使っていたからか、または長らく気絶していたからなのか、布は悲惨な汚れを有していた。何日間もかけて、目に入った汚れ全てをそれで拭ったかのような、そんな汚れだ。おかげで元の色は判別できない。

 

 この服いつから着てるんだ…?

 そんな疑問と同時に記憶が無くなっていたことを再認識する。自分の名前すら思い出せないのに、服ごときの記憶があるわけがない。思わず苦笑いする。狂った景色も、没収された記憶も、今の僕にはどうにもできないのだろう。諦めることによってほんの少しは気分が楽になった。

 

 とりあえず飯だ。美味しいご飯でもあれば少しは楽しくなるはず

 希望の見えない状況で自分に言い聞かせるように決断し、グロテスクな布に巻かれた僕は歩き始めた。

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退廃した世界で僕は生き抜かない @momomomom

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