第11話 最終話 幸せとは心が作るもの

 美羽はベッドにもぐり込む前にふと思い出して、脱いだジーンズのポケットをゴソゴソさぐると、インクの文字がれてにじんでいる黄ばんだ一枚のメモ切れが出てきた。


 そう、あの時父親が渡してくれた直筆のメモだ。美羽はスマホを取り出して、ふるえる指で書かれている番号を押した。絶対につながらないはずの13年前の父の電話番号を。 





プルルル……。


 ──鳴った! まさか、まだつながってる?


 しかし、すぐに使われてない番号だという機械的なアナウンスが流れてきた。

 ──そう、だよね……。


 美羽は悲しく微笑んで電話を切ると、部屋の窓から夜空を見上げた。

 今夜の星たちも13年前の星たちと同じように、小さいけれど力強くチカチカとまばたいて、母親のように遠くの空から美羽を優しく見守ってくれているようだった。



 ドアの向こうで養父ようふ道信みちのぶが夕飯に降りなさいと呼ぶ声がする。

 美羽はふと思い出した。養父にはたくさん聞きたいことと感謝したいことがある。

 赤ん坊の頃から今まで何不自由なく育ててくれたことはもとより、もっと大切なこと。そう、もっと感謝すべきは、がたった1人でもこの世にいてくれたということだ。







 *** エピローグ ***



 美羽はその日の夜、養父の天音道信あまねみちのぶから改めて出生しゅっせいの真実を全て聞かされた。

 伝説のギタリストであり作曲家として有名な天乃帝翔あまのていとが道信の実の兄で、美羽の本当の父親だったことを。


 天乃帝翔あまのていとの本名は天音貞杜あまねさだもりと言い、幼い頃からぐんを抜いて天才的な才能を持ったギタリストだったが、その才能をかしたいがために、代々受け継いできた神父の職をぐことにさからい、逃げるようにして芸能界へと飛び込んだ。

 デビューすると帝翔はたちまち有名になり、ギタリスト兼シンガーソングライターとして独り立ちもした。


 帝翔の妻で美羽の母親の美坂結子みさかゆいこは、当時新人歌手だったが、2人は同じ世界で知り合いすぐに恋に落ちた。しかし、当時は今以上に厳しかった芸能人同士の交際のため、有名人の帝翔の熱愛を執拗しつように追いかけるマスコミに嫌気いやけがさし、とうとう2人はち同然で芸能界を去った。その矢先に結子の妊娠が分かり、同時に医師に出産の危険を知らされたのだ。

 結子は不治の病におかされており、延命治療えんめいちりょうを受けるか、子供をあきらめるかの決断を迫られていた。



 しかし、子供を産むことを選んだ結子は、出産と同時に命を落としてしまった。2001年12月20日のことだった。結子は産まれたばかりの美羽の顔を見ることも抱くことも出来なかったのだ。

 結子の死に自分の責任を感じ、帝翔は深い悲しみに暮れ、やがて精神をんだ。



 雪の降るクリスマスイブの夜のことだった。

 帝翔は、母を求めて泣き続ける生まれたばかりの赤ん坊の美羽をどうすることも出来ず、毛布にくるんで抱きかかえると、その足で当時帝翔の代わりに教会の神父職しんぷしょくがざるを得なかった弟の道信みちのぶを訪ね、美羽をたくしたのだった。道信はすぐさま美羽の出生届を24日として出し、養子縁組の手続きをした。


 天乃は、その後、何年もの間、駆け落ちしてから暮らしていた長野の田舎いなかに戻り、廃人はいじんのようにこもっていた。

 


 美羽を大切に預かり、道信神父と共に愛情を注いで育ててくれたのが、当時まだ若かったシスター伊藤だった。

 美羽が8歳になった頃、帝翔は妻を亡くした悲しみを乗り越えようと、都内に戻って新しい事務所を作り仕事を始めたが、それもつかの間、心身の無理がたたったのか、間もなくやまいに倒れ帰らぬ人となってしまった。





 両親の壮絶そうぜつな生き方と、美羽を手放した経緯けいいがあまりにも残酷ざんこくで切なすぎるため、道信は美羽に本当のことを隠していたのだ。


 いつか両親のことが理解できる歳になるまでは、いたずらに不安を与えないようにと。

 決して捨てられたのではないこと、母が命をかけて美羽を愛していたこと、それだけは誤解を生まないようにと、真実を伝える機会を道信はうかがっていたのだ。




 今まさに養父から全てを聞いた美羽だが、感謝の気持ちこそあれ、少しのわだかまりもなかった。育ててくれた養父とシスター伊藤への感謝の気持ちと、自分を命懸いのちがけで生んでくれた両親への感謝の気持ちで、幸せが二重に重なったのだから。




 自分の生い立ちを他人と比べて悲しむよりも、今ここでこうして幸せに生きていられる自分が、どれだけ周りに愛され助けられてきたか美羽は知っている。幸せは誰かと比べてはかれるものではないことも。





 美羽は、翌朝、いつものように顔を洗うと、鏡の前で笑顔を見せた。

 「お父さん、お母さん、行ってきます!」と挨拶をして。しかし前と少し違っていたのは、いつにも増して幸せに満ち溢れた笑顔だった。



 今日9月23日は裕星の誕生日。美羽は誕生日プレゼントをもう心に決めていた。今からそれを調達しに行くために早起きをしたのだ。

 大きな文房具屋ぶんぼうぐやに入ると、様々な色の厚紙あつがみとマスキングテープなどを買い込み、急いで寮に戻って作り始めた。


並べた写真を厚紙にマスキングテープで貼り付けていき、最後にそれらの厚紙を束ねて本にした。

 ──手作りのアルバムの完成だ。


「私からのプレゼントは、これからたくさん増えていく思い出よ」

 美羽はアルバムを綺麗な包装紙ほうそうしで包むと赤いリボンを掛けた。

 美羽は約束の時間より少し早めに寮を出た。抑えきれない幸せを胸に足取りも軽く、大切な人の笑顔を思い浮かべていた。


裕星はきっと喜んでくれるに違いない。これが裕星にとって生まれて初めてのアルバムになるのだ。










 運命のツインレイシリーズpart4『涙のタイムスリップ編』終

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運命のツインレイシリーズPart4『涙のタイムスリップ編』 星の‪りの @lino-hoshi

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