第10話 真実を告げる過去からの手紙
『大切な私の娘へ
元気にしていますか? お友達はできましたか?
今お母さんは病院のベッドでこの手紙を書いています。これからあなたが生まれるのを楽しみにしています。
この手紙があなたに届いたということは、私はもうこの世にいないということですね。産まれたばかりのあなたに会えずに去ってしまうお母さんを許してね。あなたがきっと今も元気でいることを祈っています。
お母さんのことは心配しなくて大丈夫よ。この間とても幸せなことがあったから。その幸せなこととはね、信じてくれるかしら?
実は、大人になったあなたに逢えたの。あなたは覚えているかしら?』
ここまで読んだ美羽の目から大粒の涙がこぼれた。
──やっぱりお母さんに私の声が届いていたんだわ!
それを手紙に書きとめておいてくれたことが嬉しかった。
ほんのひとときだったが、美羽は会いたいと
素晴らしい奇蹟が起きたのだ。母親は、やはり今も亡くなったままだったが、少しでも
『あなたに、この手紙で私とお父さんが出会ったときのことと、お母さんがどうしてあなたを産みたかったかを少しでもきちんと伝えておきたくて書きました。
もう21歳になったあの時のあなたなら、きっとこの事実を受け止めてもらえると思って、お父さんに13年後にこの手紙をあなたに渡してくださるようにお願いしておきます。
お父さんは昔からギターと歌がとても
(お母さんは、お父さんが8年後に亡くなることを知らないのね)
『私とお父さんとの出会いは、彼のライブ会場でした。私はまだ無名の新人歌手で、彼のファンの一人でしかなかった。やっと手に入れたチケットは、幸運にも前から7列目の真ん中の席。
あれは本当に奇跡のコンサートでした。今もハッキリ覚えています。まるで夢の中にいるみたいな素晴らしい時間。彼はギターで、ロックからマイナーまで演奏して歌ったわ。
スローな音楽で目を閉じて聴いていたら、たった一人私だけに語りかけてくれるような歌に思えたの。きっとあなたの時代でも名曲になってるはず、『スター』という曲よ』
(『スター』ですって? それって、ライブハウスで裕くんが最後に歌った曲よ!)
『でも、あの時、ゆっくり目を開けたら、ステージにいる彼と初めて目が合ったの。彼はしっかり、そしてずっと私だけを見つめて歌っていた。まるで私のことを前から知っていたかのように。
もう今では笑い話だけど、私、その時あまりにも驚いて思わず立ち上がっちゃったのよ。彼はそれでも優しく微笑みながら、私のことを見ながら歌ってくれた。周りの人達には笑われてしまったけど、いい思い出ね。
あれから、もう一度、彼とテレビ局の歌番組で再会したの。彼は番組が終わると真っ直ぐに私の方に向かってきた。そして、こう言ったわ。
前から君のことを知っていました。僕のライブにも来てくれましたね。でも僕は、君がテレビで歌い始めた頃からのファンでした。君には天使のような美しい声と心に語り掛ける温かいものがある。もし良かったら、いつも僕のすぐ傍で君の歌を聞かせてくれませんか?
まるでプロポーズよね? それから私たちがお付き合いするのに時間は掛からなかった。彼は、あなたのお父さんは、それからいつも世間やマスコミに追いかけられてた私を守ってくれたわ。
あれから私と彼は長野の教会で二人きりで結婚式を挙げたの。そしてすぐにあなたを授かった。あの頃は
彼には感謝しかありません。私のために仕事まで辞めて世話をしてくれて、本当に優しい人です。
実は、あなたを授かった時、お医者様に言われていたの。命と引き
だけど、あの時、お地蔵さまの前であなたにそれを伝えてしまったことを
あなたを産むことに決めたのは、それが私にとって一番の幸せだったからなの。そして、彼にどうしてもあなたと会わせてあげたかったから。だから決して自分を責めないで欲しいのです。
産まれたばかりのあなたに会えないかもしれないけど、あんなに素敵な女性になったあなたに会えたんですもの、私にとってこれほど幸せなことはありませんでした。
あなたを産むために入院してから、毎日そっと抜け出して、病院の近くにあったあのお地蔵さまにお祈りしていたの。私の娘に一目でも会えますようにって。お地蔵さまがちゃんと願いを
あの時、あなたからもらった「
もしかして、もうお父さんに聞いたかしら? だけど不思議な話ね、あの時のあなたの名前が、先に私たちが付けた名前だったなんて──』
(……私は生まれて直ぐにお父さんと別れて、お父さんの顔すら分からなかったことも知らないのね)
『あの時、あなたをこの胸にしっかりと抱きしめたかった。それだけが
大切な私の娘、美羽ちゃん。いつもあの時の星のように、空からあなたの幸せを見守っています。お母さんより』
手紙を
「美羽!」
車から降りてきた裕星が駆け寄ってきて周りも構わずに美羽を胸に抱きしめた。
「裕くん!」
美羽も裕星の声が懐かしかった。向こうの世界での三日間、この世界でのたった数時間だったが、何年も離れていたかのように感じた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」裕星が美羽を抱きしめながら聞くと、「うん、たくさんあったよ。でも幸せなことがたくさんあっただけだから大丈夫。心配掛けてごめんね」また裕星の胸に顔をうずめて泣いた。
夕暮れの鳥居の前を行き交う
裕星はあえて言葉を交わさずにそっと自分のジャケットを美羽の肩に掛けてあげて車に乗せた。
運転中の車の中で、裕星が思い出したように静かに話し始めた。
「美羽に初めて会ったときのことを思い出したよ。なぜか初めて会った気がしなかったんだよな。ずっと前にも一度会った気がしてさ」
え? と驚いて美羽が運転席の裕星の横顔を見ると、「それっていつのこと? 前に私と会った気がしたのって」と聞くと、「ああ、確かあれは……、俺が10歳の誕生日の前の日だったかな。美羽によく似た優しいお姉さんが、俺の誕生日を一緒に祝ってくれたことがあったんだ。初めて誰かに祝ってもらえた誕生日だったからよく覚えていたな。
その年以降は、母親がやけに優しくなって、誕生日だけは家に居てくれた記憶もある。ハハハ、その女性がなぜか美羽とイメージが重なったんだね」
裕星の言葉を聞いた美羽の表情がパッと明るくなった。
「やっぱり!」
突然大声を出した美羽に裕星が「どうした? なんだよ、やっぱりって」とたじろいだ。
「ううん、いいんの!(洋子さん、ちゃんと約束を守ってくれたのね)裕くん、そうよ! やっぱり私たちは運命が出逢わせてくれたのよ! それを言いたかったの」そう言って、うふふと笑った。
裕星は不思議そうな顔をしたが、「俺たちはこれからもずっと一緒にいような。運命の相手だからね」と小声で言うと、寮の前で車を止めて、美羽の両肩を抱いて振り向かせた。
美羽はびっくりして目を見開いていたが、裕星がゆっくり顔を寄せると、そっと
二人の出逢いは本当に運命だったのかもしれない。美羽は本当にそうだと信じられる
** 明日はとうとう最終話です。最後に奇跡が待っています。
ぜひ最後までお付き合いくださいませ
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