第7話 テニス

 体育の授業。

 種目はテニスだ。


 レベルに応じて、AからDクラスに分かれての総当たり戦。試合結果によってクラスが上下するシステムだ。


 俺は、DクラスからAクラスまで翔上がってきた。


 このAクラスには、例の3人組がいる。


 今、対戦しているのは、その内の一人である。なんでも、小学校からテニスをやっているらしい。名は、三枝透さえぐさとおるといったか?


「あのプレー内容でよくDからAに上がってこれたな。このAクラスではそうはいかんよ。素人はBクラスにお帰りいただこう」


 なんと言うか、キザな奴だ。


(手の内を隠してきたんだ。本番はここからだ)


 周囲には、試合待ちをしている男女が興味深々といった風情で、こちらを見てる。



「お手柔らかに」


 ゲームスタート。


♠️

 まず、サーブ権を取ったのは向こうだ。


 トントンとボールをついてから、ボールをトスして、オーバーハンドサーブを繰り出す。


(小学校からやってるだけあって、絵になるな)


 スピードも球威も、まずまずといった感じのフラットぎみなサーブだが、コースは甘い。こっちを舐めて、確実に入れにきたわけだ。


 だが、軌道も回転も丸みえ、空気をさいて飛んでくるボールの感じも肌で感じる。着弾音もはっきり聞こえる。


(この生まれもった五感の鋭さに、体がついていくようになると…)


 バーン!


 リターンエースだ。三枝氏は、呆然としている。



「まぐれだ。まぐれ!」


 三バカの一人が、そう励ます。


「そうだよな」


 そう言ってこのリターンゲーム中、三枝氏はコースも打ち分けスピードも上げたフラットぎみのサーブしか打ってこなかった。


「40–0」


「ゲーム」


 審判のコール。


 (学習能力のない奴だ)


 次は、こっちのサービスゲーム。


 先程、「あの腕前でよくAクラスまでこれたな」と言われた要因は、フラットぎみのサーブやストロークがたいして速くなかったことが大きいだろう。それは、認める。


 なら、どうするか?


 まずは、スピンの効いたサーブをクロスにうつ。ボールは着弾してから、大きくキックし…


「ぐわぁ」


 たいしたサーブは来ないはず!と前よりにポジショニングしていた三枝氏の右肩を直撃する。


「15–0」


「そのサーブ、やばいぞ!」


「もっと後ろに立つんだ!」


 三バカ組のうちの2人が叫ぶ。


「ああ」


 素直に後ろに下がる。


(お次は…と)


 スライスサーブをクロスに! ボールは、ギュンと三枝氏から逃げていく。


「30—0」


「むう!」


 すごい目で睨まれた。


 俺にエースを取られるのは、そんなに悔しいか。


(いや、正当なテニスの技法ですけど?)


 次は、フラットぎみのサーブをセンターへ、ドカン!遅いと侮られていたフラットサーブも、さらに遅い球2球のあとは、エースで決まる。


「40–0」


(気持ちいい!)


 特訓の成果は、悪くない。


♠️


 

「ゲームカウント、6–0。勝者、一色!」


 まぁ途中から目も慣れたしリズムも掴んだので全弾、カウンターショットをお見舞いしてやった。

 こんな単調なストロークについて来れないなんて…それでも小さい時からやってたの?

 


「「「うぉーっつつつ」」」


「一色君が三枝君に勝っちゃった?しかも、ストレート勝ち?」


「桜花ちゃんと練習してたらしいよ」


「体育の授業のために?」


「そういえば、体つきがしまってきてるね」


「勝ち方もすごいわね。ボールの跳ね上がりぎわに全部追いついて強打してたわ!」


 桜花の鬼みたいな特訓の成果だよ。


 特訓の最終形を知ってるか?「前後左右にランダムにいろんな球種を打ち込むので、すべての球に追いつき強打してくださいませ!それをぶっ倒れるまで繰り返します」だったんだぜ?


「桜花ちゃんも女子の方で華麗に圧倒してたよ」


「ええ。氷上の舞のように美しいテニスだったわ」


「【氷舞姫ひょうぶひめ】って感じ?」


 二つ名がついてやがる。


「兄さんの方は?」


 わくわく。


「さぁ?【氷舞姫のお兄様】じゃない?」


 がくっ。


「一色兄妹、やばいね。テニス部に入ったらいいのに



 外野の雑談に耳を傾けながら、三枝氏と握手する。


(目が血走ってるぞ?)


 ダンゴ(6–0)はプライドが許さないか? 未経験者を相手に。


「テニスサークルに兄妹揃って来るなら、歓迎するよ?」


「すまん。兄妹ですごす時間が減りそうなんで…断る」


「…その理由は、ドン引きなんだけど!」


 三枝氏は本当に引いている。想像することからして、下衆い奴。


「そういう意味じゃないよ。俺は、妹と比較され続けられるのが嫌で逃げたんだけど……。逃げても追いかけてくるから、今度はちゃんと向き合おうと思っているだけだ。だから、俺の妹をどうこうしたいなら自分の得意分野でくらい俺を圧倒して、俺から認められてからにしてもらおうか?」

 糞野郎は論外。ごく平凡な俺すら越えれない相手も論外。


「はぁ? 俺の実家のことを知らないのか!? 地方の名家なんかとは比べほどにならない権威と権力を誇っているのだけど」


「……家の権威や権力を競いたいなら俺の親戚を辿れば、君達の家を破滅させることも容易にできるけど。 嘘だと思うなら、一色家の親戚筋を洗ってみな。卒倒するぜ? 君」


 自分を高める努力をするのではなく、自分の家を誇るとは……。

 いや、これまで自分を高めることを怠ってきた俺にも刺さるけど……

 

「な?」


 そこで俺は、握手している手を離した。

 三枝氏は、目を白黒させて固まっている。


(この件は、これで終わりだろう。というか、最初からこうすればよかった。けど、親戚自慢とかダサすぎる)



♠️

 放課後、妹と一緒に家に帰った。


「今日はお疲れ様でした。体操服を出してくださいませ。いろいろします」


「いろいろ…。洗濯して皺を伸ばして、干して…。綺麗に畳んで片付けるとかだろ?ありがたいけど、それくらい自分でやるよ」


 俺がそう言うと…


 桜花は目をしばたかせ、キョトンと首を傾げた。(この兄は、何を言っているのかしら?)とばかり。




「いえ、洗濯前に3日ほどわたくしの部屋でお預かりする工程が抜けておりますが…」

 いつも自分の物は自分で洗ってるし、桜花に預けたことなどないが…。


「3日ほど桜花の部屋に置く意味が…」


「お兄様が頑張った証をこのわたくしが称賛しないと。そのためにいろいろやるのです。だめですか?両親にもこのマンションでの家事は私に一任されているのです。これからは、洗濯も私の好きにするべきです!」

 鬼気迫る表情。


「う…。任せる」

 ここは俺たちの両親のマンション。持ち主の要望を無視することはできない。決して桜花の気迫…いや鬼迫に負けたわけでは無い。



「はい。抱きしめたり、匂いを嗅いだり、いろんなところに擦り付けてマーキングしてカピカピにしたり…好きにします❤️ だって、わたくしは、お兄様の婚約者ですもの♪」

 妹はボソッと言ったが、俺の脳が認知することを拒んだ。聞こえていても意味がわからなかったのだ。


「え、なんだって?」


「何でもありません。さ、体操服を出してくださいませ」


 桜花は【氷舞姫】と程遠い、朗らかな笑みを浮かべたので、俺は不承不承ながら体操服を渡した。


「〝俺の妹をどうこうしたいなら、得意分野でくらい俺を圧倒してからにしてもらおうか?〟でしたっけ??」


「うん?」


「さすがは、騎士様です。これからもわたくしにたかる害虫を駆除する頼もしい存在でいてくださいませ」

俺の体操服を抱きしめながら顔を赤らめて上目づかいに頼む妹は、やけに艶かしい。



 それはともかく


「害虫駆除……」


 他の男は、害虫なのか。そして、兄は騎士というより、害虫駆除業者。俺はちょっぴり、虫が苦手なのだが……。


(くそ。もっと努力して、害虫駆除業者からランクアップしてやる!)


 俺達の戦いは、これからだ!


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年子で優等生の妹から逃げたら、「婚約破棄ですか?」とデレ始めたのだが?? ライデン @Raidenasasin

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