マレーシア編⑤人生で一番大きな勝負

前回までのあらすじ:Hくんとのスロット勝負に負けた僕は、バカラで負ける度に賭け金を2倍にする方法を使い、地味に資金を増やした。残り時間、約1時間。ライバルに一気に差をつけるため、バカラのタイで同様の方法を試すことに。


1回目の勝負。タイに100MYR。Hくんは「まじかこいつ」という顔で見ている。流石に少し引き始めたらしい。カードがめくれる度に心臓が跳ねる。結果は、バンカーの勝利。


残り資金:4571MYR。


2回目の勝負、タイに200MYR。バンカーの勝利。


残り資金:4371MYR。


3回目の勝負、タイに400MYR。ここから、一気に賭け金が跳ね上がっていくことになる。まだ傷は浅い。だが、ここで勝利してもまだ旨味が少ない。もう少しだけ負けてから勝つほうがありがたいと思った。そんな贅沢なことを言っていて大丈夫か、とHくんが問う。


「ええねん。ギャンブルは勝つか負けるかや」


引き分けに賭けている人間のセリフではない。


3回目の勝負は、バンカーの勝利に終わった。


残り資金:3971MYR。


4回目の勝負、タイに800MYRを賭ける。まだ粘れる。プレイヤーの勝利。


残り資金:3171MYR。


5回目の勝負、タイに1600MYRを賭ける。ここが問題だ。ここで勝てなければ、次は倍にはできなくなってしまう。8倍配当なので損失額を巻き返すことは不可能ではないが、負ける確率がより高まる。


当然のようにスクイーズ権を得た。カードを捲る手が震える。


プレイヤーの1枚目:5

バンカーの1枚目:3


プレイヤーの2枚目:2

バンカーの2枚目:4


3枚目は引かないことが確定している。つまりこれは、タイ。


タイになったことに気づいた瞬間、僕は思わず大声で叫んでしまった。ディーラーに注意されるかと思ったが、ディーラーもこの叫びには納得のようで、笑っている。こんなの、誰だって叫ぶだろ。


1600MYRの8倍配当。


12800MYRだ。


残り資金と組み合わせて、14371MYR。現在の価値で日本円に換算すると、約44万円になる。これであとは、変なことさえしなければ勝ち確定のようなものだ。今夜はパーティだ!


だが、果たして、本当にそれでいいのだろうか?まだ残り時間はある。この残り時間、適当に少額だけ賭けたり休憩したりして時間を潰すだけでいいのだろうか。何か後悔しないか。


もう一つ、一世一代の賭けをするべきなのではないか。


僕はHくんに「よし、高額テーブル行ってくる」と宣言して、高額テーブルに向かった。Hくんは「え?まだやるの!?」と、驚きながらも「これは見るしかない」と言ってついてくる。他にも何人か、同卓からギャラリーがついてきた。


高額テーブル。バカラ。やることは決まっている。


プレイヤーにオールイン!


勝てば単純に2倍になるが、負ければ0になる。ギャンブルは勝つか負けるかなんだ。


僕はHくんに「次、オールインするわ」と語る。Hくんは「人の金だからって! やめなって」と、まっとうに説得してきた。僕は以前、人から言われたことを思い出していた。


大阪の飲み屋で隣になったおっちゃんが、「頭のネジが外れた奴のほうが成功する」と言い、「兄ちゃんは頭のネジがええ感じに外れてそうやな」と言ってきた。前半部分が無ければ、ものすごく失礼な物言いだ。僕は本来、こういう人間だ。何を常識人ぶって、斎藤ちゃんの奇行を冷めた目線で書いているのだ。


前の勝負が終わり、参加できるようになった。すかさず、オールインする。


これには流石の高額テーブルと言えど、なかなかにざわついた。他の参加者はびびっているのか、客観的に見ていたいのか、全く賭ける気配がない。周囲が僕に注目する。見渡してみたら、斎藤ちゃんや愉快な仲間たちはギャラリーにはいなかった。なんでやねん。


プレイヤー1枚目:Q

プレイヤー2枚目:8


え、もうこれ勝ったやろ。勝ち申した。今ならはっぱ隊を踊れそう。


バンカー1枚目:K


焦らすのがうまい。なんで両方とも1枚目がピクチャーなんだ。


バンカー2枚目:7


ナチュラルで、プレイヤーの勝利!


大勝負に勝った。人生の運を全部使ったかもしれないという危機感を抱きながら、僕は返ってくるチップをそのままベットゾーンに置いた。これにはディーラーもドン引き。


総資金28740MYR。勝てば2倍、負ければ0。


プレイヤー1枚目:3

プレイヤー2枚目:1


バンカー1枚目:5

バンカー2枚目:J


プレイヤーとバンカー両方に、3枚目が配られる。


プレイヤー3枚目:2

バンカー3枚目:4


うわ……。


「負けた……だと」


こうして僕は、約100万円を一気に擦ってしまった。負けたとわかったとき、一気に体が冷え込んだような感覚になったのをしっかりと覚えている。周囲の音が一気に遠のいた後、音が戻ってきたときには心臓がバクバクと脈打っている。


Hくんが「ほら見たことか」と言って笑っている。


僕ももう、笑うしかなかった。資金が底をつきた。勝負は負け決定だ。人生うまくはいかないのだ。


僕はフラフラと立ち上がり、喫煙所に向かう。このとき吸った煙草は、人生でイチニを争うほどにうまかった。恐ろしくうまかったのだ。Hくんも興奮しながら煙草を吸っている。


「あんな勝負見られたから、カジノ来てよかったー!」

「いやあ惜しかったなあ」


と、呑気に色々言っている。僕ももう、馬鹿らしくなってきて、心から「カジノに来てよかった」と思っていた。


「こんな勝負、自分の金から出た資金じゃできんな」

「無理無理」

「いやあ、おもろかったわあ。この経験できたんやったら、負けてもええわ」

「本当にね。いいもの見せてもらったお礼に、今度奢るよ」

「まじで!?ちょー連絡先交換しよ」

「しよしよ!」


こうして、僕は資金を全額擦った代わりに、友人を得た。Hくんとは、今でもたまに遊びに行く。


一通り話し終わった頃には、全員に招集がかかった。


社長「結果発表!の前に、その人どなた?」

ぼく「ああ、ここで出来た友達です」

H君「どうも友達です」

社長「まじか、すげえな。じゃあ結果発表!」

社長「まず俺から。0MYR!」

ぼく「ちょ、何したらそうなったんすか」

社長「最初にオールインした」

ぼく「最初にやることかね」

田中「次俺ね。0MYR!」

ぼく「あなたもか」

田中「ポーカーでオールインして負けました」

斎藤「じゃあ次私ね。0MYR!」

ぼく「なんでやねん、順調そうやったやん」

斎藤「調子乗ってオールインしたらこれよ」


なんということだ。全員、擦っていることが確定した。勝者なんていなかった!敗者も存在しない!なんと平和なことだろう。


社長「じゃあ最後にお前な」

ぼく「なんと……0MYR!」

社長「なして!? え、ばり順調そうやなかった?」

ぼく「バカラで28740MYRまで増やしたっちゃけど、オールイン勝負ば2回続けたら負けた」

斎藤「馬鹿すぎる」

ぼく「は?みんな似たようなもんやろ」

社長「いやいや、流石にそこまで増やしたら馬鹿なことせんけん」

田中「同感」

ぼく「は?ここはみんな0MYRなんかい!で肩組んでガハハやろが」

斎藤「一緒にすな」


そう問答しながらも、僕たちは結局肩を組んで仲良くカジノを後にした。カジノを出て冷たい空気を吸ったとき、この施設の中の出来事が全部夢だったかのような錯覚に陥る。ランドカジノの空気にのまれていたのだ。


カジノ……恐るべし。

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フリー取材旅紀行-ディープタウンへ- 鴻上ヒロ @asamesikaijumedamayaki

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