結局私の人生

東山 昭静

心の水

ちょっと嫌なことが立て続けに起こる日ってある。

例えばトイレットペーパーがないことに気づかずに用を足してしまったり、どうしても見たいドラマがあったのに兄弟にチャンネル権を握られたり、気になる彼に既読無視されたり……まあこのくらいのことでいちいち元気を無くしてたら人間生きていくのも難しい。でも溜め込んだら溜め込むのも人間生きていけない。

どうしていけばいいのかと言うと地道に発散していくしかないのだ。

よく人の心はコップに水がたまる様子に例えられる。私はその例えはよくできているなと思う。

表面張力の機能を解除させるあとほんの1滴は、量は本当に少しでもダメージはとても大きい。何故か。全部溢れ出すからだ。そして人間は馬鹿なもので水が溢れてやっと「あ、自分無理してたんだ」と自覚する。遅い。遅すぎる。発散させることは必要だが、その前に気づくことはできないのか。きっとできる人とできない人に別れるのだろう。できない人の方が圧倒的に多いとは思うが。私、坂田琳は気づくことができない人間だった。


遠くで音が鳴っている。あー目覚まし時計の音か。夢の中でも理解できるらしい。そんなこと思っているうちに夢の中の私はどんどん現実に戻っていく。

目を開けると見慣れた天井や壁、ポストカードが見えた。

「朝か」

周りを見渡しても誰もいない。

「おはよう!!」

私は思い切り叫んで挨拶してその後口を塞いだ。ここはアパートで私は一人暮らしだ。ただの近所迷惑な行為だし誰かが返事してくれるわけない。ただ1人でいることを余計感じて寂しくなるだけだ。

今更1人でいることに寂しくなってもどうしようもこうしようも無い。今日も元気に生きていくしかないのだ。そう思い、かけ布団を足で蹴って起きた。

その時だった。

ピキーン!!

右足に痛みが走った。足をつってしまったらしい。痛い痛い痛い。またベッドに倒れ込み右足を抱え痛みが治るのを待つ。痛みが波打つようだった。しかも大きめの波。あ、大丈夫かなと思った直後にとても大きな痛みがやってくる。引いたと思っても次来る痛みが怖くて立ち上がれない。

一時その見苦しい体制のままじっとしていた。治った、行けると思った時にはもう出社しなくてはいけない15分前の時間だった。

「やばい、まずは何から、えっとー顔洗って、歯磨きして、えっとーもう朝ごはんはいいや!!家事も帰ってから!!」

バタバタと洗面所まで走り、友達に誕生日プレゼントでもらった可愛いヘアバンドを付ける。

「あ!!はあ……ニキビできてるし……」

マスクしても見えるところにニキビはできていた。でも私には潰している時間などない。

顔を洗い終わったらヘアアイロンの電源を入れて温めてる間に歯磨きをして化粧水を適当に叩く。時間が無いと言っているがメイクをせずに外に出る訳には行かない。日焼け止めを薄く塗ってパウダーはたいて……

「アイシャドウ……」

どうせならお気に入りのアイシャドウパレットを使おうとした。綺麗な柄の入っているケースを見つけてテンションが上がった直後急降下した。

「割れてる……そんな……」

そう、なんとお気に入りのアイシャドウパレットは割れていた。本当にテンションが下がる。自分に鞭打って顔をあげて時間を確認する。5分前だった。

メイクは眉毛だけ、適当に合わせた洋服に着替えて、髪の毛も諦めて1つに結んで、朝ごはんも食べていないという最悪の状態で家を出た。携帯の充電も47パーセント。財布にはまあまあな金額が入っているがまだ月初めだ。そんなにお金を使う訳には行かない。家の中の物も全部出しっぱなしだ。帰ってから片付けるのめんどくさいな。

「なんか忘れてそうだなあー」

どうにか午前の仕事を終えて昼休みになった。ここで気づいたことが3つある。

1つ、やはり忘れ物をしていた。折り畳み傘だ。今日は午後から雨が降る。そのことを行きの電車で知った。今もう降り始めている。この雨は夜中まで降り続けるらしい。

2つ、人間、朝ごはん食べなくても案外大丈夫ということ。確かにお腹空きすぎて死にそうではある。がしかし倒れるとかそういうことは全くない。どうせなら倒れたかった。

3つ、私にどれだけ災難が降り掛かって、やらかして不細工でいようが辻さんはかっこいいし私に優しくしてくれる。

「あーあなたがいるから私今の仕事頑張れてます」

と思わず声に出ていた。

「なんか言った?」

と隣に座っている同期の中村さんが言ってくる。

「いやいやベ、別にな、なんでも?」

我ながらなかなか動揺してしまった。

「あー辻さんかー、かっこいいもんねー。分かる分かる」

「え!そうだよね!あ、そうじゃなくて……そ、そう?あの人いや私は別にタイプじゃないって言うか」

「坂田さん」

「は、はい」

「目、泳いでるよ。だいたいね分かりやすすぎなんだよ。坂田さん」

「へ?」

「坂田さんね、無意識なんだろうけどめちゃくちゃ辻さんを見てるんだよ、私はそれ可愛いと思って見てるけどね」

と頬杖ついて私を中村さんはまじまじと見てくる。ネイルがなんとも言えないくすんだピンク色でとても可愛い。「えっ今なんて……」

「さあね、昼ごはん食べないと冷めるしそんなに時間ないよ」

そう言って颯爽と仕事に中村さんは戻って行った。

「え、あ、うんありがと」

と中村さんには聞こえない声でしか返事ができなかった。

だって、可愛い!?私が!?正気!?いやいや女子はすぐ可愛いって言っちゃう生き物だし特に可愛くなくてもお世辞で言ってる時なんて多々あるし。中村さんの方が可愛い……

というか中村さんは可愛い。今日も長い髪を綺麗に巻いている。前髪もセンターで立ち上げて綺麗に分けて巻いてある。洋服も今日はとても女の子らしい。メイクもちゃんと仕上がっている。しかもこれまたいい匂いがするのだ。女でも軽率に惚れてしまうほどだった。いわゆる中村さんはドラマとかに出てくる人の男を奪ってしまうような女性だった。例えが悪いが本当にそのくらい美人だった。マスク社会なのが申し訳ないくらいだ。

そんな可愛くて美人な方が私に可愛い?しかもそんなしれっとスマートに言っちゃうものなの!?

こんな私でも受け入れてくれる人がいるのか。幸せだな。大袈裟だろうか。でも嫌なことが立て続けに起こっていた私にとっては嬉しい出来事だった。すごいな。一言で人間こんなに元気づくものなんだな。ありがとう。中村さん。私の心の水を救ってくれて。

結局私の人生こんな感じで何となくなってるんだな。気づけてよかった。

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