第37話 加速する戦場

1942年9月18日


 「鬼怒」を撃沈したのは、第8巡洋艦戦隊に属する「サバンナ」であった。


「『ブルックリン』『フィラデルフィア』の仇だ!」


「オーケー! ネクスト! ネクスト!」


 「サバンナ」の第12機銃座(20ミリ単装機銃)を担当しているアーネスト・ジュニア一等軍曹と、ジョン・ディカーソン伍長は「サバンナ」の主砲弾がナガラ・タイプと思われる敵軽巡1隻を撃沈したのを見て、互いに喜びを噛みしめていた。


 「サバンナ」はブルックリン軽巡の3番艦だ。特筆すべきは3連装5基15門の15.2センチ主砲であり、早速自慢の主砲が戦果を挙げたのである。


 サミュエル・ブランチ艦長が射撃目標の切り替えを命じたのだろう。第12機銃座の近くに位置している第3主砲がゆっくりと旋回を始めた。


 「ナッシュビル」も「サバンナ」に負けず劣らずの活躍を披露している。「ナッシュビル」から放たれる15.2センチ砲弾数発を喰らった敵駆逐艦1隻は明らかにその戦闘力を喪失しつつあり、もう一息といった所であった。


 主砲発射を報せるブザーが鳴り響き、ジュニアとディカーソンは20ミリ機銃座にしがみついた。戦艦の40センチ主砲、36センチ主砲に比べたら「サバンナ」の主砲は豆鉄砲かもしれないが、多数をまとめて放つときに発せられる衝撃は相当なものであり、その衝撃で海面に投げ出されては堪ったものではなかった。


 ブザーが鳴り終わり、「サバンナ」は各砲塔の1番砲で第1射を放った。


 第1射が放たれた10秒後、「サバンナ」は第2射を放つ。15.2センチ砲は重巡が搭載している20センチ主砲よりも発射間隔が短いため、切れ目無く目標に砲弾を送り込む事ができるのだ。


 第1射から第4射までは外したが、第5射が敵2番艦を捉え、「サバンナ」の艦上各所から歓声が上がる。


 「サバンナ」の主砲が斉射に移行し、多数の砲弾が次の瞬間飛んでくる事を悟った敵2番艦が転舵を開始したが、その努力が実を結ぶ事はなかった。


 「サバンナ」は計3回の斉射を放ち、それで十分であった。15.2センチ砲弾が命中する度に、敵2番艦は急速に廃艦へと朽ち果ててゆく。


 これで敵1番艦に続き、敵2番艦の沈没も確定したが、「サバンナ」「ナッシュビル」が一方的に敵艦を叩くことができたボーナスタイムはここまでだった。


 背中に悪寒を感じ、ジュニアが背後を振り向いた時、「サバンナ」の右舷側から唐突に飛翔音が轟き始め、周囲の海面が弾けた。


 2人が再び機銃座にしがみついた直後、強烈な衝撃が「サバンナ」を襲い、艦体が左舷側に5度以上仰け反った。近くから誰かの悲鳴が聞こえてきたような気がしたが、気のせいだと信じたかった。


「そうなるよなぁ。この乱戦場でこっちだけが一方的に撃てるなんて道理は通用しないもんな」


 ジュニアが来るべきものが遂にきたと言わんばかりに呟いた。


 それにしても凄まじい一撃である。水柱の高さ的に重巡の20センチ砲弾だろうが、直撃していないのにも関わらず、基準排水量9700トンのブルックリン級軽巡の艦体を激しく揺さぶったのだ。


 6月のミッドウェー海戦で、敵重巡との撃ち合いに負けて「ノーザプトン」「チェスター」の2重巡が撃沈されたのも当然であるように思われた。


 「サバンナ」に砲撃を加えてきた敵重巡の周囲にも弾着の水柱が上がっている。敵重巡部隊に砲撃を始めた味方艦がいるのだろう。


 敵重巡部隊は自らが撃たれているのにも関わらず、照準を切り替える様子がなく、「ナッシュビル」も左右両舷にも水柱が次々に奔騰し始めた。


 「サバンナ」の主砲が左舷側から右舷側に旋回する。ブランチ艦長は敵水雷戦隊への攻撃を打ち切って、敵重巡に目標を切り替える決断を下したのだろう。


 敵重巡4隻の艦上に次々に発射炎が閃き、それが着弾する直前、「サバンナ」は敵重巡1番艦に砲撃を開始した。


 敵弾の飛翔音がまた聞こえてくる。飛んでくる20センチ砲弾は死に神の鉞そのものであり、根拠はなかったが、確実に「サバンナ」の命を一撃で刈り取るのではないかという気がした。


 直撃弾命中時の衝撃は至近弾の時とのそれには比較にならなかった。


 「サバンナ」の第1主砲と第2主砲に黒い塊が吸い込まれた――2人の目がそのように視認した直後、甲板が大きく盛り上がり、大量の黒煙が艦内より湧きだし始めた。


「やばいですよ! 軍曹!」


 人生始めての経験にディカーソンが思わず叫んだが、叫ばれた当の本人のジュニアにもどうすることはできなかった。


 間を置く事なく、敵2番艦から放たれた20センチ砲弾3発が着弾し、2発までは海面に着弾し、水柱を奔騰させただけに終わったが、残りの1発は「サバンナ」の第5主砲を真上から刺し貫いた。


 「サバンナ」の主砲1基が使用不能となり、ブランチ艦長が消火のために命じたのか、被弾によって機械室や缶にダメージを受けたのかは分からなかったが、艦の速力がいっきに低下し始めた。


 敵1番艦、2番艦がいずれも斉射に移行する。


 「サバンナ」、そして同じく打ちのめされている「ナッシュビル」が先に沈んだ艦の「ブルックリン」「フィラデルフィア」の後を追う事は、もはや確定事項であった。












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異聞・太平洋戦争 ミッドウェーの栄光 霊凰 @reioudaisyougun

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