第36話 第1水雷戦隊

1942年9月18日


 第1戦隊「大和」「長門」「陸奥」が砲撃を開始した時、既に第1水雷戦隊の「鬼怒」「五十鈴」は第11駆逐隊、第12駆逐隊、第13駆逐隊に所属する10隻の駆逐艦を率いて、敵戦艦に雷撃を敢行すべく最大戦速で突撃していた。


「敵駆逐艦1番艦砲撃開始しました! 続けて2番艦砲撃開始しました!」


 隊列の前部に位置する「早潮」の艦橋に艦首見張り員からの報告が上がってきた。


 「早潮」は1940年8月31日に竣工した陽炎型駆逐艦の5番艦で、南方作戦では重巡「鳥海」などの護衛として大いに奮迅した。


 陽炎型は駆逐艦としては大きめであり、全長118.50メートル、全幅10.80メートル、基準排水量2000トンの艦体に12.7センチ連装主砲3基6門、25ミリ連装機銃2基4門、92式魚雷発射管2基8門(次発装填有り)の重武装を搭載している。


「1水戦司令部はどうするかな?」


 「早潮」の射撃指揮所に詰めている板倉得止少佐は射撃開始の命令を今か今かと待ち構えていた。


 敵駆逐艦が次々に射撃を開始した以上、「鬼怒」に座乗している1水戦司令官大森仙太郎少将から直ぐにでも「準備出来次第、砲撃開始」の命令が艦長経由で送られてくるはずであった。


 ――だが、板倉の予想に反して、約30秒後、「早潮」の前を行く「黒潮」が艦首を右に振ったかと思いきや、「早潮」も転舵を開始した。


 大森司令官は1水戦各艦に「砲撃開始」ではなく、「1番艦から順次面舵一杯」を命じたのだ。大森司令官の心中には、射撃を開始する前に敵駆逐艦部隊に対し、優位な位置を占めたいという思惑があるのだろう。


 敵の動きが乱れる。1水戦が大きく針路を変えるとは思っていなかったのだろう。


 敵は1番艦から順に取り舵をかけ、1水戦の動きに追随しようとしたが、そうはさせじとばかりに大森司令官が「取り舵20」を命じ、「早潮」が再び艦首を振った。


「艦長より砲術。射撃目標は敵駆逐艦。準備出来次第、砲撃開始」


「砲術より艦長。射撃目標は敵駆逐艦。砲撃開始します!」


 「早潮」艦長金田清之中佐から発せられた艦長命令に、板倉はこれまで溜め込んできたものを吐き出すようにして復唱を返した。


「目標敵駆逐艦3番艦。測的始め!」


「交互撃ち方!」


 板倉は力強い声で下令した。最初から交互撃ち方ではなく、斉射でいくことにした。1水戦の2度の転舵によって、敵駆逐艦部隊に僅かながらに混乱が生じているため、早めに叩き潰すのが得策だと考えたからである。


 3基の主砲塔が敵3番艦の動きに合わせて旋回し、測的が終わり、板倉は「砲撃開始」を命じた。


 一拍置いて、12.7センチ主砲の先から火焔が湧き出し、轟音が板倉の耳に飛び込んできた。


 「早潮」の艦体が左舷側に傾き、板倉は砲術長席に腰を下ろした。


「『鬼怒』射撃開始しました! 『木曾』射撃開始しました!」


「『親潮』『黒潮』『夏潮』射撃開始しました!」


「第12駆逐隊、第13駆逐隊順次射撃開始しました!」


 1水戦の僚艦も次々に砲撃を開始する。どの艦の砲術長もこの瞬間を何よりも待っていた事であろう。


 12隻の軽巡、駆逐艦が一斉に射撃を開始する様は、海面に突如、火焔の列が出現したかのようであり、壮観そのものであった。


「弾着、今!」


 弾着観測員から報告が上がった。


 板倉は結果を凝視したが、「早潮」の第1斉射弾は全て空振りに終わっている。


 「早潮」が第2斉射を放つ。


 再び6発の12.7センチ砲弾が発射され、敵駆逐艦から放たれた砲弾の飛翔音が聞こえてきた。


 敵弾は「早潮」の前方に着弾し、どちらかというと「黒潮」を狙った砲弾のようだった。


 「早潮」が第3斉射を放ち、このタイミングで「早潮」が目標としていた敵3番艦の艦上に爆炎が躍った。


 「早潮」の前後を固める「黒潮」か「夏潮」辺りの艦が、「早潮」同様敵3番艦に狙いを定めており、一足先に命中弾を得たのだ。


 敵3番艦は新たな射弾を放ったが、明らかに火力が落ちていた。敵3番艦に命中した12.7センチ砲弾は敵3番艦の主砲塔を1基乃至2基程度破壊したのかもしれなかった。


 そこに、「早潮」の第3斉射弾が殺到する。


 敵3番艦の艦上2カ所に爆発光が確認され、直後、敵3番艦の速力が急減し始めた。


 命中した砲弾は、ダメ押しと言わんばかりに敵3番艦の艦内深くで炸裂したのだ。敵3番艦は戦闘力をほぼ喪失したと判断してよいだろう。


「照準変更! 目標敵駆逐艦4番艦!」


 板倉は命じた。1水戦の役割は敵駆逐艦部隊を撃滅することではなく、敵戦艦に必殺の雷撃を敢行することなので、敵3番艦に対してはこれで十分と判断したのだ。


 敵4番艦に対する測的が完了し、「早潮」が第1斉射を放つ。


 主砲発射時の砲声が轟いたが、次の瞬間、板倉の意識を引きつけたのは、前方――1水戦旗艦「鬼怒」が航行していた場所付近で奔騰した巨大な火焔であった。


 板倉が双眼鏡を「鬼怒」に向けた直後、太陽さもありなんの閃光が「鬼怒」より発せられ、それは程なくして火柱に変わった。


「・・・!!!」


 「鬼怒」の破局を悟った板倉は言葉を失い、「鬼怒」の艦影は急速に海面下に消えていったのだった。











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