第35話 「大和」初陣
1942年9月18日
この日の水上砲戦において、最初に砲門を開いたのは第1戦隊の1番艦「大和」だった。
「目標、敵戦艦1番艦。測的完了次第、砲撃開始!」
「大和」艦長高柳儀八大佐が鶴岡信道砲術長に下令してから数秒後、「大和」の艦上に発射炎が閃き、3基の45口径46センチ3連装主砲の1番砲から46センチ砲弾が秒速780メートルの速度で発射された。
「・・・!!!」
主砲弾発射の瞬間、雷を頭に叩きつけられたような衝撃が、高柳の体全体に走り、足がよろめいた。
高柳は「大和」艦長に任ぜられる前、重巡「那智」砲術長、戦艦「伊勢」艦長などの職を歴任に大型口径主砲発射時の衝撃には慣れているつもりであったが、「大和」のそれは圧倒的に規格外であった。
敵戦艦3隻の艦上には発射炎が確認されていない。現在の彼我の戦艦部隊の距離は38000メートルといった所であり、この距離では敵新鋭戦艦の主砲は「大和」を射程内に捉える事が出来ないのだろう。
「観測機より信号。『敵戦艦1番艦から順に取り舵』」
「第1戦隊一斉回頭! 敵戦艦隊の動きに追随するぞ!」
前衛部隊司令官近藤信竹中将が針路変更を命じ、それを聞いた高柳は操舵室に詰めている操舵長内藤信二大尉に「取り舵一杯。針路270度」を下令した。
「取り舵一杯。針路270度。宜候」
「大和」操舵長佐藤晋太郎大尉の元気な声が伝声管を通じて伝わる。
舵が効き始めるまでの間に、「大和」は各砲塔の2番砲で第2射を放った。
第2射を放った直後、第1射弾3発が敵1番艦の前方に相次いで落下し、3本の滝と思わんばかりの水柱が奔騰した。
第1射弾の結果を見て高柳は僅かに落胆した。初弾命中という奇跡を期待していた訳ではないが、今の着弾では至近弾とも呼べなかった。
やはり、38000メートルの砲戦距離では、観測機がいる状況下でも十分な射撃精度を確保することができないのだ。やはり、敵戦艦部隊との距離をもっと詰める必要があった。
「大和」が艦首を左に振り始めた。
全長263.0メートル、全幅38.9メートル、基準排水量64000トンの紛れもなく世界最大の艦体を持つ「大和」は一見鈍重そうに見えるが、決してそんなことはない。一旦舵が効き始めると、滑るようにその針路を変更してゆく。
「『長門』取り舵! 『陸奥』続けて取り舵!」
「大和」の後ろに付き従っていた長門型戦艦2隻も「大和」同様、一斉回頭をかけている。
回頭が終わり、艦が直進に戻った時、「大和」は第1戦隊の3番艦の位置を占位する。
「『陸奥』目標1番艦。『長門』目標2番艦。『大和』目標3番艦。砲撃再開!」
近藤が命じ、「大和」が砲撃を再開する。
今度は各砲塔の3番砲から火焔が湧きだし、3発の46センチ砲弾が三度発射された。
「観測機より受信。『敵3番艦、砲撃開始』」
通信室からこの報告が上がるまでもなく、高柳は双眼鏡越しに敵3番艦の砲撃開始を目視しており、それが着弾する前に「大和」は2回の交互撃ち方を放った。
「来るぞ! 何かに掴まれ!」
敵弾の飛翔音が次第に大きくなり、それが極限にまで増幅した瞬間、高柳は艦内放送を用いてこのようにいい、注意を促した。
次の瞬間、「大和」の左右を挟み込むようにして3本の水柱が奔騰した。
「何――!?」
高柳は敵3番艦の射撃精度に愕然とした。さっきよりは距離が縮まっているとはいえ、敵3番艦は第1射目で「大和」を挟叉したのだ。
とんでもなく技量の高い砲術科員が乗り込んでいるのかもしれなかった。
「副長より艦長。損傷なし」
応急指揮官の渋谷清見中佐から艦の損傷に関する報告が入る。至近弾で損害0なあたり、流石は世界最大の巨艦であった。
敵3番艦に対する第1射、第2射、第3射はいずれも空振りに終わり、「大和」の主砲は第4射を放った。
「大和」が第5射を放つ直前、敵3番艦の艦上に、第1斉射の発射炎が閃いた。発射炎の光量はさっきの時よりも格段に大きく、双眼鏡越しにそれを見ていた高柳は一瞬、視力を奪われた。
「『長門』砲撃開始しました!」
「『陸奥』砲撃開始しました!」
「敵1番艦砲撃開始。2番艦砲撃開始しました!」
「大和」と敵3番艦に続き、残りの4隻の戦艦も砲撃を開始する。
少しの間を置いて、敵3番艦からの斉射弾が飛来する。
轟音が途切れるのと同時に、「大和」の艦体に40センチ砲弾が命中する。
敵弾が命中したはずだが、高柳のいる艦橋には殆ど衝撃がなかった。
被害報告が入る前に、「大和」から放たれた第5射が敵3番艦の頭上から降り注ぐ。
「観測機より受信『只今の着弾近1、遠2』」
5回目の射撃で精度が向上してきた。あと2~3回の交互撃ち方で「大和」は敵3番艦に対し、命中弾を得ることが出来そうだった。
敵3番艦からの第2斉射弾が着弾し、1発が「大和」を捉える。
今度は艦橋直下に40センチ砲弾が命中し、装甲を喰い破る事はなかったものの、12.7センチ高角砲が跡形もなく吹き飛ばされた。
「高角砲1基損傷!」
副長から報告が上げられ、主砲弾発射を報せるブザーが鳴り響いた。
諸元を修正し、「大和」が第6射を放ったのだった・・・
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