第10話 中野区国の挙兵!
中野区の惨状といったら、それはもう目を覆いたくなるような有様だった。破壊された中野駅周辺の建物。警備会社施設、駐留軍施設、警察署、病院を狙った爆破テロ。直ぐに防犯カメラから映像を確認していると、何かの包みを抱えた男達が主要施設に立ち入って起こしたと発覚した。
この爆破による被害は三百名を超え、倒壊した施設から次々と死傷者が引きずり出され、駅前のロータリーで横たえられた彼等と看病する医師団で込み入っている。
一緒に救助をしてくれた各区国と市国の王達が自国へと連絡を入れ、緊急搬送する手配をしていた。
「ユリコ様……、どうして中野区国で」
防犯カメラの映像に映る実行犯たちが何処から入り込んだのか、救助活動に人を回し最低限の人間で確認作業をしていたが、国境付近のカメラにはそれらしき人物達は映り込んでいない。
「前もって爆弾と一緒に中野区国へ潜り込んでいたということか……。さしずめ、この間の暴漢もその一人と考えていいだろうね」
映像を凝視する碧い眼に荒波が立っているのを見て取れた。
「あれほどの威力だ。製造できる国なんて限られてくる」
「しかし、どうして中野区国を」
「五大区国の誰だ……。私の国を、私の民をこんな目に遭わせた奴は」
「あの……、ユリコ様」
「黙れッ!」
歯を食いしばり眉間に皺を寄せた形相で私を怒鳴りつけ、シンと静まり返った中野国防衛省の一室の誰もが唾を飲んだ音が、あちこちから聞こえた。
「ああ……、すまない。カヤは悪くはないんだ。こんな事態で私もいっぱいいっぱいでね。許して欲しい」
「こちらこそ考え事の最中に話しかけてしまって」
「だいぶ前から中野区国を標的にしていたのは確かだね。この国は医療技術に関して言えば群を抜いているだけで、その他の技術は平均以下だ……、表上はね」
「中野区国を危険視していたのは五大区国王たちでした」
犯人は五大区国の中の誰かということになる。
しかし証拠がない。実行犯は爆散してしまって身元の特定なんて出来ない。
五代将軍はツキモト将軍を除いて現場指揮に出てもらっていて、ずっと沈黙して画面の確認をしていた彼が、「ひとまず情報を開示するべきかと」東京国全土に起きたテロを報せ、至急で東京大連合国会議を開くべきだと進言した。
その段取りはツキモト将軍に一任するようで、ユリコ様は現場を見て回ってくると言って出て行ってしまった。彼女の後を追いかけるべきだったのでしょうけど、一人にして欲しいという雰囲気を察してか、足が動きませんでした。
「最悪の事態は避けたいが……」
ツキモト将軍の発した言葉に不穏なものを感じた。
誰もソレを聞けない。聞くのが怖い。聞いてはならないと本能が警告しているかのように、みな口を閉ざして防犯映像の時間を遡って確認している。
「ミナモト。キミがこの場に居ても役立つことはない。キミにはキミの仕事があるはずだ」
ツキモト将軍に言われて私は意を決して防衛省を飛び出した。
外は焦げた臭いが立ち込めている。煤が舞い、二次被害を受けた建物の消火作業で水浸しになっている地面を踏みしめながらユリコ様を探し、爆破された警備会社の残骸を漁るユリコ様を見つけた。
「私も手伝います。何を探していますか?」
「あれだけの爆発だ。焼失しているかもしれないが、爆破物の破片でも見つかれば主犯国を突き止める鍵になる」
サイレンの音が鳴り止まない中野区国はこの先どうなってしまうのか。ユリコ様は舵をどうきっていくのか。横目で確認した彼女の眼差しは何か腹を決めたような覚悟が見て取れた。
「これはなんでしょう」
煤だらけの中から警備会社には無さそうな物を手に取ってユリコ様に渡した。
「よく見つけてくれた。偉いよ、カヨ」
褒められたのに素直に喜べなかったのは、ユリコ様が見せた微笑みが、どうしてか死神や鬼の笑みに見えてしまったから。余計な事をしでかしてしまったのではないかと、後悔が心の内側で不安と共にモクモクと沸いていた。
倒壊した建物からの救助活動も各国からの応援を受けて作業ペースが上がっている。それでも死傷者数はまだまだ増えそうだった。
「直ぐに科学研究所へコイツを持ち込み解析してもらう。カヨ、大至急だ。運転を任せるよ」
「はい!」
専用車は防衛省に停車してあるので直ぐに二人で野方の科学研究所へと向かった。研究者たちも何事が起きてたのか把握していない様子だったので、手渡した破片を見せてじじょうを簡単に説明した。
「ん。これは……」
破片の煤を払って顕微鏡を覗き込みながら、複雑なアーム式の大がかりな機材でレーザーを照射していた科学者が唸った。
「どうした。もう判ったのか?」
「ええ。これは東京国の保有する軍艦の装甲に用いられている特殊性金属ですよ。軽くて強度があり特徴的な層を成しています。はっきりと断言できます。この特殊金属製造は江東区国が特許を得ている金属加工技術でのみ作られるものです。まあ、神奈川国はこれよりもっと上質な金属や鋼を使用していますし、品川区国はもっとお粗末な加工品ですから、間違いありません」
「そうか。ありがとう」
つい先日だ。江東区国王と面会して国の行く末を話し合っていたというのに、どうしてこんな惨いことをするのか判らない。ユリコ様も今は江東区国王について考えていらっしゃるに違いない。
「付け加えますと、高強度の鉄をこれだけ破壊しうる爆弾についてです。ざっと計算をしましたが……、爆弾単体での威力であれば東京区国の半分が消し飛ぶ威力でしょう。なにより恐ろしいのがこれを大量の軍艦を保有する江東区国が本当に製造されたものだとしたら、考えるだけでゾッとしますよ」
「砲弾としてこの爆弾を使用するということだね。確かにゾッとするな。ありがとう、予想より早く主犯国家へと辿り着くことが出来た」
城に帰ろうと背を向けてから思い出したように、「例の兵器だが、どれくらいだ?」技術者に聞くと、「九十八パーセント完成です」何かを察して表情を頼険しくして答えた。
「射出の準備だけしておいてくれ。私の合図まで待機、以上だ」
車内でも私は口にしなかった。
戦争になる。
相手の出方によって中野区国は挙兵する。
秘密兵器が多くの被害と悲劇を生み、その果てに待つのが破滅であってもユリコ様は使用して最期まで戦うおつもりだ。
城に帰るとユリコ様を玉座の前で待つ五代将軍を初め多くの軍関係者が整列していた。彼女が座ると全員が片膝を突いて頭を垂れた。
「今回のテロで被害に遭った国民達に私は胸を痛めている」
ゆっくりと語るユリコ様。
「此度のテロ首謀国は江東区国だ。爆弾に使用された鉄だが、江東区国が特許を取得している製造法でしか作れぬものらしい。これより、東京連合国と同時通話を行いその中で江東区国王ソノムラ・コウタロウに真偽を問う」
王の間の扉がノックされた。数名の兵士たちが巨大スクリーンを持ち運んできてせっせと組み上げていく。
「東京大連合国全土に繋いでくれ」
直ぐに次々と分割された画面に心配した顔が映り込み、二十三区国二十六市国の王達の顔が揃う。
全員が沈黙しているのはユリコ様の報告を待っているから。
「急な呼び出し済まない。それと、救助活動と病院の提供をしてくれた者達には感謝している」
緊張しきった顔ぶれを順々に見渡して、「悲しいな。我が国はテロを受けた。今回は我が国であったが、次は何処か……。何処を狙う、ソノムラ江東区国王?」ユリコ様が睨み、王達の視線は一点に集中する。
「何の事を言っているのか?」
「中野区国民の死傷者は六百三十八名。そのうち三百七十二名が亡くなった。平和だった中野区国を狙った真意は何だ、と問いかけている」
「私が中野区国にテロを起こした? 何のために。江東区国と中野区国は距離も離れ、敵対する理由も無ければ、小国を脅す理由も無い」
「東京五大区国は中野区国を要注意国家として認識していたようだ。人造人間の私と、我が国が誇る科学技術を」
動揺が走る。中野区国にそんな技術力は無い。馬鹿馬鹿しい妄言だと言う者もいる。しかし彼らに意識も向けず、ただ真っ直ぐと、その碧い眼はソノムラ区国王へと向けられていた。
「渋谷区国は誇らしく報告していたな。中野区国から譲渡された兵器案を。さて、どうして技術力が優れている五大工国がたかが小国の技術に浮かれたか、お前達はそれが不審であると考えもしなかったか。そうだ、お前達は他人事に興味を示さない。自分たちは所詮小国だ。大国がなにをしようが関係ないという無関心がいつかは自国を滅ぼすと教えてやる。きっと、中野区国が新兵器の開発を報告した時も嘲笑っていたのだろう」
だからなんだ。早くこのテロについての詳細を述べろ、と囃し立てる区国の醜さを、市国王達はこれが区国の有様だと侮蔑の視線で静観している。
「だから私は問うのだ。ソノムラ区国王、なぜ中野区国にテロを起こした」
「言いがかりか。それほどまでに江東区国を貶めたいなら証拠を提示したまえ」
「では、提示しよう」
着物の袖から取り出した爆弾片を掲げて、誰からもよく見えるように見せた。
「これはテロで使用された爆弾片だ。先程、優秀な技術者に調べてもらってね、これは江東区国の軍艦の甲板と東洋の者だと判明した。江東区国王が中野区全土を吹き飛ばす威力の爆弾にしていれば、こんな証拠も残らなかっただろう」
「虚偽の報告をするものではない。調査をした? この短時間でか」
「そうだ。海外国とある手段を用いて技術提供してもらい、中野区国の医療技術を合わせて脳を機械化させた科学者団だ」
東京国だけでなく日本国の条約に違反していたことをさらっと口にして、「短時間の調査も可能だよ」口角を大きく引き上げた。
「もう一度、問おう。ソノムラ区国王、なぜ中野区国でテロを起こした。これ以上、市国に恥ずかしい醜態を晒すな」
「海外国と通じていたとは……。最大の重罪を犯したトツツキ・ユリコ区国王を処断しなければならないようだ。キミは直ぐにでも東京裁判所に出頭しなさい」
「断る。いつまでシラを切るつもりか」
ユリコ様とソノムラ区国王のやりとりに横やりが入る。東京五大区国が中野区国を非難した。険悪の間柄である品川区国さえも全力で江東区国を擁護し、渋谷区国王や新宿区国王の若き区王達は国家反逆の意志ありと、非をユリコ様に押しつけてつるし上げようとしている。
これには市国に対して五大区国の醜態を晒させるわけにはいかない、という思惑があるように思えた。区国代表が武力で小国相手にテロを行ったなどと知れれば、市国からの信頼は完全に失墜してしまうからだ。
中野区国一つが大規模な自作自演を講じたとなれば、区国王一人の首を落とすだけで丸く収まり、自分たちに都合の良い人材を王座に就かせれば一石二鳥となる。
「そうか。認めぬか」
「当然だ。こんな馬鹿馬鹿しい話を誰が信じるという。いまの地位に不満を持つトツツキ・ユリコの暴走行為だ。旧時代の創作物で人工的に作られた生物は人類に牙を剥くように、彼女もまた東京国を滅ぼそうと浅知恵を働かせたのだろう。哀れな女だ」
ソノムラ区国王は溜息を付き、「裁判所へ出廷しなさい。正式な判決の後、苦しまない手段でキミを処刑する」力強く言い切った。
画面から初めて顔を逸らした。ようやく観念したか、と大半の区国王たちが笑う。
「中野区国軍、兵を緊急招集させろ」
控えていた将校クラスに言い渡した。五代将軍を除いて全員が部屋を飛び出した。
「まさか戦争を仕掛けるつもりか。四方を敵に回して、五大区国を退き江東区国へ進軍できるつもりか」
「そのつもりでいる。確かにこうもバラバラではいつか東京国は潰えるな」
ユリコ様は大きく溜息を付く。
「これより、二十三区国を平定すべく中野区国は挙兵する!」
東京二十三区国平定戦記~中野区国~ 幸田跳丸 @hanemaru0320
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