第9話 予期せぬ最悪の事態

 二日続けての杉並区国訪問。



 杉並区国、練馬区国、世田谷区国と隣接する西東京市国、武蔵野市国、三鷹市国、調布市国、狛江市国の各区王と市王が中野区国を交えて話し合いの席に着く運びとなり、こうして今日も朝早くから杉並区国高円寺領の城へ車を走らせた。



 市国王方をお迎えするのに杉並区国では数々の料理や酒を揃えて準備は万端のようだ。しかし玉座に座るまだ幼いクゲ杉並区国王は、これで本当に万全か。何か不備や至らぬところは無いか、とユリコ様に一つ一つ確認を取っていた。



 カスガ練馬区国王とババ世田谷区国王もしばらくして到着した。二人とも軍の正装で挑むようだ。四区王同士でこの後の打ち合わせをするべく、時間ギリギリまで応接室に籠もるとのことで、各区国王の付き人たちは周囲警戒の為に一度指定されたルート警備に出た。



 城に残った三名の宮廷作家に警備なんてできるはずもなく、かといってこのまま此処で暇をしていても邪魔になるだろうと話し合い、高円寺駅近くにある場所で朝食を摂ることになったが、ユリコ様も朝食を抜いているのに私だけがそんな食事をしてきていいものか、という遠慮もあったが、二人に無理矢理引きずられる形で私だけ言い訳の免罪符をそっと胸に忍ばせて城を出た。



 杉並区国高円寺領は中野区国と似通った街の雰囲気だ。話を聞けば、この国も旧時代にはサブカルの街として中野と肩を並べて、夢追い人の街として賑わっていたそうだ。名残というのは何百年経っても地に染みこんでいるようで、特別に見せてもらった貴重な写真を何枚かテーブルの上に並べてくれた。



「平和惚けしてそーな顔つきばかりだな」



 練馬区国王の宮廷作家が肩を竦めて見せた。



 実際、平和だったのだ。この当時の日本は今では信じられないくらいに多くの外国人が観光に来日し、国際的な結婚等で日本に骨を埋めていたのだ。海外との貿易や関わりを遮断し、遙か昔の鎖国時代へと逆戻りした様は少し寂しく思える。



 この先の時代はどうなるのか。時代の経過は技術力を向上し、今では考えられず、比較も出来ない威力のSF兵器なんてのも大量に製造されているかもしれない。その時代の文明に適応できる人間が育てば使い道も見誤ることはないだろうけど、渋谷区国王や新宿区国王のような力を求めるような輩が増えれば、この国は……、世界までもが滅びてしまう。



 日本の外へ目を向けて、かつての時代のように世界中が手に手を取って戦争や紛争などの起きない、起こさせない世の中を作り上げていくべきではないだろうか。



「何考えてん?」



 世田谷区国王の宮廷作家が独特なイントネーションの呼びかけと共に顔を覗かせてくる。彼女の顔が眼前までせまって私は小さく悲鳴を上げて飛び退きそうになったのをすんでの所で堪えた。



「え、いや……、本当に昔は平和だったんだなぁって。この先の日本がどうなるのか憂いていたんだよね」

「俺達が憂いたところで何一つ変わらねーよ」



 練馬区国宮廷作家が大きな溜息をついてグラスの中でくるくるとストローを混ぜてコーラを飲んだ。



 この中で最年長の二十代後半の杉並区国宮廷作家の男性が笑いながら、「でも、考えるのはいいことですよ。特に僕等のような作家業は豊かな想像力が大切な武器となるのですから」やんわりと言った。



「王のあるがままの姿を書くのに想像力ねぇ……」

「どないしてそんなん言うの。宮廷作家楽しくあらへん?」

「お前のソレ正しく喋れてるのか? つか、生まれはどこだよ」

「そなもん、東京国に住んでるんだから東京国生まれ意外あらへんよ。生まれは文京区国、育ちは世田谷区国よ。そういう、あんたは何処なん?」

「生まれも育ちも練馬区国だよ。兄ちゃんは?」

「僕は産まれも育ちも立川市国でしたが、剣術指南役として杉並区国に送られたわけなんですが、先代区国王が僕に宮廷作家となるように勧められジョブチェンジを果たしました。中野区国王の宮廷作家さんはどちらの出身ですか?」

「私は何処なんでしょうね」

「なんだそりゃ?」



 当然の反応だが仕方ない。



「両親も判らないですし、物心つく前から渋谷区国の孤児院で育てられていたみたいですし。面白い話なんですけどクリスマスの晩、孤児院の玄関前にプレゼント用に靴下の中で眠る私が捨てられていたみたいなんですよ。笑えますよね、クリスマスプレゼントみたいで」



 いつもこうして笑い話のネタとして聞かれた際は答えるけど、目の前の三人はちっとも笑ってくれない。



「あれ、面白く」

「ねーよ」



 苛立った顔を背けて短く言った。



「自分の子供を孤児院に捨てるのもアレやけどね。ジョークか知らんが靴下に我が子入れて演出するのは許せることやないで」



 ウンウンと頷かれてしまう。そういえば彼等の名前を知らなかったことを思いだし、話題を変えようと自己紹介を提案した。



練馬区国のツンケンしているのがサイトウ・レン。世田谷区の特徴的な喋り方の少女はモチヅキ・トモヨ。杉並区国の最年長者がシバイ・セイゴ。



 昨日から顔を合わせてようやく互いの名前を知ったところで、シバイさんの電話が鳴った。そろそろ五市国王が到着されるそうで至急戻るようにとのことらしく、お会計は年長者のシバイさんが支払ってくれた。



 駆足でなんとかタッチの差で五市国王達より早く着き、区王たちに何処へ出掛けるか伝えずに出たものだから軽くお叱りを受けてしまった。



 そして、大会議室の円卓の部屋へ。



 この部屋は有事の際に国家中枢を担う役職を集めて会議が開かれる場所らしく、昨日のような応接の間で対応するような案件ではないから話し合いの席としては相応しい。



 市国王についてはまったく知識が無く、名前はもちろん誰が何処を収めているのかも判らなかった。



「突然このような席を設けてしまったこと初めに謝罪させていただきます。そして参列してくださった区国市国の各国王には同時にお礼を」



 声に固さが残るクゲ区国王が頭を下げる、それぞれもそれに返す。



「まず初めにお聞きしたいことがあります。区国と隣接する市国では徴兵を公募し、背後では兵器開発工場を急ぎで設立、稼働させておられるようですが、その理由をお聞かせくださいませんか?」



 市国王達は一瞬だけ顔を見合わせてから一人が代表で挙手した。



「東京国の市国内でも領土、技術力、兵力それらが劣る我々は埼玉国と神奈川国に接している国があるのはご存じでしょう。あなた方区国はそれらに抑止できる力を持っておられるが生憎と私どもにはそんな力は持ち合わせていない。だからこそ貴重な資産を削ってでも防衛力向上に努めているのです」



 それに異を唱えたのがババ区国王で、「仮に東京国を責めてきたとして、我々区国も戦い、共に東京国防衛に努めるのが条約だ。そう……、八王子市国やあきる野市国が責められた場合にも我々は兵を率いて参戦するぞ」これにクゲ区国王とカスガ区国王も同調して頷いた。



「それはどうだろうな。市国は斬り捨てられないとも保証はない!」

「区国が先だって条約違反をしてみろ! 市国との完全な決裂となるだろ」



 怒鳴り返したカスガ区国王は大きな溜息を付いて五市国王を睨み付けた。



「カスガ区国王、お、落ち着いてください。はい、市国王たちの懸念や不安は十分伝わりました。しかし、それをどうして区国との境界線に集結させておられるのですか?」



 ニヤリと笑んだ市国王の一人が、「どの区国も該当しない、存在しないはずの暴漢が平和な中野区国で服毒自殺をしたそうじゃないか。これは区国の誰かが差し向けた刺客じゃないのか。欲深い区国の誰かさんが東京国を手中に収めようと暗躍している。そんな疑いのある区国相手に警戒を敷くのは当然だと思うがね」ユリコ様を見て言った。



 疑心を生んだのはお前だぞ、と非難しているように笑っている。ずっと沈黙を続けていたユリコ様は、「確かに、そなたの言うように私は疑心を煽った。しかし、これを内密に処理してはそなた等の国でも同様の……、それ以上のことが起こらぬとも限らない。私は警告を促しただけだ」静かに返し、「立川市国から何を吹き込まれた?」予期せぬ市国王たちは同時に喉仏を上下させた。



「そなた等は素直で好感が持てるな。それで、何を吹き込まれたか話してみなさい」

「何の事を言っている? 立川市国とは関係の無い我々の意志によるものだ」

「そなた等の国の財力を知らぬわけがない。財政破綻をきたす雇用人数だ。区国でもそれだけの人数を纏めて抱えようとはしないよ。つまり援助を受けている、と考えるのが普通であり、市国で唯一、区国と同等の膨大な財力を持ち、市国を纏める代表を努める立川市国へと必然的に行き着く。浅い言い訳で私達を欺けると僅かでも思ったか?」



 責めるでもなく穏やかな口調と眼差しで彼等に問う。



 反論をしようという気概はあるが、人間より複雑な思考をしない、人間より優れた頭脳と知性を有している彼女に何を言っても直ぐに言い負かされると判っているから、これ以上の嘘は余計に自分たちの立場を悪化させるだけだと諦めた様子。



「確かに指示をしたのは立川市国だ。しかし理由は教えられていない。お前達は型遅れの兵器でも構わないから製造し、職のない者や密入国者を徴兵して訓練させ、区国との国境に集結させろと」

「よく話してくれたね。その勇気に私は賞賛を送ろう」



 眼を細めて愛おしい者を見るように、頑張った我が子を褒めるような優しい口調。



「案ずるな。区国はまず市国に対して侵略はしない。何があっても私達がマモルと約束しよう。だからまずは区国から向けられている疑いを晴らすよう務めてくれ」



 それでもまだ頷けずにいる彼等に、「なにか不安や不満があれば聞いてやる。俺達は同じ東京国の国民なんだからな。かならず俺達はお前達の国も守ってみせる。これはこの場に集まっている区国王全員が約束する」カスガ区国王が表情を和らげて言った。



 これに少しだけ市国王達も固まった表情に柔らかみを浮かべて、「これは国分寺市国王が言っていたことだが、立川市国王は密かに品川区国王となにやらやりとりをしているようだが、傍受されるのを懸念してか伝書鳩を飛ばしてるようなんだよ」これには区国王達も眉を寄せて顔を合わせる。



 仲の悪い区国と市国がわざわざ伝書鳩を飛ばして繋がる理由に心当たりもない様子の区国王たち。あらゆる面で立川市国と品川区国が手を結んで利点となる理由を探してみたが、ユリコ様でも思いつかないようだ。



「私の方で探りを入れてみよう」



 ユリコ様が仕方なしと率先して動くようだ。五大工国相手に及び腰にならずに対等な態度で挑めるのはこの場に置いてユリコ様以外に存在しないからだ。



 これでまた休暇が遠のいてしまった。即実行型の人だから明日にでもまた品川区国へと赴いて、彼等市国に角が立たないよう聞き出してくれる。品川区国は江東区国で東京湾の領海問題で揉めている。後援者を求めるなら地方の立川市ではなく、近隣の区国を取り込んだ方がまだ現実的だ。



 そんな時だった。



 大地震を思わせる揺れと聞いたこともない轟音が城に響いたのは。



 城内がパニックになっている。慌てふためく声が城の外からも聞こえ、座っていた椅子から滑り落ちたクゲ区国王は机にしがみつきながら周囲をキョロキョロと見渡し、カスガ区国王とババ区国王とユリコ様は窓の外を凝視し、「これは地震の揺れじゃないな。爆発音みたいな音もしたし」直ぐに大会議室の扉が叩かれ、各王の身の安全を確認しにきた杉並区兵士に何事かを問うと、現在、急ぎ調べているそうで、その後に続いて走ってきた兵士が思いもしない事を口にした。



「爆撃です! 着弾地点は……、中野区国中野駅前ロータリー。報告で受けた被害は現段階で数百人だと」

「爆撃だと!?」



 全員が兵士にその情報に誤りは無いかと問い、この報告が中野区国から送られてきたものだと返した。ユリコ様の人形のような顔はみるみる青ざめていき、私も未だに信じられない事態に困惑していた。



「帰るぞ、救助活動を行う!」



 円卓を飛び越えて駆けていったユリコ様の後を追う私に、クゲ区国王、カスガ区国王、ババ区国王に加えて五人の市国王も救助活動を手伝うと名乗り出て一緒に中野区国へと向かった。

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