第8話 東京国市国への懸念
最近のユリコ様は各処に足を運ばれている。これで一週間続けて他区国へと赴いて必要な物資のやりとりや、隣接する千葉国と埼玉国についての脅威や物資支援の準備などについての相談の他に、これからの東京国に必要な力はどのようなものかについて議論を、時間を掛けて互いの国々や東京国について言葉と忠義を尽くしていた。
流石に喉が痛くなる、なんて冗談を言って笑うユリコ様を今日は江東区国まで運転して運んでいます。二十三区国報告会では会議進行役として目立っていた紳士的な老人であり、普段から国民の不安や意見を傾聴する良君として知れ渡っている。大きな軍艦が並ぶ港近くに城を構え、神奈川国とはまた違った海を紅茶やスコーンを頂きながら堪能し、英国被れと言ってしまったら失礼に当たるけど、城内の内装も意識した美しさが際立っている。
「中野区国ではその後はどうかな?」
「何事もなく、黒幕の意図も判らぬまま平穏が不気味に続いているよ」
「不気味な平穏とは穏やかではないな。気が気でない様子だ。何か必要があれば遠慮無く頼ってくれて構わない。東京国を支える者同士だ、みなが協力しあえれば如何様にも強大な国へと成る」
「しかし実情はどうだ。各区国が腹の中では我こそが真なる王、東京連合国から東京国の一国制に改めたい輩も多いように私には見えるが?」
「新宿区国王や渋谷区国王はそういう考えが見え透いている。若さ故の野心を燃やすのは結構なことだが、東京国を害するものと判断した時は諫めてやることこそが、年長者としての責任だろう」
「敬服する立派なお考えだ。私の国は非力故に誰かを諫めるなんて大それたことも出来ない」
「報告会でなにやら開発を進めているそうだね。東京国結束の象徴と成る兵器とやらを私は期待しているんだよ」
これまでの区国王たちのようにスムーズに話は進んでいく。私はユリコ様たちから少し離れた場所のソファに座り、江東区国王の宮廷作家の男性と小声で二人の様子を眺めながら雑談の中で、江東区国王がソノムラ・コウタロウという名前を知った。
「江東区国ではどのような研究を推し進めている?」
「東京国は人ばかりが多い。もちろん、トツツキ区国王のような人造人間も。この国が真に纏まり、独り立ちするには食糧問題の解決こそ最重要だと考えている。我が江東区国は潮風が流れ込むせいで作物が思うように育ってくれなくてな。各区国でも農園や酪農といったそれぞれで問題に向き合ってくれてはいるが、市国の生産量でも足りずに国外から買い入れている現状だ」
「つまり、食糧事情に関する研究を?」
「生産する土地がないなら拡げればいい。しかし戦争は良い手段ではない。そこで私は海底都市計画を推し進めている。これはまだ誰にも話していない極秘事項だ。判ってくれるね。太陽光や風を人工でまかない、常に最適な環境で作物や家畜を育てる……、こんな計画を笑うか?」
「誰も笑えない。笑う権利もない。東京国の王達はこれこそが希望となる、あらゆる面での研究を推し進めている。ソノムラ区国王、そなたもそう信じているからこそ、難題に立ち向かっているのだ」
ソノムラ区国王は頷いた。それにしてもユリコ様は相手が歳上や目上でも一貫して変わらぬ態度。いちいち相手によって態度を変えるのは人造人間にとって無駄なこと程度に考えているのか。別にこれまでもその対応で困った事態にはなっていないようだし、彼女の中ではもしかしたら私の憶測ですけど、王である以前に生物として平等であると考えているからかもしれない。人造人間が人間以下として扱われていた背景があるからこその平等を主張し続けている……、なんて私の考え過ぎか。
「しかし、身元不明の暴漢か。気になる所ではある。トツツキ区国王の言ったように東京国は水面下で野心を燃やす者も多い。薄氷の均衡を吹き飛ばす爆弾を仕込んでいるのかもしれないな。賢い者ならば既に警戒を敷いて対策を講じている事だろう」
「江東区国も爆弾を抱えているようだが?」
「なんのことだ」
この場の空気が一瞬で不穏を装う。
「言葉通りの意味ではないよ。品川区国となにやら揉めていると聞く。おおかた海軍についてであろう」
「そのことか。地形を見て貰えば双方に引けぬ問題なのだ。東京湾に浮かぶ埋立地に海軍施設を集中して配備している。もちろん軍艦も大量に配備している。そこで品川区が埋立地の海軍施設を共同活用すべしと、しつこくてね。向こうも海軍に力を入れる国。江東区がでしゃばって気に入らないのだ」
「どうするつもりだ?」
「どうもしない。あの埋立地はまぐれもなく江東区国の領地。他国の軍を介入させるのと他国民を受け入れるのとでは話が違う。品川区国には己の領地内で運営すればいいと再三伝えているよ」
「大国には大国の悩みがあるようだ」
「共によき国を作り上げよう」
会議は終わり手土産などを頂いて江東区国を後にして杉並区国へ向かう。そこで杉並区国、練馬区国、世田谷区国を交え、抑圧されて鬱憤を溜め込んでいる市国に対しての会議が開かれるようだ。どうして市国と面していない中野区国も呼ばれたのかと言えば、しがらみや私情を挟まない率直な意見が欲しいとのこと。
「今日は大忙しですね」
私の問いに珍しく何も返さない彼女をチラリと横目で確認すると、日を気持ちよさそうに浴びながら少し開けた窓に頭を傾けてすやすやとお休みになられていました。おもわず見惚れてしまう美貌にうっかりハンドルを傾けてしまい、大きく車体が揺らいで白線を飛び出してしまった。急いでハンドルを操作して元の位置に戻ると、「どうかされましたか」内線が飛んできた。
これは言えない。ユリコ様の美貌に見とれていてハンドル操作を誤ったなんて口が裂けても言えません。「大丈夫。大丈夫です。何事もありませんし、問題ありません」流石に怪しい焦りを不審に、「そ、そうか? まあ、区国王を乗せているのだから気をつけられよ」通信終わり。
急ハンドルで車体に掛かった重力でもユリコ様は眼を醒まさず熟睡されていた。危ない、危ない。事故を起こすのも嫌だし、気持ちよく休まれている彼女を起こすのも嫌だ。それにしても本当に美の完成形とは彼女の事を指していう言葉だとつくずく思う。なんてまた意識がユリコ様に傾きつつあったのを堪えて運転に集中する。
千代田区国、新宿区国、中野区国を抜けて杉並区国の高円寺領にある城内に車を停車させ、「着きましたよ、ユリコ様」申し訳なさそうに彼女を揺らして起こす。
「ああ、眠ってしまっていたのか。すまない、カヤに運転させているというのに」
「区国王としての多忙な業務が続いていますし仕方ありませんよ。むしろ私は嬉しいです。私の運転を信頼してくれているってことですもんね」
「そうだね。でも、途中で大きく揺れたような気がしたが……」
「そ、それは気のせいです!」
「ふふ、そうか。では、そういうことにしておこう」
ああ、ユリコ様は絶対に気付いていらっしゃる様子だ。まさか見惚れていたのも実は知られていたりしていないでしょうか。べ、別に恋とかではなく誰だって美しいものには目を奪われるものですから。さあ、行きましょう。
既に練馬区国と世田谷区国の両国は到着しているようだ。区国王専用車と近辺を警護する茶色と深緑色の軍服姿が警戒を敷いている。
城内から黄緑の軍服を着た杉並区国兵士が息せき切って走ってきて、「出迎え遅れてしまい申し訳……、ありません。で、では、ご案内させていただきます」城内の応接室に通されると、四十代くらいの男性二人と、私と同い年くらいの少女が顔を付き合わせて話していた。
「トツツキ区国王、ご足労ありがとうございます。どうぞ此方にお座りください」
クゲ・フユカ杉並区国王が緊張した面持ちで椅子を促す。
三区王の背後には宮廷作家と護衛三名が立ち、ユリコ様の背後に私と親衛隊二名が並ぶ。
ようやく人数も揃い会議が始まった。区国に隣接する西東京市国、武蔵野市国、三鷹市国、調布市国、狛江市国が徴兵の働きを強めているそうだ。近隣の市国では兵器生産工場を幾つも立ち上げて日夜稼働させ、これは近いうちに区国に攻め込んでくるのではいかと三区国は懸念している。
市国に隣接する三区国は領土が広く、軍事力の面で考えればこれら五市の国が束になったところで圧倒できるだけの力を有してはいる。
しかし杉並区国王はつい最近、区国王として就任されたばかり。というのも先代が病気で亡くなり跡継ぎとして彼の娘が区国王の座に就いた。まだ未熟故に練馬区国と世田谷区国、そして中野区国の隣接する三区国が何かとアドバイスや必要であれば人を遣わせたりしていたようだ。
杉並区国王の就任の同時期から市国が軍拡を開始し。まだ未熟で政や軍もまともに動かせないうちに市国でも準備を進めておこうという算段なのだろうが、いくら人を増やそうとも旧時代の武器を大量生産しようとも、簡単に区国に阻まれてしまうのは目に見えているはず。
軍拡の懸念に対する市国達の返答は、埼玉国や神奈川国を懸念して自己防衛の為と回答してきたそうで、執拗に疑えばより区国と市国の溝は深まるだけ。かといってこのまま放置して余計な心配事を膨らませたくはない。
会議は進まず誰もが唸るばかり。その中でユリコ様は、「それらの市国王と直接顔を合わせて話せばいい。文のやりとりだけでは互いに相手の真意も見えない。此方が懸念するように向こうも同じく懸念していると考えられる」だからこそ一度合って話せと推奨する。
三区国王はどうするべきか、しかし、このままズルズルと引きずるのも良策ではないと判断。クゲ区国王が直接電話で顔合わせの場を設けてみると応接室を退室した。凄く緊張していた様子だが大丈夫だろうか、心配な面持ちでカスガ・テルヨシ練馬区国王とババ・シンイチ世田谷区国王がソワソワとしていた。
「案ずるな。ただ席を設けるだけのこと。その場に私も賛同させてもらうよ」
「それは大助かりだ。こういう言い方は良くないだろうが、人造人間のトツツキ区国王が居てくれた方が、話も纏まりやすいはずだからな」
二十分ほどの時間を空けてクゲ区国王が応接の間に姿を現した。ヘトヘトと疲労した面持ちだが、なんとか顔合わせの席を設けることが出来たようで、日付は明日の午前。場所は同じく杉並区国の城。これでまたユリコ様はゆっくりと休む暇も無くなってしまった。
「ならば後は明日に任せて今日は帰らせてもらうよ」
席を立ったユリコ様と同時にカスガ区国王とババ区国王も同じく席を立ち、遅れてクゲ区国王も慌てて見送りに正門まで出てくれた。
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