第7話 中野区国の技術力

 中野区国城の王の間にて、ユリコ様と五大将軍の一同が顔を合わせていた。私が襲われた翌日の午前十時過ぎのことである。



 急遽、私は城から呼び出され昨夜に平和の森公園での出来事をユリコ様に問われ、でも、本当に散歩をしていただけで、あの暴漢とのやりとりも恐怖でほとんど詳細には覚えていませんでした。



 今回の招集は手に数枚の資料を持ったツキモト将軍の要請だと聞き、ユリコ様と他の将軍様もまさか中野区国でのその暴漢について懸念している様子。昨夜の暴漢に対して住民登録者顔認証検索を掛けたが一致せず、彼の体内からは中野区国では取り扱っていない毒物が検出された。ツキモト将軍が各区国と市国に対して顔写真と解析した毒物の報告書を直ぐに送りつけたようだ。



「刺客だ。余計な情報を吐かぬ為に毒を持参していた。計画的な犯行だ」



 テツロウ将軍が鋭い目をより鋭利にして言う。



「カンダの言うとおりじゃ。中野区国に対して探りを入れにきた間者か、誰かさんを殺すべく送り込まれた刺客に相違なかろう」



 トキト将軍も賛同の声を上げるがそれを真っ向から首を横に振ったのがサナエ将軍とツキモト将軍だった。



「そう決めつけるな。刺客であれ間者であれ、昨夜の男は国家の政に干渉しない宮廷作家を狙った理由が判らない」

「そうよ、そうよぉ。狙うなら将軍職やユリコちゃん、もしくは政務官や軍上層部じゃないかしら」



 両者の意見を聞いていたユリコ様はまだ沈黙を決め込み、カツシロウ将軍はどっちつかずのウンウンと頭を悩ませている。私個人で言えばツキモト将軍側の意見に賛同する。私なんかを襲い、取り調べを恐れて自殺した暴漢の男はいったい何がしたかったのか、というのはこの場で明らかになりそうにはなかった。



「ツキモト将軍。他にも報告することがあるだろう?」



 ようやく口を開いたユリコ様は彼の持つ資料の残り一枚を凝視して言った。自分が何かを発言するのはその後だという意思表示をするようにまた口を閉ざした。



「まだ全ての区国市国から返事は戻ってきてはいません。ただ、返信直ぐに否定してきたのが渋谷区国です。渋谷区国の国民数から考えて認証検索さえ掛けていないのでは、と考えられます」



 その他の区国市国は渋谷区国の返事から最低でも三時間後とのこと。オウガイ渋谷区国王は何を考えて不審な最速返事をしたのか。疑われたと思い込んで何も調べずに返事だけしたようにも感じ、確かにあの区国王は自尊心も高く面倒くさがりの面も持ち合わせてはいる。しかし、少なくとも自国問題にはこれでもかという慎重に慎重を重ねた徹底管理を敷く男だったはずだ。報告会でも数少ない中野区国に警戒を示した人物でもあり、計略深さも彼が区国王として君臨し続けられる要因の一つなのは確か。そんな人物が疑いの視線を向けられるような浅はかな行為をするとは考えにくい。



「それは不審だね。服毒した人物も役割とはいえ、そうせざるを得なかった彼の背景も気になる所だ」

「強要させられていた、と言いたい訳ねぇ。人質でも取られていたのかしらん。でもそんなものは関係ないのよね、だってユリコちゃん」



 全員がユリコ様を向く。



「すごぉく、怒っていらっしゃるんだもの」



 いつものような涼しい顔をしているようにしか見えないのは、まだ私が彼女を知って日が浅いからか、この場の全員が、あのトキト将軍でさえも口を引き結んで彼女をまるで自然災害のような目で見ている。



「黒幕が誰であれ、私の領民を手に掛けようとしたその罪を教えてやらねばな」



 一度目を伏せて、次に私を見るユリコ様の目はとても申し訳なさそうで、玉座を立ち上がった彼女は私の前に膝をつき、思わず頭部を垂れた私を抱きしめて、「怖かっただろう。すまなかった。この国もまだ平和にはほど遠い。いつか必ず私達の手でより良い国に仕上げてみせる。それまで辛抱して私の傍にいてくれ」優しい彼女の声音を聞いているだけで頭がフワリとして、花のような香りは身体から余計な緊張を抜き、そっと撫でられる感触が昨夜の恐怖を払拭していくよう。



「私は……、我が王の宮廷作家です。貴女の一生を物語に記すことがきっと私が産まれてき運命なのです」

「ありがとう。ツキモト将軍から要請は受けている。カヤの警護に数人付けさせてもらうよ。監視されて何かと不便を感じるかもしれぬが、しばしの辛抱だ」

「いいえ、とんでもありません。とても心強いです」



 ユリコ様が私から離れていく。名残惜しいという気持ちさえ抱く。これは恋という感情ではなく信服の念だと理解している。



 心配させる顔ではなく喜んでもらいたい。彼女の為に自分が出来ることを何でもしたい。そう思わせてしまう不思議な魅力に惹かれ、右手を左胸に当ててもう一度頭を下げていた。



 緊急会議はその後一時間もしないうちに閉幕した。それぞれの領地に帰っていく将軍達をユリコ様と見送り、彼女に手を引かれて王の間に戻ると三人の男女が横に整列し、彼女の入室に敬礼を示した。



「私が傍に居てやれない時にカヤの身辺を守ってくれる」



 三人は年齢もばらばらで一番若くて二十代半ばくらい。一人六十代にみえる老兵もいるが、彼の背筋は一番真っ直ぐに伸びていて、微動もしない静寂さを従えている。



「中野区国王からは直々にミナモト・カヤ様の身辺警護に努める大任を仰せつかる運びとなりました、オノデラ・シゲルと申します」



 年かさの老兵が紳士的に胸に手を当ててお辞儀をした。



「同じく、カンナミ・サトシ。よろしくな、作家のお嬢ちゃん」



 人好きしそうな笑顔を向けた二十代くらいのカンナミさんが名乗ると、オノデラさんともう一人の女性が彼を睨み、「宜しくお願いします!」ハキハキと言い直して背筋を伸ばした。



「私はマキモト・ヨウコです。軍以前は要人警護職で護身術を習得しています。有事の際はこの身を呈して守り切る所存です」



 眼鏡をかけた女性は二十代とは思えないくらい締まっている身体が衣服の上からでもなんとなく伺えた。



 三人の軍人がこうして私の身辺警護に就くこととなり、出掛ける際も共に付いて回るという。女性を交えたのも男性では付き添いにくい買い物や場所といった死角無く警護するためのようで、本当に一人になれる時間は無いのかも知れないと私も諦めておく。



 昼間はユリコ様の近くで作家業をして身の心配も無いと言うことで、彼等も普段の持ち場へと戻っていった。



「頼もしい方々ですね」



 執務室で資料を眺めてサインしていくユリコ様は、「選りすぐりの三名だからね。特にオノデラは中野区国に三名しか存在しない中将だ」なんてさらっと言う。



「軍のお偉いさんですよね!? 階級とかは詳しくないですけど、上から数えた方が早いのは判りますよ!」

「そうだな。五大将軍の階級が最高位の元帥、次いで大将が二名、そしてその次に来るのが」

「中将……、ですか」



 完璧な微笑みを見せて小さく頷かれ、私の表情は完璧に引き攣っていたことでしょう。私の顔が可笑しかったそうで、ユリコ様は珍しく吹き出して笑い、つられて私も笑い出してしまう。



 本日のご予定を伺うと、都立家政領の研究所に赴くようで私も一緒に随伴することを許して頂き、書類作業が終わるまでに私も途中だった報告会の場面を書き進めていく。



 ペンが紙面を走る音しか聞こえない。集中するのに快適な環境だ。纏めたノートを捲りながら記憶の中からあの場の様子を思い返し、都度、辞書を引きながら文章を組み上げて原稿用紙に綴っていく。



 あまりに集中しすぎていて、背後から顔を覗かせて進捗具合を伺っていたユリコ様に気付かなかった私が一段落して両腕を天井に伸ばし、執務机に彼女の姿が無く慌てて部屋を見渡すと、「後ろに居るよ」背後に居るとは思ってもいなかったせいで身体が跳ね上がってしまった。



「び、ビックリしましたよぉ……」

「すまないね。あまりに集中していて気付かないようだったから、背後からカヤの物語を読ませてもらっていた。うん、なかなかに良い出来ではないか?」

「宮廷作家の仕事で後に王の印象が左右されてしまいますから、下手な作品は仕上げられません」



 クローゼットから普段お出かけ時の羽織りを身に付けたユリコ様はいつもの助手席に乗り込んだ。私も運転席で椅子とミラーを調整して、兵士たちに見送られながら都立家政へと車を出した。



「東京国で内戦が起きたらどうなりますか?」

「何処が何処と手を組んだとか、始めた切っ掛けやその後のやり方によって如何様にもなるが……、総合的なデータだけで判断するならば、広域射撃が可能な軍艦を有する江東区国と品川区国、兵力や技術力で群を抜いている新宿区国辺りか」

「中野区国はどうですか?」

「兵力はおろかまともな装備も無い原始的な戦争しかできない今の・・中野区国では、瞬く間に隣接する国に蹂躙されて終いだ」



 そう。今の中野区国の兵力は四百弱。兵装も旧時代式の小銃等が主。配備されている小型戦車でも最新鋭の戦車や軍艦の装甲なんて打ち抜けるはずもない。これまで中野区国では医療や野菜の品種改良、そしてこの間譲渡してしまった唯一の抑止力となる予定だった科学兵器のみに専念してきた。その代わりにユリコ様は新たな、誰もが想定しない兵器開発を命じてから度々こうして研究所へ出向いては意見や進捗状況を確認している。



 研究施設内は一階にフロントがあり地下四階を各研究分野毎に区分けされている。ユリコ様が発言した東京国結束の象徴となる兵器は最下層。秘密の地下五階で開発されている。



  全長三十メートル程のロケット状の代物に布が被され、数百人規模の研究技術者たちが手元の電子モニターを確認しながら意見を交し合い、細かい機材を組み込んだり外したりと検証を繰り返して忙しそうにしている。この隠された巨大な代物はついこの前まで完成に近付いていた兵器の名残のようで、それらを必要な箇所だけ分解したりしているそうだ。



「完成したらどうやって持ち出すんですか?」



 この巨大兵器を地下で作り上げても地上へ運搬する手段が見たところ無い。しかし責任者の人が誇らしく頬を持ち上げて、「あそこです!」指さした先は壁。



 ただの壁にしか見えないが、あの壁の向こう側には研究施設の広大な庭へ送り出す為の設備が整っているらしい。企業秘密とのことで技術者とユリコ様以外の立ち入りを禁じているとのこと。



「完成までどれほど掛かる?」

「造船や化学兵器技術の高い神奈川国から目を見張るような機材や部品が運び込まれたので、本来予定していた六年も大幅に短縮し、形になるまで一ヶ月といったところでしょうか」

「え、だいぶ短縮されてません!?」



 短縮というレベルの話でなく製造過程をぶっとばしたかのようだ。元からある程度、ほとんど完成間近の形までは整っていたから新案に合わせて改良すればいいし、形だけなら、と言っていたので内部の問題にこそ時間がかかるのだろうが、「形として一ヶ月、改良やシミュレーションを加えても一ヶ月半から二ヶ月ほどかと」私は目を回して額に手を当てた。



 つまりこれは他国が造れば、これほどの危険兵器をもっと早く完成してしまうのかとゾッとしたけどそうでもなくて、責任者が訂正の断りを入れ、「実はですね。私達地下五階の研究者は極秘の人材なのですよ」人差し指を口元に立てて言った。



「こんな大それた兵器は新宿区といえど何十年……、いや、百年単位でもどうだかな。この者達は頭脳を機械化させた恩恵として、コンピューター速度で計算、組み上げ、実証を複数同時に行い、手元のタブレットで情報を共有し合っている。実際は中野区国こそが科学技術力で追随を許さぬほどに群を抜いているのだ」

「脳を機械化させる技術は海外が特許を取得していますよね。それに詳しくはないですけど、それってとても難しい医療技術……あっ!」



 これにはユリコ様もニッコリ。



 この続きは責任者が説明したいと挙手をした。



「そう。中野区国は医療技術にかなり昔から力を注いできた国なのです。人間の仕組や電気信号の仕組みさえ判ってしまえば、後は内密に海外とコネクトを取って機械化技術を提供してもらえばいいだけです」

「日本国は海外と断交しているはず……。陸地の、それも周囲を国に囲まれている中野区国が海外となんて」

「はたしてそうでしょうか。よく考えて見てください。中野区国がどこの国と親しくしているかを」



 何処の国と親しくしているか。それは東京国と隣接している神奈川国だけど……、そういうことですか。海外とのありとあらゆる電子コネクトは遮断されていてる。ならば内密に船を出せば良い。しかしただの船では国内のレーダーに捕捉されてしまう可能性がある。そこで神奈川国が海域偵察という名目で日本海域ギリギリまで軍艦を出し、そこから海外と内密で取り決めてある小型船で渡ったと考えれば筋は通る。



「判ったようだね」

「はい、判りました。でも……、なかなかに危険と隣り合わせですよね」

「危険が一つ二つ増えたところで大した違いもない」

「これで戦争をするのですね」

「しかけてくるようであれば抑止力として使わざるを得ない。多くの死者を出すのは明白だ。それでも中野区国に群がるようであれば、徹底的に破壊を尽くし、私が東京国を再興させる」



 できればこの兵器が一生この地下で眠っていてくれることを私は望んでいるし、ユリコ様や技術者の人達もそれを望んでいるはずだ。

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