達也の部活動見学

※以前の冬コミ用にゆうが書いた小説を、大まかな展開は同一とした上で自身が書いてみたものとなります



 11月17日 日曜日 晴れ 広瀬達也

『きのう、ぼくは京子おねえちゃん、響也おにいちゃんと一緒に、キャンプに行きました。』

『響也おにいちゃんが「そうだ京子、一緒に星でも見に行こう。達也もさそってな」と声をかけてくれました。そして夜、ぼくは流星ぐんを見ました。』

『空から星がふってくるなんて、とてもびっくりしました。うちゅうにいるうちゅう人が星を落としているのかなぁと思いました。』

『ちょっと寒くて、何度か蚊にさされたけど、楽しかったです。』



「はい、広瀬くん。この前の絵日記、返すわね」

 担任の先生から、1冊のノートを受け取るぼく。

「お姉さんとそのお友達と、一緒にキャンプに行って星空を眺めたのね。先生、そういうのとっても素敵だと思うわ」

「うん、ぼくも星が好きになれたよ」

「……ところでなんだけど、ええと、この絵は広瀬くんが描いたんじゃない……わよね?」

 先生の指先には、ピカ何とかっていう、ポケモンみたいな名前の人が描いたような絵があった。

「うんと、これは京子おねえちゃんが楽しそうに描いてくれたの!」

「ダメよ、こういうのは自分で描かないと。絵も文も自分で描いてからこその、絵日記なんですから」

「はーい」

 返ってきた絵日記を手に、自分の席に戻る。

「ああ、この前のキャンプ楽しかったなぁ……」

 先生がぼくの後の人の名前を順々に呼んでいくのを聞き流しながら、数日前の出来事を思い返す。

「星空って思ってたよりもずっとずっときれいだったし、もしかするとUFOとかも見つけられちゃったり……」

「……柳岡やなおかくん、サッカー頑張ったのね。2回もシュートしちゃうなんて、先生も見たかったわぁ。……さ、これで全員ね」

 全員分の絵日記を返し終えた先生が、手を叩いた。

「これで帰りの会は終わり。気を付けて帰りなさいね……と言いたいところだけど」

 そこでぼくは首を捻った。

「あら、広瀬くん忘れちゃったかしら? 今日の放課後は、近くの中学校からお兄さんお姉さんが来てくれて、部活動の紹介をしてくれるの。部活動っていうのはね、中学生になったら学校内で主に放課後に行う事になる活動の事でね、」

「へぇ……!」

 先生の説明を、目をキラキラさせながら聞く。

「野球が好きなら野球部、本が好きなら文芸部、音楽が好きなら吹奏楽部っていうのはどうかしら。……星空が好きなら、天文部っていうのがあるの」

 どこにも所属しない帰宅部は人間のクズとか先生が言っていたような気がするけど、もうぼくの耳には入っていなかった。

 どこに入ろうかなとワクワクしながら考え始めるぼくは、教室を出ていくみんなに慌てて付いていった。



 体育館に全校生徒が集まって、ワイワイガヤガヤ。

 そんな中、何人ものお兄さん、お姉さんたちが壇上に上がってきた。

 まずは野球選手の格好をして、バットとボールを手にしたお兄さんがマイクで説明を始めた。

 お父さんがよくテレビで見ている、プロ野球選手の見習いのようなものらしかった。

 運動が得意な小林くんが、目をキラキラさせていた。

 その次は、サッカーボールを手にしたお兄さん。軽く蹴り上げたそれを、床に落とさないように膝や頭を使って上手に浮かし続ける。

 リフティングっていうんだって。みんなから、大きな驚きの声が上がった。

 そして、大きなピカピカの楽器を抱えたお姉さん。吹奏楽部ってところらしい。

 それから……。

「うーん……」

 みんなが真剣に話を聞く中、ぼくは首をかしげていた。

 どれも面白そうではあるんだけど、なんだかちょっと違う気がした。

 やっぱりぼくに合っているのは……。

 そんなことを考えていると、最後に望遠鏡をかついだお姉さんがやってきた。

「あー、重い。最近夜食が増えてデブり始めた姉と同じくらい重いです。なんで私がこんな事をしなければいけないのでしょうか。帰ってもいいですか」

 その言葉で、みんなが一気に静かになった。

「あー、ダルい。マジダルビッシュです」

 お姉さんは望遠鏡を担いだまま、やる気がなさそうにマイクを握った。

「えー、星月欠片と申します。中学3年生で、天文部の部長をしています。この部はあまり面白くないのでお勧めしません。夏は虫に刺されますし。正直星とか全部同じなので。以上です。ご清聴ありがとうございました」

 ペコリとお辞儀をしてから、そそくさと去っていくお姉さん。

 あっけに取られてポカンと口を開けているみんなの中で、ぼくは目をキラキラさせていた。



 去っていった欠片お姉さんを追いかけて校舎の廊下に入った辺りで、相手は見つかった。

「……何ですか。本日の営業は終わりましたよ」

 ちょうど帰る準備を始めようとしていたらしい欠片お姉さんの前に、ぼくは飛び出した。

「あの、ぼく、天文部をきぼうします」

「そうですか。それで?」

「天文部、体験してみたいです!」

「……念のためお聞きしますが、あのプレゼンのどこに興味を持ったと? それとも若くしてお可哀そうに正気を失っているクチですか?」

「ちょっと前に、ぼくのおねえちゃんとおにいちゃんと一緒に、プラネタリウムを見て。それで、星って面白いなって思いました! ぼく、星が好きです!」

「……ああ、嫌ですね話を聞かない人種」

 欠片お姉さんは、困ったようにため息をついた。

「あれ……。ぼく、何がわるい事をしましたか?」

「ええ、とても」

「……ごめんなさい」

「いえいえ。これに懲りたら、部長にやる気がない怪しげな部活には近づかない事ですね」

「……」

 肩を落とし、とぼとぼとその場を後にする。

 すると後ろで、欠片お姉さんのため息が聞こえた。

「……。触るだけですよ」

「……え?」

「面倒なので私は一切レクチャーをする気はありませんが、触るだけなら許可する。そう言ったのです」

「……本当!?」

「ええ。ただし壊したらマジ切れしますので。高値で売れなくなってしまいますから」

 ぼくは嬉しくなって、欠片お姉さんに抱き付きたかった。

 やっぱり、京子おねえちゃんみたいに優しい人だ。

「ねえ、欠片お姉さん」

「その呼び方はやめてください。背筋がゾワゾワします。欠片様とか例のあの人とか名前を呼んではいけないあの人とか、そういう呼称なら許可してやっても……」

「欠片お姉さんは、ぼくのおねえちゃんに似ているって思いました。だから、おねえちゃんって呼んでいいですか?」

「……寝言は寝てからにしてください、私はガキくさい年下は大っ嫌いですので」

「うん、わかったよおねえちゃん」

「……。やっぱり先ほどの話は無しで……」

 最後の言葉は聞こえずに、ぼくはそばに置いてあった望遠鏡に駆け寄った。

 冷たくて硬い表面を、ペタペタと触る。

「これを使えば、星が見えるのかな?」

「ええ。でも今は昼間ですし無理ですね」

「じゃ、じゃあ夜まで待てば……!」

「私をあと数時間拘束するつもりですか。それにそもそもセッティングが面倒なので嫌ですね。諦めが肝心ですよ」

「……ひっく、ぐすっ」

「……」



 近くの視聴覚教室に入った欠片おねえちゃんが、何故か舌打ち交じりに暗幕を下ろしていくのをワクワクしながら見つめるぼく。

「一応持ってきておいて正解でした」

 それから、取り出した丸い機械をテーブルの上に置いた。

「家庭用プラネタリウム……要するに、部屋の中に星空を映し出す装置ですね。中古の安物ですが」

 おねえちゃんのその言葉通り、真っ暗な部屋の中には、満天の星空が広がっていた。

「わぁ……!」

「どうです、満足しましたか?」

 キラキラした星が、百、千、いやもっともっと。

「うん! やっぱり星っておもしろいって思いました!」

「そうですか。それは良かった。ではそろそろ……」

「ねぇ、あの星の名前は?」

「北の空に、ひときわ高く輝く星ですか。当然北極……。……いえ」

 おねえちゃんはどこか考え込むと、息を吐いた。

「あれは私の母星のマネー星です」

「マネー星!?」

「はい。言っていませんでしたが、私は実は宇宙人なのです」

「えっ!?」

「ええ、秘密ですよ」

「そんな……地球をしんりゃくしに来たの!?」

「声が大きいですよ。そしてそうではありません」

 おねえちゃんが、どこかニヤリと笑った気がした。

「いいですか。マネー星では眼帯を付ける事が習わしでして。あと実はマネー星人は分裂する事も出来ます」

 ふと携帯電話を取り出して、とある写真を表示させたおねえちゃん。

 おねえちゃんそっくりな人が、モッチャモッチャとおまんじゅうを頬張っていた。

「これは私の分裂個体ですね。地球上の概念で言えば、双子の方が近いでしょうか。最近デブり始めて、私より5キロほど重いですが」

「すごい! おねえちゃんとそっくりな人が写ってる! しかも目に包帯がある!」

「ええ。眼帯と言いまして、付けるのがマネー星の慣習なのです。異文化交流も大事ですよ」

 物知りな欠片おねえちゃんに、ぼくは目を輝かせる。

「マネー星人は地球人と似ていますが、違う部分もあります。例えばですね……」

 言いつつ、頭の上のアホ毛を指さした。

「マネー星人はこれを回転させて飛ぶことも出来ます。青ダヌキが居候先の家の窓から飛び立つ時によく使う、アレみたいなヤツですね」

 言ってる事はよく分からなかったけど、とにかくすごいことだけは分かった。

「ですが……実は今、マネー星は滅亡の危機に瀕しています」

「え……っ。どっ、どうすれば……?」

「地球上のお金に該当するものが、マネー星では大変貴重な資源なのです。私はそれを探しに、地球上に降り立ちました」

「うっ、うん」

「そして地球上の言語で『財布』とか『ATM』とかいうのは、マネー星の言語で『救世主』を表すものでして。つまり私は財布を探しているわけですね」

「もし将来あなたが将来お金を稼げるようになりましたら、マネー星を救ってはもらえないでしょうか?」

「うん。ぼく頑張って、いつかおねえちゃんの財布になるよ!」

「よろしい。その言葉、忘れてはいけませんよ」

 そう言うと欠片おねえちゃんは満足そうに鼻を鳴らし、手元の『言質』と書かれたメモに何かを書き込んだ。漢字の意味は分からなかったけど、きっと大事なことなんだろう。

「さて私はこれで。この重い道具類を担いで隣街まで、もといマネー星へ帰らなければなりませんので」

「マネー星って、遠いのかな?」

「電車で10分、もとい光の速度で飛ぶロケットで数百年かかりますね」

「ぐすっ……また……会えるかな?」

「ええ。きっといつか」

 折りたたんだプラネタリウムなどをまとめてよっこらせと担いだ欠片おねえちゃんは、涙ぐむぼくを振り返らずにスタスタと歩き出した。

 でも、ぼくには分かるんだ。きっと欠片おねえちゃんも、寂しいんだ。

 泣く姿をぼくに見られないようにしているんだって、すぐに分かったんだ。

「またねー! 欠片おねえちゃーん!」

「……はー、頭がふわっふわなガキンチョに絡まれてダルビッシュ極でした。帰ったら夕飯の準備を……」

「ぼく、今日の事はぜったいに忘れないよー!」

「……いえ、今週の当番は確か姉でしたっけ。食欲に任せて定価で総菜を買いこまないように監視しておきませんと。全く、半額セールという概念を知っているんですかねあの愚姉は。それとも知っていて毎回食欲に負けているのか」

 ぶつぶつとつぶやくおねえちゃんの声はよく聞こえなかったけれど、きっとお別れの言葉を小さく口にしているように思えた。

 そんなマネー星のおねえちゃんとお友達になれたことで、ぼくは一歩大人になれた気がしたんだ。



「今日ね、うちゅう人に会ったんだ!」

 ドライヤーでお風呂上がりの髪を乾かしてもらいながら、京子おねえちゃんにそう話すぼく。

「ふふっ、お茶目な達也。どんな宇宙人だったの?」

「髪の毛で空を飛べて、ぶんれつできるんだって! それで、そのうちゅう人のおねえちゃんのこきょうのマネー星を救うために、ぼくはお金をいっぱいかせぐんだ!」

 マネー星、の辺りからドライヤーのブォォォ! という大きい音でぼくの声はかき消された。

「それにしてもちょっと威力が強いですね、このヘアードライヤー。響也がどこかで買ってきたものみたいですが……」

 京子おねえちゃんが『パワーミナマックス』と書かれたドライヤー片手に首をかしげていたけど、ぼくはそんなことは気にせずに今日の出会いを思い返していた。

「大きくなったら、うちゅう飛行士になるのもいいなぁ」

 いつかマネー星に行くことを夢見ながら、その夜ぼくはお布団に入った。



 夢の中でぼくは京子おねえちゃんと響也おにいちゃんを連れて、ロケットでマネー星に行ったんだ。

 そこでは頭の毛を回転させている笑顔の欠片おねえちゃんが、涙を流して再会を喜んでくれた。



 そしてその数日後、京子おねえちゃんと一緒に出かけた隣町で、パフェを食べている本物の欠片おねえちゃんを見かけたのはまた別のお話。

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ミステリイーター! 短編集 薄山月音 @kounokiya_ukyou

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