初めてのデート
「おはよ!瞬君。」
「なんで瞬君なんだよ。名字でいいよ。」
事件があった日から三日。告白されてからは二日。休日の土曜日に僕は彼女とカフェに来ていた。何故かはもちろん、彼女に呼び出されたからだ。
「せっかくできた彼女に名前呼びもさせてくれないなんて。絶対瞬君彼女いない歴=年齢でしょ!」
なんでわかるんだよ!くそ!悔しいが返す言葉が見つからない。
「とまあそれは一旦置いといて。」
と彼女は言う。置くな。傷つくわ。
「改めて私の願いを発表したいと思います!」
ぱんぱかーんと謎の擬音を発しながら彼女は言う。
「よし。なんだ。万引きか。強盗か。ピンポンダッシュか。」
僕がふざけて言うと、
「いやー、なんていうかねー、はは。」
といつもなら必ず乗ってくるはずのおふざけに乗ってこない。何故か顔赤くなってるし。
「えっ…とね…。あの…。自分でいうの恥ずかしいなあ…。」
となかなか言わない。僕がやきもきしていると彼女は意を決して口を開いた。
「私、絵を描いているんだけど、私を描きたいなって。」
「うん?」
意味が分からない。僕が怪訝な顔をしていると、
「あはは…。やっぱりそうなるよね…。いやあのね?自画像とかじゃなくて、景色の中に私が入ってる絵を描きたいの。そのためには私が景色と一緒に映ってる写真が必要で、君はカメラが好きだから…。」
などなど、長々な説明をしていただいた。
要約すると、彼女は自分の絵を描きたい。でも彼女は自分が入っている絵を想像することができない。じゃあ写真を撮ってもらってそれを絵にすればいいのか!
と考えたらしい。
頭がいいというか、悪いというか…。
「とりあえず君の言いたいことは分かった。でも、絵を描く人は想像しずらいものでも描けるような練習をしているもんなんじゃないの?」
と聞くと彼女は、
「わかってるよ!でも描けないの…。自分をイメージして描くと急に手が止まるっていうか…。とにかく描けないものは描けないの。」
と最後は吐き捨てるかのように言った。
「で、これが私のお願い。もちろん聞いてくれるよね?」
「はあ。」
僕は正直、今日は何を言われても無理やり断って帰ろうかと思っていた。無論今も。でも彼女の無邪気さと、有無を言わせない元気さからつい、
「いいよ。」と口を開いていた。
「よしじゃあ来週からもお願いね!瞬君!」
彼女は餌を目の前にした犬のように目を輝かせてうれしそうにしていた。今までカメラマンが見つからなかったからなのか、原因は知らないけれど。
「ぶんぶん振り回してるしっぽが見えるよ。」
と彼女に言うと、
「ふふーん。瞬君もまんざらじゃないくせに~。」
と返された。…まんざらじゃない…か。実はうれしいのかもしれないな。
僕が恋愛に対してこんなに消極的になっている訳は、父と母のことがあったからだ。
今、僕は母と二人暮らしをしている。昔は父と母との三人家族だった。僕たち家族は周りから見ると仲が良かった家族だったんだと思う。実際に近所の人からはよく、こんなに楽しそうな家族でいいわね~なんて言われていた。でも違った。父はいわゆる亭主関白で、自分の気に食わないことがあると、自分の妻や子供であろうと気にすることなく手をあげた。母はそのことが原因で鬱になり、今でこそよくなったが、何度自殺しようとしたのを止めたのかわからない。そんな母を目の前にしてなお手を上げようとする父親を見たとき、自分の中で何かが切れ、気づくと父親のことを殴り、吹っ飛ばしたのを覚えている。
それが原因で父と母は離婚。原因は父親によるDVとなったため親権は母親に。父親は警察の取り調べを受けることになった。母とはそれから別の場所に引っ越し二人で生活をしている。父親に関しては取り調べを受けた、というところまでしか知らず、今はもう生きているのかさえ分からない。こういう経験があって、恋愛や恋、愛などというものには不信感を持つようになってしまった。実際に彼女だって願いを聞かなければならないから返事はちゃんとしているけども…などと考えていたら、
「…おーい…おー--い。聞いてる?」
と彼女が覗き込んでくる。
「聞いてるならいいけど!じゃあ月曜の放課後教室で!またね!」
彼女はもう話すことはないと思ったらしく、次合う日だけ伝えてダッシュで帰ってしまった。
呼び出しておいて先に帰るんかい。
月曜か…。……え?教室?で撮るの?
彼女の描きたい絵は一体どんなものなんだろうか。
そんなことを考えながら店を出ようとしたとき、あることに気づいた。
「あ…、コーヒー代もらってない。」
食い逃げしやがった。次あったらしばこう。
この恋が終わるまで @mata_aimasyou
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