第3話
コウキとカエデがセンターに来てから一ヶ月が経った。
担当している講師達からの報告書に目を通しながら、わたしはため息をつく。
元々、ニホン人は基礎教育が行き届いている為、四則演算などは省略できる。
読み書きに関しても、フォーティンの基礎言語は五母音九子音と共通点がある為、比較的習得が容易に感じられるのだという。
リーシャ王国独自のエイル文字も、ニホン人にとってはカン字という概念があって、理解が容易なのだという。
だから、講師達がニホン人に施す教育は、この世界や国独自の常識や歴史、法律、そして魔道などが主になる。
カエデは気弱な性格が祟っているのか、決して秀でているという成績ではないものの、この国に馴染もうという努力は伺える。
商売と魔道器に興味があるのか、その分野に熱心に学んでいるようだ。
一方、問題なのがコウキだ。
「アレだけやられて、折れないなんて、それはそれで才能よね……」
そう、彼の主人公願望症候群――彼の転生者の事件以降、ニホン人特有の精神疾患として、そう名付けられている――は、治っていなかった。
――今はまだ覚醒していないだけ……などと、意味不明な供述をしており……
貨幣価値に関しては、なんとか理解させられたそうだが、文字や法、歴史などの講義はサボりがちなのだという。
――勇者にそんなものは必要ない。
というのが、彼の言い分だそうで。
勇者だからこそ、文字や作法は必要になるというのに。
なにせ勇者は国家公務員だ。
時には外交の場にすら立たなければならないから、試験には法や作法の設問もあるほど。
コウキはその辺りが理解できていないらしい。
強ければ、それで勇者になれると思っているようね。
なら、戦闘系の講義は熱心なのかというと、そんな事もなく。
――経験値稼ぎをさせてくれれば、すぐにレベルアップできる!
そう言い張っているそうだ。
挙げ句にわたしの事は、
経験値という概念は、ニホン人から聞いて知っている。
要するに魔物や魔獣を倒せば、それだけで強くなれるという発想。
「……そんなもので強くなれるなら、騎士なんて必要ないでしょうに……」
森や山が近い村々では、百姓だって日常的に魔獣を狩っている。
それでも彼らは、訓練を重ねた騎士には敵わない。
強くなるには、訓練以外の近道など決してないのよ。
わたしは講師達の報告書を机に置いて、お茶を口に運ぶ。
「……荒療治が必要かしらねぇ」
一日の講義の終わり、わたしは連絡事項の言い渡しや、ふたりからの相談を受ける為の時間を設けている。
「――と、いうわけで、コウキの野外訓練を行うわ」
講義室の教壇に立って、わたしはコウキに告げた。
「――俺だけ? 差別かよ!」
さっそくイキるコウキに、わたしはさすがに慣れてきていて、鼻で笑って受け流す。
「騎士やその先にある勇者は、魔獣や魔物を相手にするのよ?
標的を探し出す為、山中で寝泊まりする技能は必須なの。
本格的なものは騎士団で教わるのだけれど、ニホン人は野宿すらした事がない人が多いから、センターでは事前に教えているの」
ニホンと違い、この世界では隣村に行くのにも野宿する必要がある。
いわばこの世界で生きていく以上、どうしても必要になる技術だ。
だから、親は子供に野宿の方法も教えるのだけれど、異世界からやって来るニホン人は、火起こしすらまともにできなかったりするのよね。
一応、野宿の方法自体は、ふたりは講義で教わっているはずだけど、今回はその実地訓練というわけね。
「……あの、ティアさん。
あたしも一緒に行って良いですか?」
この一ヶ月で多少、心をゆるしてくれたのか、カエデはわたしをティアと愛称で呼ぶようになっていた。
「カエデは街で暮らす予定でしょう?」
「その予定ですけど、できる事の幅はあって損はないかなって……」
元々はコウキの為の計画だったけれど、前向きになっているカエデの意思を潰すのはもったいないわね。
「良いわ。じゃあふたりで参加してもらう事にしましょう。
必要な物はニナに用意してもらってるから、夕食後、受け取っておくこと」
ニナというのは今年配属された、わたしの後輩だ。
「明日の朝は、講義室じゃなく訓練場に集合ね」
そうしてその日は解散として。
――翌日。
ふたりがちゃんと揃っているのを確認して、わたしは出発の用意をする。
「今回はちょっと遠出をするから、足を呼んであるの」
「――足?」
ふたり揃って首を傾げる。
「……ちょうど来たわね」
そうしてわたしが指さす先には、二〇メートルほどの大きさの巨大な影。
「な、なな――」
コウキが仰け反って驚きの声をあげ、カエデも不安そうに顔を青ざめさせている。
亀のような蒼碧の鱗に覆われた平たい胴に、短い四肢。伸ばした首だけでも五メートルほどある。そして、その背には虹色の文様を持った黒色の皮翼。
「リーシャ王国が飼っている、竜属――風竜のシルフィーちゃんよ」
わたしがそう説明している間にも、シルフィーちゃんはゆっくりと降下してきて、広げていた皮翼を背に折りたたみ、金属を打ったような声で高く鳴いた。
「よく来てくれたわね」
わたしがその首筋を撫でると、シルフィーちゃんは黄金色のつぶらな瞳を細めて、嬉しそうに喉を鳴らす。
金属を連続で鳴らしたような音が、耳に心地良い。
「――ド、ドラゴン!?」
驚くふたりに、わたしは苦笑し、シルフィーちゃんは可愛らしく首をさげてお辞儀してみせた。
「六歳の女の子だから、優しくしてあげてね」
異世界ガイド ~ニホン人のみなさん、異世界へようこそ~ 前森コウセイ @fuji_aki1010
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