後編


 今度こそ逃げようと、雪兎はもう一度ジタバタと暴れ、光の腕からすり抜けた。

 必死に走り、逃げ出そうとする。

 しかし————


「ん? なにこれ? 妖怪?」


 すぐ目の前にいた、光とそっくりな顔をした髪の長い少女の脚にぶつかってしまう。


(そっくり!! ま、まさか……)


「美桜ねぇちゃん!! ウサギさん捕まえて!!」

「え?」


(ああ、やばい。このお嬢さん、只者ではないオーラが————!! やばい、やばい、やばいです!!!)


 美桜は光のいうとおり雪兎を捕まえようと手を伸ばした。



 *



 それからが大変でした。

 あの美桜とかいうお嬢さんの手に触れないように、必死に逃げ回ったんです。

 だって、触られただけで消えちゃうんですよ!?

 本当に、もうなんと言いますか、神々しいオーラを放っておりまして……あれはきっと、本当にそういう力を持った人間です。

 いや、人間だったのかどうかも怪しいのですけどね。


 そして、一緒にいたあのイケメン。

 あのイケメン、僕の姿は全く見えていないのですが、目立つんですよ。

 だからいつの間にか人だかりができていて、何事かと思って様子を見に来た雪乃様と目があったんです。


 雪乃様ったら、僕が必死に逃げ回っていたのに、のん気にかき氷————それも僕が大好きなイチゴ味のかき氷食べてたんです。

 たぶん、僕がいなくなったことなんて、全く気づいていません。

 とっても腹が立ったのですが、消されるのが怖かったのですぐに雪乃様の肩に飛び乗りました。


「雪乃様! 今すぐお逃げください!! 大変なのです!! あの女、祓い屋よりもタチが悪いです!! 消されてしまいます!!」

「待ってよ! ウサギさん!!」


 少年はこちらへ向かって来ました。

 なんてしつこい……!!


「おねぇちゃん、そのウサギさん、おねぇちゃんの?」

「え、ええ、そうよ」


 雪乃様は僕の姿が見えている少年に驚きつつも、膝を曲げて彼と視線の高さを合わせました。


「じゃぁ、ウサギさんも迷子じゃなくなったんだね」

「……迷子?」


 雪乃様は僕の方を見て、驚いていました。

 ここでやっと僕がいなくなっていたことに気づいたようです。


「ウサギさん、ありがとう。一緒にいてくれて……」


 少年は雪乃様の肩の上で震えていた僕を撫でました。

 その様子を、あのとんでもないオーラのお嬢さんとイケメンが見守っていました。


「ど……どういたしまして」


 きっと少年は僕が飼い主とはぐれたと思っていたのでしょう。


「ばいばーい!」


 あのイケメンが少年を抱きかかえて、三人で去って行きました。

 あのお嬢さんは去り際に僕に会釈をして……

 なんとか命拾いをしましたが、とてもいい人間のようだったのでちょっと悪いことをしたような気がしました。

 まぁ、消されたら終わりなんですけどね。


「すみません」

「……は、はい?」


 彼らが去った後、今度は燕尾服の謎の男に雪乃様は声をかけられました。


「————光様を見つけていただき、ありがとうございました。ほんの少しで申し訳ないのですが、お受け取りください」

「はい?」


 謎の男は雪乃様に封筒を渡して去って行きました。

 封筒の中には札束が……


「な、なにこれ……え!?」


 なんと気前のいい人間でしょう。

 雪乃様は戸惑っていましたが、僕のおかげで儲かったと言って、この後たくさん屋台でイチゴ味のかき氷を買ってくれました。


「ゆきのん、このお金どうしたの?」

「お礼にもらったの。レンレン何か食べたいものある? 食べ放題よ!」

「そうだなぁ……じゃぁ、ゆきのんかな」

「きゃっ! ちょっとやだ、もう!! レンレンったら! まだお昼だよぉ」

「冗談だよ。もう、可愛いなぁゆきのんは」

「レンレンだって……」


 ああ、またイチャイチャが始まった。

 このバカップルの監視をするのは、本当に大変です。

 夏の暑さより、よっぽど熱い。

 せっかく買ってもらったかき氷が、一瞬で溶けてしまいそうです。

 まったくもう……



 — END —

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪兎のとある夏の日 星来 香文子 @eru_melon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ