雪兎のとある夏の日

星来 香文子

前編


 僕は雪兎ゆきとという妖怪です。

 その名前の通り、雪のように白くて可愛らしいウサギの姿をした妖怪なのです。

 僕は去年から、あるじである雪女の雪子ゆきこ様の命令で雪子様と人間の間に生まれた娘————つまりは、半妖の雪女である雪乃ゆきの様の監視役をしております。

 雪乃様は雪子様似て容姿も美しく、学校の成績も優秀なのですが、ちょっと彼氏の事が好きすぎて、色々とやらかしてしまいがちなのです。

 なので、雪乃様が暴走しないように、僕は雪乃様のおそばにいなければなりません。

 ですが、僕はやらかしてしまいました。


 雪乃様とはぐれてしまったのです。

 というか、正確には————


「ウサギさんだぁ」


 ————僕の姿が見える少年に、捕まってしまいました。



 *



(なぜ……こんなことに……)


 本州から北海道へ遊びにきた少年・ひかるはまだ幼稚園児である。

 そして、この光は妖怪や幽霊などあやかしが見える子供だった。

 雪兎は夏祭りに来た雪乃とれんがいつも通り昼間からイチャイチャしながら歩いているのを呆れながら監視し、後方にいたのだが、急に後ろから体を掴まれたのだ。


「ウサギさんだぁ……かわいい」


 そして、抱き上げられて、撫でられている。

 雪兎の姿はウサギとさほど変わりがない。

 光は夏祭りの会場にウサギが歩いていると思い、珍しくて捕まえたのだ。

 まさかそれが、とてもおしゃべりで世話焼きの妖怪だなんて思いもしない。


「あっ! ちょっとそこはダメ……っ!」

「わ、しゃべった!」


 黙っていれば良いものを、雪兎は光のもふもふ攻撃につい声が出てしまった。

 光はキラキラと瞳を輝かせて尋ねる。


「ねぇ、ウサギさん、美桜みおねぇちゃんどこにいるか知ってる?」

「み、ミオねぇちゃん??」


 光は保護者として一緒に来ていた従姉いとことはぐれてしまっている状態だった。

 ウサギを捕まえてる場合ではない。


「うん、伊織いおりにぃちゃんでもいいよ」

「いや、そのミオねぇちゃんもイオリおにぃちゃんも知りません…………というか、もしかしなくても君は迷子ですね?」

「うん、はぐれちゃった」


 夏祭りには多くの人が来ている。

 昼間であるが観光客も地元住民も大勢きていて、屋台には沢山人が並んでいた。


「それなら、臨時交番にでも……」

「なーに? それ」


 光は首を傾げている。

 会場の入り口近くに、警察官がいる場所があるのだ。

 落とし物や迷子の子供など見つけたらそこへ行くといい。

 おそらく、光の保護者もそこに届け出ているはずだと雪兎は思ったが、光が場所をわかっているはずもなく……


「仕方がないですねぇ、僕が案内しますから、とりあえずこの手を離してくれませんか?」

「えー!? 嫌だよ、離したらまたはぐれちゃうじゃん」

「むむ、それもそうか」


 こう人が多いのであれば、確かに案内しているうちに光は雪兎を見失ってしまうだろう。

 雪兎は考えた。


「では、僕の顔が前になるように抱いてください。口で説明しますから」

「うん、わかった」

「まずは、まっすぐ進んでください」


 こうして、雪兎と光の交番までの短い冒険が始まる。


「ついでに、そのお姉さんとお兄さんも探しましょう。どんなお顔をしてるとか、何か特徴はありますか?」

「うーん、美桜ねぇちゃんはみんなより背が低くて髪がすごく長いの。僕に顔がそっくりだよ」


 雪兎は顔をひねって光の顔をチラリと見る。


(ふむ、なんというか、日本人形————髪が伸びる日本人形のような顔ですね)


「伊織にぃちゃんは、すっごく背が高くて、すっごいイケメンなの」

「イケメン!?」

「うん、でもすごくお化けが苦手でね、よく美桜ねぇちゃんにくっついてる」

「それはそれは、男なのに情けないですね」

「でも仕方がないんだ……美桜ねぇちゃんはすごいから」

「すごい……?」

「うん、だって美桜ねぇちゃん、触っただけでお化けも妖怪も浄化して消しちゃうんだもん……」


 雪兎は光を二度見した。


(い、今なんて……? 妖怪も、なんだって!?)


「妖怪を……浄化?」

「うん、美桜ねぇちゃんは触っただけでお化けも妖怪も呪いもぜーんぶ消しちゃうんだよ!」


(それは————まずい!!)


 雪兎は妖怪だ。

 光の話が本当なら、絶対にその美桜ねぇちゃんとやらには会いたくない。

 消されてしまっては大変だ。

 幼稚園児の光がこれほど見えているなら、あり得ない話ではない。


(このままでは、雪乃様と合流する前に僕は消されてしまう!!)


「うわっ! ちょっと、どうしたの!?」


 急にジタバタと暴れ出した雪兎を、光は離すまいと腕に力を込める。

 雪兎は今すぐ抜け出したいのに、光は絶対に放してくれなかった。


「離せ!! 離せぇぇぇぇ!!」


 それどころか————


「あ! いた!!」


 こちらに向かって、イケメンが歩いて来る。


(な、なんだ!? なんだこの顔がいい男は!?)


「伊織にぃちゃん!!」


 光が言っていた通り、背の高いイケメンがこちらに向かって歩いて来る。


「やっと見つけた! ダメじゃ無いか、一人でいなくなったら」

「ごめんなさい。ウサギさんがいたから、捕まえようと思って」

「————ウサギさん?」

「うん、ほら、可愛いウサギさん。喋るんだよ?」

「え……?」


 光は雪兎をしゃがんだ伊織の顔の前に持っていったが、伊織には全く見えていなかった。


「いや……俺には見えないぞ? 光、もしかしてそれ、幽霊じゃないのか!?」

「え? ウサギさん、幽霊なの?」

「ゆ、幽霊じゃなくて妖怪です……」

「あ、妖怪だって。じゃぁ、伊織にぃちゃんには見えないね。こんなに白くて可愛いのに残念」

「————可愛いって……妖怪なんだろう? 大丈夫なのか? 美桜に見てもらた方が……」

「やめてください!! それだけはどうかご勘弁を!!」


(消される!! 消される!! これ絶対消される!!)


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