scene 19 : Can we be friends?

 昨日の夕方に見たような死体がそこにあった。昨日より状態が悪い。顎の付け根から後頭部まで、大口径の穴が空いている。中身はすでに流れ出している。男の回りは血の海だった。彼は笑っていた。まるで最後に良いものを見たとでも言いたげに、自分の死に方に納得しているようでもあった。

 文野さんは、その縁限界ギリギリのところに、腰を下ろしていた。

 わたしはゆっくりと近づく。

「止まってくれよ」と彼女は言った。「まだあんたは戻れるかもしれない」

「どこに?」とわたしは尋ねた。

 歩く足は止めなかった。

「わたしの”ふつう”はあなたが壊したでしょ、文野さん」

「そうだったな……」と彼女は言って、膝の間にリボルバーを下ろし、ため息をついた。

 彼女が謝りそうだったので、わたしは先に言う。

「これが文野史織なんだね」

 彼女はわたしを見た。またしても迷子になったような目をしていた。

「そうだよ。ただの人殺しだ」

「わたしもそうなっちゃったけどね」

「立証不可能だ」

「解剖されたら分かるかも」

「エリア51かよ」と彼女は力なく笑った。「あんた、結局なんでここに来たんだ?」

「答えたと思うけど」

「もう一度答えろよ」

 わたしは少し考える。何か違った答え方ができるだろうか。だいたい、自分が何を言ったかすらも定かじゃないのだ。忘れたのではなく、あんまり思い出したくなかった。恥ずかしいことも言った気もする。正確な反復は困難だった。

「文野さんのこととわたしのことが知りたいから、かな」

「過去形でも、現在進行形でもなく?」

「現在形の近未来用法」

「意味わかんねー」

「いいんだよ。話してこうよ、これからさ」

 わたしは言った。

 文野さんは自嘲気味に笑った。

「あーあ。マジで握力尽きちゃった。電話番号言うからかけてよ」

 わたしは彼女に言われた通りに、電話をかける。その番号には見覚えがあった。当たり前だ。ちょっと前にかけたばかりの番号なのだから。意外性も何もなかった。強いて言えば、はじめて彼女と出会ったときに、彼女がかけた番号と同じというだけだった。

 携帯端末を彼女に差し出す。

 そーあたし。仕事は終わりました。お片付け、よろしくお願いします。

 通話は終わる。

 わたしは文野さんの隣に座り直す。

「ねえ、文野さん。あなたの銃が、全部ジャムったらどうする?」

 彼女はちょっと考えた。そんなこと今まで想定したこともなかったという風だった。

「考えたことなかったな。もう仕事はできなくなるんじゃないか?」

「分かった」わたしは頷く。「じゃあ、わたしが、あなたが銃を撃とうとした時、必ずジャムらせてあげる」

 そう言うと、彼女は虚をつかれたような顔をする。

 純粋な戸惑いがそこにはあった。

「……今は無理だけど、ちゃんとそうなるから。それまで待っててくれる? 文野さん」

「シオリで良いよ。あんたに呼ばれるなら、この名前も気に入ると思う。その提案もね。期待してもいいんだろ、イイコちゃん?」

 彼女は両手をついて、見上げた。空は金属に閉じられていて、檻のようにも見えた。いくつもの電灯が、何かの花のように揺れていた。

 

「わたし達、これからお友達かな?」とわたしは手を出した。

「要相談だな」と彼女は柔らかな拳を持ち上げた。


・・・♪・・・


 こうして我々の友情ははじまったのだった。

 

 今夜の家族ノートにはこう書かれることになる。

 拝啓、両親様。わたしにトモダチができました。

                                        (完)

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