からくりのエレジー

祇園ナトリ

懐中時計

「あー、ヒマ。ヒマヒマ、ヒマすぎる」


 そこら中が物という物で埋め尽くされた、薄暗いアンティークショップの中。辛うじて確保されたスペースに置かれた椅子へ腰掛けて、退屈そうに声を上げる人物が一人。


 ギラギラと輝く赤と青のツリ目に、それを覆い隠す様な癖のある赤毛。ヒョイと辺りに置かれていた知恵の輪をつまみ上げた指の先には、赤く塗られた鋭い爪が光っていた。


「なぁイリス、聞いてんの?」

「はぁ? それボクに言ってた訳?」


 イラつきながら青年――アルファルドは店の奥をじろりと見遣り、モゾモゾと動いている物の塊へと声をかける。

 その苛立ったような声に、間髪入れずにイリスと呼ばれた女性は応えた。もちろん喧嘩腰で、だ。


 アルファルドを睨み付けるジト目は金色。流れるような黒い長髪、その頂きには何年も前に廃止されたデザインの軍帽が乗っている。


「ていうか、勝手に店の商品触るのやめてくれる? このクソ人形使いドールマスター

「はぁ、何で? こんなんただのガラクタじゃんか、ぼったくり死霊術師ネクロマンサー様ぁ?」

「ふふ、なぁに? 喧嘩売ってんの?」

「あは、そっちがだろぉ?」


 イリスはピキ、と青筋を浮かべてニコリと笑いかける。彼女の魔力に影響され、店内の温度はじわじわと下がっていった。

 しかしアルファルドはそれを微塵も気にせず、逆にイリスを煽るような言葉を投げ掛けた。彼の周りにも鋭く尖るような魔力が構築され、何処からか人形達が集まってくる。


 イリスの操る死霊と、アルファルドの操る人形が狭い店内で激突する瞬間、カランコロンと扉の開く音がして二人はピタリと手を止めた。


「いらっしゃいませぇ、お客様ぁ! 本日はどのような物をお探しですかぁ?」

「この店には日用品から貴重品まで! なぁんでも揃ってますぜぇ?」


 二人は途端に猫なで声になると、普段の態度とは似ても似つかない態度で訪問者を歓迎した。ちなみにこの店の店主はイリスで、アルファルドは何の関係もない。しかし彼は常に暇をしている為、たまにこうして彼女の店を手伝っているのだ。


「え、えぇと……お店の方……ですか?」


 二人の熱烈な歓迎を受けて、訪問者はタジタジとした態度を取った。その言葉から察するに、どうやら彼は客人で間違いなさそうだ。


(なぁんかパッとしない格好……。そこまでお金持って無さそうだし、適当な物売り付けてさっさと退場して貰おっかなぁ。早いとこ、この馬鹿もぶっ飛ばしたいしね)


 イリスはニコニコと目を細めながら、何とも失礼な事を考える。彼女は超が付くほどの守銭奴だ。その脳内にはとにかく稼ぐ事しか無く、この店内の商品も大体がぼったくりと言える価格設定なのであった。


(あーあ、この兄ちゃんもあっという間に有り金全部巻き上げられて終わりだなぁ。他にもアンティークショップはあるだろうに、どうしてこんなぼったくり店選んじまったかなぁ。ま、さっさと終わらせてこのクソ女でもぶっ飛ばすか)


 一方のアルファルドも、内容は違えど同じ様に失礼な事を考えていた。事実彼は、何度も一等品に見せかけたガラクタを売り付けられてる人々を見送っている。その為今回も例に漏れず、異様に上手い彼女の口車に乗せられて終わりだろうと結論付けた。


「あ、えっと……その……」

「ご安心下さいませぇ! ボク……あ、いえいえ、ワタシの店には本当に何でも揃ってますのでぇ、お客様の望むものもきっとございますよぉ!」

「そ、そうじゃなくて……! その、時計を直して頂きたいのですが……」


 いつも通りセールストークを始めようとしたイリスの言葉は、客人の慌てた様な声に遮られてピタリと止まった。


「時計の……?」

「修理ぃ?」


 二人は仲良く声を上げると、揃って目をぱちくりとさせた。その事に腹が立ったのか、イリスはアルファルドの脇腹に肘を入れ、アルファルドはイリスの足を踏み付けた。


「そうなんです……実はその、恋人の形見を直して欲しくて……」


 二人のささやかな小競り合いに気付いていない様子の客人は、表情に暗い影を落としながら時計を取り出した。


「……! その時計、先月の通り魔事件の被害者のじゃねぇの? ちょいと失礼。……うん、やっぱりそうだな、この傷……見覚えがある」


 時計に見覚えのあったアルファルドは、ピクリと眉を動かして客人の顔を見遣った。そうしてヒョイと時計を取って観察すると、やっぱりと頷いた。

 実はこう見えて彼は、イリスと違って現役の軍人だ。かなりのやり手だが、どうしようもないサボり癖があるので昇格できずにいる。ちなみに今もサボっている真っ最中だ。


「……? えぇと、軍人さん……? どうしてこんな所に……?」


 アルファルドが軍服を着ている事に気が付いた客人は、戸惑った様に首を傾げた。アルファルドはニコリと笑うと、「気にしないで」と言いながら暗に「告げ口はするなよ」という圧をかけた。


「うわ、サイッテー」

「はーぁ? ぼったくろうとしてるそっちが言えた事じゃねぇだろ?」

「えぇなんの事? ボク分かんなぁい」

「あは、ウッザ……!」

「こっちのセリフ……!」


 仮にも一般人である客人を笑顔で脅すアルファルドを見て、イリスは小さく呟いた。その呟きを聞きつけたアルファルドは、スッと目を細めるとイリスの計画を客人の目の前で暴露するのであった。


「あ、あの! 時計……、直して貰えないんでしょうか……?」


 まさに一触即発、爆発寸前の二人の間に割って入ったのは、放置されたままの客人だった。二人の様子の変わりように困惑している様にも見える。

 客人がいた事を半ば忘れかけていたイリスは、ハッとして営業スマイルを浮かべると、


「もちろん直しますよぉ! ですが見た所この時計のパーツは少し古い物なので……少々多めに頂くことになりますがよろしいですかぁ?」


 といつものようにぼったくりを吹っかけるのであった。隣でアルファルドが呆れたようにため息をついているのが見えたが、イリスはそれを無視した。


「この時計が直るんだったら何でもいいです。これは……彼女の唯一の形見だから……」


 客人は悲痛そうな表情で俯く。アルファルドはなんと声をかけていいか分からず押し黙ったが、イリスは小さくため息をついて時計を取り上げた。


「て、店主さん……?」

「そんなに心配しなくて大丈夫ですよぉ、今すぐに直してあげますからぁ」


 困った様に声をあげる客人に、イリスはもう被る意味もないであろう猫を被りながら応えた。彼女はニコリと笑って、店の奥の方へと足を進める。


「い、今すぐ……!? そんなに早く終わるもの何ですか……?」

「まぁ見てなって。アイツ性根は腐ってるけど、腕は確かだからさ」


 今すぐという単語に目を見開いた客人に、アルファルドは最早猫を被らずに声をかける。そのまま客人の背中を押して、イリスが向かった方へと連れて行った。


「ちょっとルド、見てるだけなら手伝ってよ」

「はぁー? ダル……」

「ピンセット取って。何処かに埋まってるから」


 近付いたのが運の尽きか、アルファルドは手伝い役に抜擢される。彼は心底嫌そうな顔をしたが、有無を言わさない気迫のイリスに気圧され、大人しくピンセットを探し始めた。


「――ぁ」


 そんな二人の様子を見て、客人は過ぎ去った日を思い出した。今は亡き、鍛冶師だった彼女との、幸せだった日々を。

 再び目の前で喧嘩を始めた二人の耳には、揃いのピアスが揺れていた。客人はただ静かに、静かに目を伏せて笑うと、声を殺して涙を流し始めた。


「愛してるよ――今もずっと」


****


「ほらよ」

「……ん、何これ」


 修理の依頼があった数日後、しばらくアルファルドは店に姿を現さなかった。それが今日、不意にふらっと現れると、イリスに向かって何かを投げて寄こしてきた。


「これ……、ボクがこの前直した時計じゃん。なんでルドが持ってんの?」


 イリスの手の中でキラキラと輝くそれは、先日彼女が修理したはずの時計であった。確かにこの時計は少し前に大流行して今も一般的に普及している物であったが、イリスはハッキリと自分が直したものだと理解した。それは何度やっても消えなかった傷が残っていたからだった。


「死んだんだよ、アイツ」

「は?」

「だから死んだの。あの依頼主が」

「死んだ……?」


 訝しげな視線を向けてくるイリスに向かって、アルファルドはぶっきらぼうに答えた。少し虫の居所が悪いのか、頻りに耳に付けられた沢山のピアスを弄り回している。


「そ、走ってくる電車に向かって飛び込んだんだってさぁ。その時計があったから、オレがアイツだって判断したんだよ」

「……ふぅん」


 イリスの動揺を受けて、アルファルドは詳しい事を掻い摘んで話した。イリスの手の中で光る時計を指さしてやれば、彼女はそれを見遣った後に小さく息を漏らした。


「……なぁ、アイツ仲間にすんの?」


 アルファルドは少しいたたまれなくなって、表情を曇らせたイリスに声をかける。彼女は死霊術師だ。やろうと思えば、事故現場から客人の魂を探してこの世に再び呼ぶ事もできる。


「まさか。どうせ死ぬんだったらもう少し巻き上げてやればよかったって思っただけ」

「あっそ、じゃあいいけど」

「この時計、いくらで売れるかな」

「うげ……、それも売るつもりなのかよ……趣味悪……」


 しかしアルファルドの予想に反して、イリスはあっけからんと答えた。彼女はしばらく時計を見ていたがやがて首を振ると、今度は値札を探して引き出しを漁り始めた。

 アルファルドが商魂逞しいイリスに向かって非難の声をあげれば、彼女はいつものように笑顔のまま場の温度を下げていく。彼は少し前までの議題などすっかり忘れて、それに応戦するように笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

からくりのエレジー 祇園ナトリ @Na_Gion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ