腹黒優等生少女と少年

 放課後。ヒビキ少年は偶然、学校一の優等生サヤカが告白されている所に出くわしてしまった。

 なんとなく、そこら辺に隠れてやり過ごそうと思っていると、告白を断った後に悪態をついたのを見てしまう。

 そして、それを見ていた事もバレてしまった。


「もし、これを言いふらしたら、貴方の名誉を毀損するありとあらゆる誹謗中傷を広めて、二度と人から信用されないようにするから」

 サヤカはヒビキに壁ドンを決めると、開ききった瞳孔を彼の目を焼き付けた。


「わ、分かってる!そもそも、地味で目立たない僕の言葉と学校一の優等生の君の言う事だったら信用度が明らかだよ」

 ヒビキが冷や汗を流しながら、害意がない事をアピールした。

 サヤカはその様子に挑戦的な笑みを浮かべる。

「あらあら、随分と冷静に説得してくれるじゃない。小賢しくも頭が回ったりするのかしら。これは警戒を上げる必要があるわね」


「・・・・・・フッ。まぁね、頭は回るよ。このことで君を脅してやろうと思ってね・・・」

「自惚れたフリをして警戒を下げる気ね。バレバレよ」

「・・・ハハハ。やっぱバレました?僕なんてそんなもんですよ。エヘヘ」

「意見をコロコロ翻してバカなフリ?効かないわ」


「じゃあ、どうすればいいっすかぁ。俺、言いふらさないっすから勘弁してくださいよ。マジで」

「ふふ、やっと本性を表したわね。つまり、私に詰め寄られてすぐにあの演技をしていたと。本当に油断ならないわ」

 ヒビキは、欠片も警戒を解かないサヤカに諦めたように肩を落とす。

「はぁ。いや、俺の評価を鰻登りにさせるのは構わんけどさ、建設的な話をしようぜ?」

「そうね。私が警戒を解くに足る根拠を示してもらおうかしら」

 

「だから、さっきも言ったけどさ俺の信用とあんたの信用には雲泥の差があるだろ?もし俺があんたのことを腹黒口悪女だと言いふらしたとして、それを誰が信じる?」

「その通称はいたたげないけれど、偽らない本音で語っているというアピールでしょうから見逃してあげる」

「ハイハイ。どーも」

「で、話を戻すわ」

 サヤカは思考を整えるように髪を耳にかける。


「私にとってはね、その噂が立った時点で相当に苦しいのよ。残念ながら私はそこそこポカをやらかすわ。事実、こうして貴方に本性がバレているわけだしね」

「あぁ」

「けれど未だにバレていなかったのは、私が優等生でそんな事をするはずがない。という幻想を皆に信じさせていたからよ」

「噂といえど、その選択肢が思い浮かぶようになったらバレるのは時間の問題ってわけか」

 サヤカが、息を吐く。

「理解が早くて助かるわ。そして警戒をあげます」

「勝手に言っとけ。どのみち、潔白もしくは俺がどうやろうと裏切らない。っての以外で信用しないだろ」

「そうね。で?他にないのかしら?」

「お前も考えろよ。俺を解放する方法をよ」


 その言葉に、サヤカは挑発的な笑みを向けた。

「私としては、貴方の悪評を広めるのが手っ取り早くて確実なのだけれどね。そうすれば貴方のことを誰も信用しなくなるでしょう?」

 ヒビキが表情を変えずに言葉を返す。

「広める方法は?火を立てたのがあんただとバレた瞬間、化けの皮は剥がれるぜ?」

「ネットでちょちょいのちょいよ」

「アホか、法に訴えるぞ。ん?法に訴えれば・・・」

「学校での悪口で?残念ながら期待しない方が利口でしょうね」

 ヒビキは、少し考え込んでから目を開く。

「・・・だな。で、じゃあ広める方法は?ネットが無理なら、それなりのリスクを負う必要が出てくるぜ?」

「ままならないものね。いいわ、諦めて一緒に考えてあげる」

「アリガトーゴサイマス」


「そうねぇ。貴方の秘密を私に教えるというのはどうかしら?」

「銃を突きつけ合うって訳か」

 サヤカを見つめる。

「ただ、言いたくないな。それは最終手段で頼む」

「そうね。それに醜いわ、お互いの汚点をバラし合うなんて」


「うーん・・・この場合、どうすればいいんだ」

 ヒビキが、額に指を当てた。

「まず考えられるのは、サヤカの秘密がバレると俺も損をするようにする」

「貴方の秘密を私が知るのも、これよね。貴方と私が運命共同体になることで問題を解決する方法。貴方が、私の恋人だったりしたら当てはまったかもしれないわね」


「あとは・・・、秘密がバレてもサヤカが損をしないようにするとか?不利益がない形でサヤカが優等生ではないことを皆に知れば、秘密は無意味になるだろ」

「それは無理ね。詳しくは言わないけれど、私にとって優等生であることの価値は莫大なのよ。バレた時点でどんな落とし所に落とそうと不利益になるわ」

「つまり、その莫大な価値に見合う対価が有ればバラしても良いってワケか?」

「無理だと言ったでしょう?例え世界の半分を貰ったってお断りよ」

 勇者様の正義の心並みだと・・・。


「じゃあ国外に住むとか。そうしたら俺がバラしたって無意味だろ?」

「バラされても問題がないように、貴方から逃げ続けろと?」


「もー、文句ばっか!女王様か!」

「王族程、献身的な職業はないと思うけれど?ワガママの代名詞で女王様を挙げるのは可哀想よ」

「なにを流暢に女王様を庇ってんだよ」

「・・・確かに意外ね。本心で人を庇うことなんてあまりないのだけれど。親近感を覚えているからかしら・・・」

「アホか。話を戻すぞ」

「とにかく、可哀想よ」


 え、まだこの話するの!?仕方ねぇな・・・

「・・・ワガママの代名詞で女王様が挙がるのは、前提として潔白なイメージがあったから、ワガママなのが悪目立ちしたという結果であって、むしろ成り立ちで言えば誇るべきだとも考えられる・・・」

「成り立ちはどうでもいいわ」

「ハイハイ。かわいそーですねー」

 なんだコイツ。こんな本性どこに隠せんだよ!四次元ポケットでもついてんのか!?


「と、いうかそんな事はどうでも良かったわ。今は現状の解決を考えなければ」

 ヒビキが唖然とした表情をすると、サヤカは肩をすくめた。

「嫌ね。さっきのは冗談よ、粋な息抜きと言う訳」

「おまえ・・・やりたい放題かよ!」

「やりたい放題ついでに言わせてもらうけど、頭を小突いて記憶を消すとかはどうかしら」

「おまえ・・・、いい加減態度をあらためて真剣に──」


 そうだよ。あるじゃねぇか、誰も損しない美しき少年漫画の文法が。

「お前、優等生に見られたいんだよな?」

「えぇ。そうよ」

「けど裏に本性があって、それがバレてしまったから、こんな面倒くさい事になっている」

「そうね」

「じゃあ、もし俺が話し合いに応じなかったらどうしてた?人を陥れるために、自分の悪評を気にしないやつだったら?」


「なに?話し合いに応じてくれてありがとう。と言ってほしいの?」

「ちげーよ。今後そう言う事があるかも知れないってことだよ。自分で言ったたじゃねぇか。ドジっ子だって」

「いえ、そこまでは言っていないでしょう。うっかりを多少起こしてしまう。程度のニュアンスよ。でも、そうね。そのリスクはあるわ」

「だけど、その根本のリスクすら解決する方法があんだろ?たった一つの冴えたやり方が」


「・・・なにかしら」

「努力!!」

 ヒビキが天高く拳を突き上げた。

「努力?」

「上っ面だけなんて、カッコ悪ぃだろ!?」

 ヒビキの言葉に、サヤカの理解が段々と及び顔が引き攣っていく。


「・・・えぇ・・・・・・それは・・・つまり・・・」

「そうだよ!お前は努力するんだ!努力して、芯から正しい優等生なら成ればいい!!」

「・・・いえ、そんな熱血ぶって言われても」

 狼狽えるサヤカにすかさず熱く詰め寄った。

「レッスンワン!!人を信じる心!!」

「声が大きい・・・」

 ヒビキはその言葉を無視する。

 自分の言いたい事だけを言い切る自信があった。


「人を疑ってばかりの根暗が優等生になれるか!!人を信じる勇気をもつんだ!!」



「お前は今日から優等生だ!!!!」

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ダイアローグ短編集 大入道雲 @harakiri_girl

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