ちょっと平和に近づいた世界
おもち丸
第1話
「まのかー、起きなさーい!」
うるさいくらいの大声で1階にいる母からの声が聞こえる。
「ん〜二度寝したい……今日が日曜日ならいいのに……」
私はふぁ〜とまぬけなあくびをしながらもベッドから這い出る。自室の床は教科書類や漫画が散乱しており、ちょっと汚い。
ボサボサの髪を整え、長いポニーテールにし、赤いリボンが特徴的なセーラー服の制服に着替えて、美味しい朝ごはんのために1階に下ってゆく。
「あ、まのか。朝ごはん、出来てるから早く食べなさい♪」
「おはよう、まのか。」
1階にはスーツを着た少し強面の父とエプロンをつけた暖かみのある雰囲気を持つ母がいた。2人とも上機嫌だった。
父は優雅にコーヒーを飲み、母は父が食べ終わった後の食器を洗っていた。2人が笑顔で上機嫌で、なんだか気に食わない。
美味しい和食風の朝ごはんを食べているとふと父が話しかけてくる。
「まのか、そういえばお前もあと数年で成人だな。」
「そだね〜、あー、でも成人したくないなぁ〜。」
「あら、成人したら悲しいことや苦しいことなんてパーッと無くなっちゃうんだから!お母さんも今、幸せよ〜!」
「そうだぞ、成人しちまえばこっちのもんだ!」
ガハハと豪快に笑う父を横目に私はみそ汁をすする。
そうして私達3人の朝の時間が過ぎていく。
「いってきまーす」
「気をつけるのよ〜」
父はすでに会社へ向かい、私もいざ学校へと向かう。行きたくないなー、と思いながらもガチャリとドアを開け、外への1歩を踏み出す。
×××
学校へつくと友達の愛良と美緒がもう来ていて楽しそうに喋っている。私ももう少し早く来れば良かったかなと少し反省した後はすぐに切り替え、ダッシュで支度を終わらせて、2人の元へ向かう。
「ごめ〜ん、のんびりしてたら遅れちゃった。許して!」
話しかけると黒髪ストレートで眼鏡をかけている愛良と明るい茶髪でギャルっぽい美緒がこちらを向く。
「……それ、毎朝言ってない?ほんっとまのかったら……ほら、渚も何か言ってやりなさい。」
「えー?アタシは特に言うこともないけど…あ、それよりさ!アタシのパパとママ、今日めっちゃ上機嫌だったんだー!」
「うちもそうよ。ま、家庭が穏やかなのは良いことだけどね。」
「……朝に余裕ある両親って新鮮だよね〜。」
「それな〜」
ひとまず愛良のお説教は回避した。ありがとう、美緒。
その後は先生が来て、朝のホームルームが始まり、授業をだらだらと聞いていたらあっという間に放課後だ。
帰りのホームルームで先生からのプリントをもらったら愛良と美緒に別れを告げ、どんよりとした気分のまま茜色の通学路を寄り道せずに帰る。
家につき、自室で電気もつけず、もらったプリントを改めて見る。
そのプリントにはこう書いてある。
『感情抑制ワクチンについて知ろう!』
これから先の未来、悲しいことや苦しいことから別れるためのワクチン「感情抑制ワクチン」を打つために正しい知識を身に着けよう!
1、まず……
そこまで読んで私は読むのをやめた。
──「感情抑制ワクチン」
それは数年前に開発された人類の努力の結晶。成人した人間のみ打つことができ、人間にある悲しみや苦しみといった負の感情を生み出させず、正の感情のみを生み出すようになる夢の薬。
……なんて言えば聞こえは良いけど、実際は負の感情を抹殺するだけの毒薬だ。
つい昨日、市が無料で打たせてくれる機会があったから、愛良や美緒、私の両親も打っていた。
そうしてみんなみんな、怒りを、苦しみを、悲しみを、涙を、失ってしまった……。
持っていたプリントがくしゃりと音をたてて、しわくちゃになる。
たしかに私の両親も明るく、笑顔だった。あれで平和になるのかもしれない。
でも私は絶対に打ちたくなかった。たとえ辛くても、悲しくても無くしたいなんて思わない。悲しいがあってこその嬉しいだし、苦しいがあってこその楽しいだと思うし。
なーんでみんなこんなことを受け入れてんのかなと考えながら部屋の隅にあるゴミ箱に丸めたプリントをほおり投げる。ホールインワンだった。
はぁ、と一つため息をつき、電気をつけて私は絶対に打たないぞと改めて意思を固めて、着替えを終える。
今日も何事も無く、1日が終わった。
ちょっと平和に近づいた世界 おもち丸 @z7PC6nQh
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