第4話 ニューフェイス


 工事現場用ヘルメットでは、攻撃を完全に回避できないと思ったし、また痛くなることを覚悟した。

 目をつむって、歯を食いしばって痛みを待ち受けたのだが……一向に痛みは来ない。


 どういうこと?

 ほんの少しヘルメットをずらして周りを見てみる。



「どっか、いった……?」



 今まで俺の顔を奪おうとしていた顔なしが、みんな俺に背中を向けて去っている。


 俺の顔は守られた……のか?

 そこらへんに落ちていた工事のヘルメットのおかげで?


 ……俺、ちょーラッキーなんじゃね!?

 このヘルメットに何かあったっけ?



「わかった! さてはあいつら馬鹿だな! ヘルメットで顔が見えないから、仲間だと思ったんだな!」



 顔がないもの同士は争いが起きていない。なら、俺も顔がない仲間だと思ったんだろう。


 いける! これなら!



「よし! シルヴァの分も持ってこ!」



 本来であればかぶり、頭部を守るためのヘルメット。それを、顔を覆うように目の前に装備。これなら、襲われずに済むはず。

 自分の分だけじゃなくて、ちゃんとシルヴァ分も持った。


 いざ、シルヴァの所に戻ろう!



「うぐっ!?」



 いざ、と進んだ直後。何かとぶつかった。

 そりゃそうだ、目の前は何も見えていない。一体何とぶつか――



「ひぎゃぁぁぁ!」



 ヘルメットを外して、何とぶつかったのか見た。見なければ良かった。

 だって、そこにいたのは奴……顔なしだったのだから。



 叫びながら逃げる。

 あいつら意外と足が速いんだよ!

 必死に走って、奴らをまいて。そうして何とかシルヴァが待つ場所に戻ってこれた。



「随分長いトイレだな。腹を下したか? いや、その傷だと顔から排泄したか?」



 相変わらずの口調で、シルヴァは日影で自分のメモ帳から俺へと目を向ける。



「俺を何だと思ってるんだよ。というか、使えるトイレが近くになかったんだ。それより、ほら」

「……なんだ、この汚い物は」

 


 ヘルメットを出せば、汚物を見るような目を向けられた。



「ふふふ! 何と、俺。あいつらから逃げられる方法を発見したんだ! それがこれ! これで顔を隠せばあいつらは仲間だと思って襲ってこない!」



 手本のように装備して見せれば、シルヴァは虚無のような顔をしている。



「ほら、シルヴァもつけてよ。そうしたら、堂々と正面突破できるし」

「嫌」

「はぁ? なんで!? 俺の世紀の大発見なのに!?」



 ツンとそっぽを向かれた。なんで?

 これさえあれば逃げなくていいんだぞ?



「……誰が使ったのかもわからない加齢臭付きのものを使えるか、馬鹿。それに、前が見えないまま、どうやって目的地に向かうのだ」

「……なーるほど」



 言われてみれば、確かにこのヘルメット、臭い。拾ったものだし、誰か使ってたものだろうし、仕方ないだろう。


 それに前が見えないんだよね。だから、ノーフェイスにぶつかったんだけど。

 でも、逃げなくていいってよくない?



「お前は大切な顔を臭いもので隠していても気にならないのか?」

「ならないよ? だって、俺の顔、匂いなんかで負けないし? というか、どんな匂いであっても、俺の顔は唯一無二だもん。顔が守られれば問題なーし! それより命だーいじ」

「……お前は気楽でいいものだ」

「?」



 めちゃくちゃデカいため息をつかれたけど、何でだろう?

 匂いよりも、生きることの方が大事じゃん?




「なんにせよ、私は絶対に嫌だからな」

「もう、何というわがまま。俺より酷い」



 頑なに拒否された。

 じゃあどうしよっか。俺もヘルメットなしにした方がいいかな?


 その方が周りを見られるし。

 一緒に行くなら、ひとりがヘルメット装備していても、もう一人がしてなければ見つかっちゃうもんね。なら、ヘルメットいらないかなぁ。せっかくの大発見が。



「お」

「何だ?」

「いいこと思いついた」

「?」



 冷たい目線を送ってくるけど気にしない。


 世紀の大発見その二だ!

 混乱期の社会。ピンチなんだから、ちょーっとご近所さんの洗濯物を拝借してもいいだろう。大丈夫、あとで返すから。多分。


 周りを見上げて、洗濯物が干しっぱなしになっているアパートを探す。そしてそこから大きなシーツを回収した。



「俺があんたを背負うよ。それをこれで覆っていれば見つからないだろ? んで、俺はヘルメット装着。あんたが道を指示してくれれば、その通りに動くし、顔なしには見つからないしでハッピーエンド」



 シルヴァは小柄だ。

 背負って歩くのは問題無い。なら後ろからシルヴァが道案内してくれればいいじゃん!

 俺、もしかして天才……?



「どう?」

「……悪くない」

「よし! じゃあ、そうしよう! 決まったらすぐ行動!」



 少し不満そうであったけど、シルヴァをおんぶして、その上からシーツで覆ってすっぽり隠す。それでもってヘルメット装着。


 はい、無敵装備が出来た。



「いざ、出陣!」

「いちいちうるさい。早く進め」



 こんなやり方で、俺たちはニューフェイスシステム再起動をさせるため移動を再開したんだ。

 それでもって、無事に目的地に到達。

 何やらサロンみたいな建物に入って、どんどん奥へ。人の気配はないし、物音すら聞こえないからと、シルヴァを背中から降ろす。するとスタッフオンリーと書かれた扉をくぐり、大きい機械がたくさん並ぶ怪しい部屋へまっすぐ向かったので俺も続いた。


 そこに入ってからはもう秒だ。


 たくさん画面が並ぶ機械を簡単そうに操作しはじめたシルヴァ。俺がきょろきょろしているうちに、「よし」と言って満足そうな顔をしたかと思うと、にぎやかな声が聞こえてきた。

 そう、あっという間にシルヴァはニューフェイスを再起動させたんだ。

 人々に顔が戻って、声が聞こえて。すぐに社会は平穏を取り戻した。



 顔が戻った今はどうなってるかって?

 みんな好きな顔を選んで遊んでいるよ。でも、同じ顔を選ぶことはできないっていう仕組みを導入したってシルヴァが言ってた。有名人の顔を選んだとしても、ホクロをどこかにつけるとか、鼻だけ自分のままにするとかね。あの人の目だけほしいとかそういう選択ができるようになったんだってさ。

 まったく同じ顔は生まれなくなったけど、どうしても似た顔がうじゃうじゃと溢れている。



 ……俺の顔は俺だけのものにしているけどね!

 やだもん、俺の顔の一部がいろんな人に使われるなんて。俺の顔は俺だけのものだし。



「ん?」



 ベランダから人を見ていたら、俺のスマホが鳴った。

 どうやら着信らしい。仕事かな?



「もしも――」

『大変なことになった』

「は?」



 シルヴァの声だ。何だか嫌な予感がする。

 よし、電話を切ろう。



『切ったらお前の首を切る』

「……サーセン。で、何用でござんすか」



 俺の考えを読んだかのような発言に、通話を切ろうとしていた手は止めて、しぶしぶ話に耳を傾ける。



『ニューフェイスがウイルスにやられた』

「は?」

『それでまた顔がなくなった』

「は?」

『なんだお前は。使える言葉は【は】だけか?』

「いやいや。だって、つまりはさ? あれだよね? また……」

『やっと頭がよくなったのか? その通りだ。ノーフェイスになったし、お前の顔を求めている奴らがうじゃうじゃいるぞ』

「ぎゃああああ!」


 ベランダから部屋に戻って、窓に鍵をかける。

 またしてもあの顔なしに追いかけられるってことじゃないか。嫌だ、そんなの。怖いじゃん!



『とまあ、起きてしまったからにはお前に仕事がある』

「やだよ! どうせまた、どっかに連れていけとか言うんでしょ!」

『よくわかっているじゃないか。まずは私を迎えにこい。それまでにウイルス対策ソフトを作っておくから。わかったな。来ないとお前のいい顔がズタズタになるぞ』

「それは嫌だ! 嫌だから! もう、わかったって! 今から行くよ、もう……」



 俺はどこから見ても整った俺の顔を守るために、またしても混乱に陥った社会へ出ることになったのだ。

 これから先もきっと同じことを繰り返すんだろうなぁ……。




 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニューフェイス 夏木 @0_AR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画