第3話 パーフェクトフェイス



「うわああああああ!」



 システムの主電源がある場所は都心。

 アクセスがいい場所を、ということで選んだというこの立地。

 駅から歩いて三分ほどの場所で、かつては人が多く集まっていた場所……渋谷だ。



 混乱が始まってからもう一週間は経過している。

 人であって人でないものが、ただ顔だけを求めてうろうろしまくっているのが今の渋谷だ。

 ゾンビの巣窟みたいなもんだし、ハチ公の周辺とかヤバそう。というか、夜に来たらもはや肝試し案件。今後バズりそうだから、写真撮りたい気持ちもある。でも、肖像権があるか。じゃあバズれないや。やーめよ。



 そんな渋谷まで、ひそひそと移動してきたのはよかったのだが、いかんせん、ノーフェイスの数が多い。

 シルヴァを連れて、今、奴らから逃げているところだ。



「おい、前にもいるぞ」

「わかーってるって! こっちだ!」



 渋谷の土地勘はある。

 撮影のために何度も来たからな。

 細い道を何とか通り抜ければ、知能が低下したノーフェイスは壁にぶつかって動きが鈍くなる。その間にさらに距離をとって、と繰り返していくうちに、目的地からはどんどん離れてしまう。



「顔なしこえぇよ……どんだけ顔が欲しいんだよっ」

「よかったな、そのいい顔が必要とされてて」

「こんな社会になる前から必要とされてたってーの」




 ひとまず襲撃を避けられるような建物の裏に来て思わず本音が出たし、シルヴァに顔を褒められた。



 それでも、もう、帰りたい。

 帰って布団でゴロゴロしたい。


 頭を抱えてため息をつく。



「俺の自慢の顔、誰かにやるわけねぇだろぉ……」

「なんだ、ナルシストか」

「うるせぇよ。自分で自分を認めて何が悪い。自分を認めなきゃ、他人に認められるワケないじゃん。だから俺は俺が一番なの、俺は俺のままなの」



 何で俺がこんな怖い思いをしなくちゃいけないんだよ。

 別にシルヴァひとりで行けばいいじゃん。というか、俺じゃないやつに頼めばいいじゃん。


 ああ、なんか考えてたらトイレに行きたくなってきた。



「ちょっとトイレ行ってくる」

「ん。私はここで待っている」



 流石に走り回って疲れたのだろう。シルヴァは日影で足を伸ばして休憩をとっているので、俺はひとり、近場のトイレを探す。



「うーん……コンビニは無理かなぁ……」



 ノーフェイスに見つからないように近くのコンビニまで来たが、そこでたむろしているのは不良……ではなくノーフェイス。

 これではトイレ借りまーす、なんて無理だ。



 かりにトイレに入れたとして、そこでスッキリさせてる中で、ノーフェイスがやって来るなんて場面を考えて見ろ。ガチのホラー間違いない。下半身丸出しで襲われるとか、一生の恥。いくら顔がよくても、さらし者になる。あ、でも、晒して笑う人はもういなくなるか。ならいい……いや、よくないよね? 人として何かを失わない?



「違うところいこ……」



 さらにめぐりめぐって、飲食店やアパレル雑貨店。色んな所に行ったけど、流石渋谷。



「顔なしさんたち、どこにでも居るじゃんっ……暇人かよ」



 どこの店に行っても、ノーフェイスがいる。店内店外をウロウロしているあいつらに、見つからず用を足すのはムリ!

 でもそろそろちょっと、俺、限界迎えそうです。



「あ! トイレ見っけ!」



 公園を見つけた。ボロボロの公園だ。トイレもちゃんとある。そこへ駆け込んで、ため込んだものを出したらとてもスッキリした。



「っと……戻らないとなぁ……」



 コソコソ逃げ回ってここまで来たら、今度はコソコソしながら元の場所に戻らなきゃいけない。


 あ、今なら逃げられるじゃん。

 シルヴァ置いていけばいいじゃん?

 なーんて、考えるよね。考えたよ。でもね、そこまでひどい俺じゃないからね。大人だし。



「!」

「あ、やべ」



 バレないと思って道を横切った時、ノーフェイスがこっちを向いた。

 目がないから、本当に向いたっていう表現しか出来ないんだが。



「ひいいいいいっ!」



 混乱期の社会のおかげで、逃げ足だけは鍛えられた、はずだった。



「ぐふっ、ばふっ……!」



 疲れが溜まっていたのだろうか。

 足が言うことを聞かなくなって、階段からゴロゴロと転げ落ちた。



「ってぇ……俺の顔に傷がぁ……」



 擦りむいた。血が出た。痛い。

 顔も体も。

 俺の顔に傷が……。


 ヘコんでなんかいられない。

 傷は癒える。このぐらいならすぐに治るはず。だって俺は俺だから。俺ならこんなのへっちゃらさ!


 とりあえず今は逃げなくては。

 歯を食いしばって、ノーフェイスから距離をとる。



「っ……前も後ろも横も! うじゃうじゃ来やがって。俺の顔はあげないってーの!」



 さすが渋谷すぎるって、全方向ノーフェイス! 俺、万事休す。



「やばい……ええ……」



 汗が止まらない。

 ジワジワ近寄ってくるノーフェイス。

 引きつる俺のいい顔。


 どうしよう。

 蹴り飛ばす? でも、皆さん、ヒューマンだもの。暴行なんとか罪になっちゃう。

 ええ……ここで襲われるか、刑務所暮らしかなの?



 あ、でも今は、掴まえる人がいないじゃん!



「せいっ!」

「……!」



 一番人の壁が薄そうな右前の層へ、一蹴り。

 ひとり飛ばせば、その周囲に隙ができる。


 そこへ飛び込んでノーフェイスの円から逃げ出すことに成功した。



「っしゃ! って、ああああ!」



 一難去ってまた一難。

 よそ見したのが悪かった。

 工事中のまま放置された現場で、大型機械に体をぶつけた。

 しかも今度は頭を打った。


 視界がぐわんぐわんするし、痛みが酷い。

 それでも見えてしまった、ノーフェイスの壁。

 今度こそ万事休す。


 ノーフェイスがのそのそと近づいてきて、飛びかかろうと地面を蹴ったとき、俺は思わず近くに転がっていたヘルメットで顔を守ろうとした。



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