エピローグ:まだ見ぬ世界へ
――動乱の決着から二ヶ月後。
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
貸し切った二階建ての酒場で、仲間たちと共に祝杯を上げる。
その全てを達成し、俺たちはゲームではありえなかった真のトゥルーエンドへと到達した。
「うぉおおおお!!! ミアー!!! 好きだー!!! 全部終わっても俺は変わってないぞー!!」
「ちょっとカイル……恥ずかしいってば、もう……」
あっという間に酔っ払ってテーブルの上に乗って叫んでいるカイル。
ミアは恥ずかしそうに笑いながらも幸福を噛み締めているのが分かる。
二人は約束通り、俺が祝いに買ってやった家で明日から同棲を始めるらしい。
この調子なら婚約発表も近い内に聞けるだろう。
もしかしたら、別にめでたい報告も。
「うぅ……どうして拙者には恋人が出来ないんでござるか……」
「その変な喋り方のせいじゃないですか?」
「……ん」
泣き上戸のタニスに冷静なツッコミを入れながら趣味の日記を書いているリタ。
隣のファスが慰めるようにタニスの杯へと酒を注いでいる。
「あはは~! アカツキちゃんが三人いる~!」
「ちょっと、ミツキぃ……酔っ払いすぎよぉ……。てか、あんたいつの間にか太ったぁ?」
「あ、アカツキさん……それはミツキちゃんじゃなくて酒樽ですよ……」
悪酔いしているアカツキとミツキ。
意外と酒に強いロマが、仮面の連中と一緒に美味そうな料理を皆に配膳している。
「今日は特別だ! 私の至上の舞を見せてやる!」
「きゃー! ナタリアさん、かっこいいー!」
珍しく酔っ払ってステージで踊りだすナタリアに、囃し立てるレイア。
あいつらともこの二ヶ月の間に色々とあった……本当に色々と……。
とにかく、晴れて俺たちは世界を救った英雄になったが、肩書以外は大して変わっていない。
二階席からそんな安心感すら覚える光景を眺めていると、一階から抜け出したネアンがやってきた。
「何を一人で黄昏れてるんれすか~」
酔えない体質のはずなのに何故か呂律が回っていない。
酒ではなく、この馬鹿騒ぎの空気に酔っているようだ。
「いや、とうとう全部終わったんだなってな……」
「そうですねぇ……」
窓の外、星空を背景にして煌々と輝く永劫樹を見ながらポツリと零す。
ラスボスを倒したということは、この世界は魔物災害の恐怖から解放されたことになる。
すなわち、俺たち特務部隊はこれでお役御免。
全てのゲーム知識を吐き出した俺も、これまでにない達成感に満ちていた。
「……って、なんで完結ムードを出してるんですか! まだ一番大事なことが終わってないですよ!」
「一番大事な……あぁ、そういえばお前の呪いを解くのをすっかり忘れてたな」
こいつ自身が後回しで良いと言ったせいで完全に忘れていた。
そろそろ、本腰を入れて呪いに関する情報を集めないとな……と思っていると――
「違います! それも大事ですけど、他にもっと大事なことがあるじゃないですか!」
当人に全力で否定された。
「もっと大事なこと……? あるか? そんなこと……」
色々と考えを巡らせてみるが、全く思い浮かばない。
物騒なサブクエはほとんど終わらせたし、神国動乱編も理想の結末に着地させた。
カイルとレイアの二人を犠牲にすることもなくトゥルーエンドに達成した。
これ以上、俺に出来ることは思い浮かばない。
「はぁ……本当に、この手の話には鈍感なんですから……」
大きな溜息を吐き出したかと思えば、今度はビシっと指を突きつけられる。
「ナタリアさんにレイアちゃん、その他多数の女性陣を幸せにする義務が貴方にはあります! そこのとこはどうなんですか!? 何か進展はあったんですか!? ぶっちゃけ、どこまでいってるんですか!?」
まるで熱愛報道に駆けつけた芸能レポーターのように詰め寄って来られる。
「……別に、お前に言う必要はないだろ。何かあったとしても」
「その言い方は何かあったということなんですか! そこのところ詳しくお答えください!」
手に見えないマイクを持って、更に詰め寄ってくる。
デカい胸のせいで圧がすごい。
「あーあーあー、離れろ離れろ。全く、今日くらいは勘弁してくれよ……」
「んも~……いい年してピュアですねぇ……まあ、お祝いの席ですしこのくらいで勘弁しといてあげましょうか……。でも、一つだけ」
「……なんだよ」
「一番最後でもいいんで、私の幸せの分もちゃんと残しておいてくださいね?」
無邪気な笑顔でそう言って、すぐに恥ずかしくなったのか目線が逸らされた。
互いになんとも言えない空気のまま、階下の馬鹿騒ぎを眺める。
「そ、そういえば! すごかったですね! あの最後の戦法! まさか最強ボスの邪神テロスをあんな方法で倒すなんて!」
気まずい沈黙に耐えきれなくなったネアンの方から違う話題を振ってきた。
俺としてももさっきの話を続けられても困るので、乗らせてもらうことにする。
「ああ、あの戦法か……本当は夏のレースイベントでお披露目する予定だった奴だったんだけどな。まさか、こんな形で使うことになるなんて夢にも思ってなかった」
トゥルーエンドカテゴリの最大の難所であるテロス戦の勝率を著しく上げる世界初の完全新戦法。
披露する直前に事故に遭って、この世界で目覚めた為に二度と使う機会はないと思ってた。
「ほんとに攻略に関しては凄まじいですよね。その能力を、ほんの少しでも女性の攻略に向けられればいいのに……」
恨み言のようにボソっと言われる。
「ていうか……さっきの夏のイベントって言葉で嫌なことを思い出しちゃったじゃないですか! 私、せっかく完成させた新刊の感想を見ないでこっちに来ちゃってる! うぅ……今更ながらすごい心残り……」
今度は手すりに突っ伏しながら嘆き始める。
忙しい女だな……。
「今更そんなこと後悔しても仕方ないだろ。さっさと切り替えろ」
「そういうシルバさんは、元の世界に心残りとかないんですか?」
「そりゃ細かいことを言えば色々あるよ。ゲームもなけりゃネットもないし、生活も向こうと比べりゃ遥かに不便だ。でも、それはそれとしてこっちも楽しいでいいだろ」
「それは同感ですけどぉ……やっぱり感想くらいは見ておきたかったぁ……すっごい自信作だったのにぃ……うぅ……」
今度は近くの机に突っ伏しながら更にさめざめと泣き始める。
そんな様子を肴に酒を飲んでいると、ネアンがボソリと呟いた。
「そういえば、新作のことも心残りといえば心残りですねぇ……。まだ情報もほとんど出てませんでしたけど……」
「新作って、なんのことだ……? 新刊じゃなくて?」
聞き捨てならない言葉に真顔で聞き返す。
「え? 新作は新作ですよ。そのさっき言ってた夏のイベントの少し前に発表されたじゃないですか……って、そっか……私より少し先にこっちに来てるから知らないんだ」
「じゃあ、それってまさか……」
「はい、EoEの新作の話ですよ」
「……聞きたくなかった」
今度は自分が手すりに突っ伏して頭を抱える番になった。
一気に元の世界への未練が生まれてしまった。
「えぇ……自分で後悔しても仕方がないって言ったところじゃないですか……」
「いや、新作は別の話だろ。まじかぁ……ちなみにどんな情報が出てた?」
早く忘れようと酒を一気に呷りながらも、つい聞いてしまう。
「えーっと……まだ短いティザームービーだけですけど……。荘厳なBGMの中で、王都の遠景が映し出されてー……」
「王都ってことは世界観は地続きなんだな」
「カメラが少しずつ永劫樹の方に寄りながらナレーションが入るんですよ。『滅尽の邪神との戦いは、ほんの序章に過ぎなかった……』」
身振り手振りを交えながら、声色もそれっぽく作ってくれている。
「なるほど、時系列的にはトゥルーエンドの後か?」
「『死したる邪神の断末魔の叫びは極大の残響となりて、彼方の時空より恐るべき脅威を呼び寄せた。英雄たちは再び剣を取り、大いなる闘争へと臨む。これは、遍く全ての厄災を生み出した永劫の始原へと至る物語である……』」
「ほほー……いいねぇ!」
「それで最後に永劫樹から葉っぱがはらはらっと枯れ落ちて……タイトルロゴがバーン!! 『Echoes of EternityⅡ』!! ですよ!!」
下の馬鹿騒ぎにも負けない声を張り上げて、人間ティザームービーが終わった。
その熱演に、ほどほどの拍手を送ってやる。
「あの時は全世界が震えましたね! 再生数もとんでもないことになってましたし!」
「はぁ……やっぱり聞かなきゃよかった……」
「ちょ、ちょっとせっかく人が熱演したのにそれはないですよ!」
「だって、余計にやりたくなるだろ……」
人生で最大の溜息を吐き出しながら、再び酒の入った杯を仰ぐ。
どれだけ酔ってもこの未練はなかなか消えてくれなさそうだ。
そう考えながら、ふと見上げた窓の外に信じられない光景を見た。
「永劫樹……枯れてんだけど……」
いついかなる時も煌々と輝いていた巨大樹が輝きを失っていた。
街の明かりに照らされた枝は生気を失って変色し、茶色い葉が王都へと降り注いでいる。
意図せず、自然と笑みが溢れた。
どうやらこの世界はまだまだ俺を楽しませてくれそうだと。
第二章 ~完~
◆◆◆◆あとがき◆◆◆◆
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
本作を気に入って頂いた方は是非、作者の他作品も読んでみてください。
「大迷宮は英雄を求めていない」(現代ダンジョン物)
https://kakuyomu.jp/works/16817330668523458034
「光属性陽キャ美少女の朝日さんが何故か俺の部屋に入り浸るようになった件について」(ラブコメ)
銀の槍は砕けない ~一章終盤で死亡する序盤無双キャラに転生したハードコアゲーマーは超効率プレイで悲劇を打ち破る~ 新人 @murabitob
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