第58話:動乱の結末

 気がつくと、やたらとデカくてふかふかとしたベッドの上にいた。


 それ以前の最後の記憶は、残った力を振り絞って奴に槍を突き出した瞬間のこと。


 どうやらあれで力を使い果たして気を失ってしまっていたらしい。


 あの戦いがどういう結末を迎えたのかは分からないが、ここが天国でないのなら俺たちは勝ったということだろう。


 身体を起こして、自分の置かれた状況を改めて確認する。


 物が少ないながらも、一つ一つの質は高いことが伺える上品な部屋。


 救護室のような場所ではなく、誰かの寝室らしい。


 その誰かが誰なのかもすぐに分かった。


「すぅ……すぅ……」


 テーブルに突っ伏しながら熟睡している黒髪の女。


 机上には画材道具と、何枚もの人の寝顔のスケッチが散らかっている。


 今のうちに全部捨ててやろうかと思ったが、今回の功労者なので見逃してやることにした。


「それにしても……なんでこいつの部屋なんだ?」


 理由の分からない不可解さと、知った女のベッドで寝ていたという気恥ずかしさに頭を掻く。


 とりあえず、こいつを起こして寝ている間に何があったのかを聞こうかと考えていると――


「失礼します」


 扉を開けて別の誰かが入室してきた。


 まだ僅かに重たい身体を動かして、その人物の方を向く。


「隊長! 起きられたのですか!」


 珍しくをしたナタリアが立っていた。


 その後ろからレイアとミツキが続いてくる。


「た、隊長さん! 良かったぁ……」

「お兄ちゃん、おはよー」


 安堵の表情を浮かべながら大きく息を吐き出すレイアと、いつも通りのミツキ。


「心配かけたみたいだな。もしかして、そんなに長いこと寝てたのか?」

「はい、あの地下で倒れてからちょうど五日になります」


 二人に代わってナタリアが疑問に答えてくれた。


「そんなに寝てたのか……道理で身体がこんなに重いはずだ。でも、なんでこいつの部屋なんだ?」


 まだすやすやと寝ているネアンを指差して次の質問をする。


「それに関しては色々と理由がありますが、まず過日の市街戦で特務の隊舎が全壊したのが一つです」

「……まじで?」

「はい、まじです。なので当初は王宮の医務室を考えてたのですが、諸々の事情でそこも利用できず、やむを得ずネアン様の案を採用することに」

「なるほどな。王宮の医務室が使えなかった諸々の事情ってのはなんだ? まさか、あんだけ頑張って戦ったのに、王様が結局掌返ししてまだ反逆者のままなのか……?」

「いえ、その逆です。実は――」


 考えうる最悪の事態を想定して尋ねたが、返ってきたのは全く逆の内容だった。


 俺が気を失ってからの五日間の出来事がナタリアの口から語られる。


 まず、浮遊大陸からの攻撃に端を発した一連の破壊活動は、全て儀典聖堂の祭場警備隊副長のマイルス=ウェイン及びその部下たちによるものだと正式に発表された。


 この時点で俺たちの反逆行為は超政治的な判断によりになり、代わりに巫女ソエル=グレイスが率いた第三特務部隊がそのクーデターを阻止したという誰にとっても都合の良い物語が作られた。


 そうして俺たちは、自分たちが考えていたのとは全く別の形で英雄として担ぎ上げられることになった。


 さっきナタリアが言った諸々の事情というのも、英雄を率いた男の顔を一目見ようと大量の市民や記者などが王宮に押し寄せてきたせいらしい。


 一方で、俺たちのクーデターが上書きされたのなら当初の目的は達成出来ていないんじゃないかという疑問にも既に答えは用意されていた。


 神王フリーデン=エタルニアは、儀典聖堂の人間が今回のような事態を引き起こしたのは教団の腐敗に原因があると断言。


 同じ事が再び将来起こらないためにと、教団と政治との段階的な分離を行っていくと宣言した


 当然それは教団上層部から大きな反発を生んだが、そんな声を瞬く間に押さえ込んだのが枢機卿ダーマ=カーディナル。


 生死の境を彷徨って目を覚ました彼女はまるで憑き物が落ちたかのように穏やかになり、フリーデンの理想を実現する協力を自ら願い出たらしい。


 残った問題の種である革命団のリーダーであるアイク=クームズは、フリーデンに何かを言い残して仲間と共に姿を消した。


 察するに、自分を助けたあの少年王が何を成し遂げるかを自分の目で見届けるための猶予を与えたんだろう。


 まだまだ問題はあるが、この時点で俺たちの目的はとりあえず達成された形になる。


 マイルスによって出現した浮遊大陸は依然として王都周辺の上空を漂っている。


 それ自体に害はないが、流石に一朝一夕で恐怖が晴れることはなく、市民たちは未だにかなり警戒しているらしい。


 何故か浮遊大陸と機甲兵たちの管理権を手にしたロマは、それらを上手く活用した新しい商売を考えているとか。


 そして最後に、マイルス=ウェイン及びユーダス=アステイトについて。


 極限まで増加させ、概算で億を超えるダメージを受けた奴の身体はその人格を封じた剣ごと虚空へと消え去った。


 あの時点で完全に消失したのか、再び過去に戻って死病で人生に幕を閉じたのかは分からないが、今の俺たちに影響がないことが全てだろう。


 とにかく、『神国動乱編』は少し逸れはしたが、ほぼ俺たちの望んだ形で決着がついた。


 政治的に大変なのはこれからだろうが、俺の仕事は攻略まで。


 後は、精々ネアンこいつに骨を折ってもらうことにしよう。


「あ、あの……それで話は変わるんだけど、隊長さん……。あの時のこと……」


 動乱についての話が終わるや否や、もじもじと恥ずかしがりながらレイアが口を開いた。


「あれは……その……あの人の気を逸らすためだったっていうのは分かってるんですけど……。私も初めてだったわけで……だから、その……」


 頬を赤く染めながら、上目遣いに俺の方をチラチラと見やるレイア。


 ナタリアの方も僅かに緊張した面持ちで俺の言葉を待っている。


 俺は遂に、その話題から逃げられない時が来たのだと理解した。


「えー……あれはだな。その……もちろんお前の言う通り、敵の意識を逸らすためだったんだけど……」


 攻略チャートを考えている時と違って、全く言葉が出てこない。


 一人のオタクとして感じている神聖さが、これ以上踏み込んではいけないと警鐘を鳴らしている。


 ユーダスあいつのように欲望のままに聖域を侵すような人間にはなりたくないと。


 そうしてまた、この話から逃げることばかりを考えていると――


「むにゃむにゃ……NPCじゃありませんよぉ……生きてるんですよぉ……」


 隣から聞こえてきたネアンの寝言。


 その言葉が俺の心に棘のように刺さっていた感情を溶かしていった。


 そうか……そうだよな……。


 あの時、ネアンにそう説教しておいて、一番こいつらと向き合おうとしてなかったのは誰よりも自分だったのだと今更気が付いた。


「俺は……お前らのことを心の底から大事に思ってる。だからこそ今の関係を崩したくないと思って、一線を引いてきた。その方が全部、上手くいくって考えてたからだ」


 これまで隠していた本音を吐露する。


 適度な距離感を維持しながら、時には好意を利用していた。


 あいつのようになりたくないと思いつつ、俺は別の方向に最悪な男になりかけていた。


「でも、レイアとのことがあったからってわけじゃないけど……今日からはそれを少し改めてみようと思う」


 とはいえ、このファン感情としての神聖さはすぐに拭い去れるものではない。


「今すぐにどうこうって答えは出せないかもしれないけど、一人の男としてお前たちに向き合って行こうと――」


 責任を取るなんて大層なことはまだ言えないが、それでもこの世界に生きる一人の人間として一歩先に進む決意を――


「だから、ほら……心臓の音を聞いてみてくださ……って、あん……そんな乱暴な……シルバさんは本当に私のこれが大好きですねぇ……そんなに大きいのが好きなんですかぁ……?」

「「「!?」」」


 全員で同時にネアンの方に振り返る。


 机の上に突っ伏しながら、まだ爆睡している。


 このタイミングでなんて寝言を言ってんだ、こいつは……。


「隊長……? 今のはどういうことですか……?」

「た、隊長さん……? 私にあんなことしといて、知らない間にネアンさんと……」


 冷たい目で俺を見据えるナタリアと、目に涙を蓄えているレイア。


「いや、寝言……ただの寝言だろ……。俺はそんなこと――」

「この大きさと柔らかさを知ったら他のでは満足できないって……もう、恥ずかしいからあんまりそういうことを何度も言わないでくださいよぉ……確かに、一番大きくってふかふかなのは紛うことなき事実ですけどぉ……」


 更に事実無根の寝言が述べられていく。


「貴方という人は……次の業務があるので、これで失礼します。お疲れだと思うので、どうぞ好きなだけ休んでいてください」

「おっぱい……やっぱり、おっぱいなんだ……もっと大きくしないと……」


 汚物を見るような目のナタリアと、自分の胸を確認しながら絶望しているレイアの二人が揃って退室していく。


「お、おい……だから今のはこいつの適当な寝言で、俺はそんなこと――」


 バタンと強く閉められた扉によって、弁解の言葉はかき消された。


 なんで? 俺は何も悪くないのに……。


「お兄ちゃん、大丈夫……? なんだかよく分からなかったけど、私はお兄ちゃんの味方だよ?」


 一人残ったミツキが消沈した俺の頭を撫でてくれる。


「ミツキは優しいなぉ……ほら、飴をやろう」

「わーい」


 ミツキの口に飴玉を入れながら考える。


 最大の危機は乗り越えたが、この女難の相だけはしばらく乗り越えられそうにないなと。


「やっぱり……私のベッドが一番大きくてふかふかですよねぇ……いっぱい休んでくださいね……本当に、お疲れ様でした……むにゃむにゃ……」

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