第57話:7892回

 黒い光の爆発を受けて、ユーダスに闇属性ダメージと僅かな怯み効果スタンが与えられる。


 その効果と光が消えたのと同時に、再びネアンの身体から全く同じ現象が発生する。


 回避不能の行動阻害効果の連鎖。


 それが何度も、何度も何度も何度も繰り返されていく。


 十回を越えても二十回を越えても止むことはない。


 動くことの出来ない状況下で、ユーダスは闇に取り込まれる前に見た光景を思い出す。


 これはあの根暗メンヘラ牛乳女が付けていたユニーク装備【黒き復讐者の指輪】の反撃効果だと。


 だが、自分が与えたダメージは今も胸に突き刺さっているはずの一撃だけ。


 これだけ何度も反撃効果が再発動するのは、別に何らかの作用が働いている。


 しかし、視界は闇に包まれて怯み効果で身動きが出来ない彼に類推出来たのはそこまでだった。


 シルバが状況を作るために用いたのは、【黒き復讐者の指輪】以外に、二つの装備と一つの現象。


 一つは、バーリの街の武術大会で手に入れた【壊死の魔杖ネクローシス・ケイン】。


 召喚物が死亡する度に無属性自傷ダメージを受けて、魔力を強化する効果を持つ杖。


 もう一つは、旅の最中に倒した巨竜ニーズホッグの素材から作った【犠牲の協約サクリファイス・コヴェナント】。


 自らが受けたダメージの半分を召喚物と共有する効果を持つアミュレット。


 そして、最後の鍵を握るのが王都市街に召喚された一万体の【不死者の軍勢イモータル・レギオン】。


 これらの相互作用は、まず最初に敵の懐に潜り込んだネアンがダメージを受けることで起動する。


 最初の攻撃を受けたネアンは【黒き復讐者の指輪】の反撃効果で敵を攻撃&拘束しながら、【犠牲の協約】によって【不死者の軍勢】の一体へとダメージの半分を移し替える。


 耐久力の低いアンデッドは共有ダメージで倒れ、それによって今度は【壊死の魔杖】の召喚物死亡時効果が発動される。


 デメリットの自傷ダメージによって【黒き復讐者の指輪】の反撃効果と【犠牲の協約】のダメージ共有効果が再び引き起こされる。


 この効果のループが、彼女の召喚物である一万体のアンデッドが尽きるまで延々と繰り返される。


 それがシルバの考えたネアン=エタルニアの連鎖自爆特攻ビルド。


 無限の耐久と、常軌を逸した世界への愛を持つ彼女にしか出来ない最強の攻撃。


 胸に刺さった刃と自傷ダメージの激痛の中でも、ネアンは決してユーダスを逃さないように剣の刃を強く握りしめる。


 一体、一体これはいつまで続く!?


 闇に捕らわれながらユーダスは考える。


 連鎖の回数は既に三桁を越えていたが、一向に止まる気配を見せない。


 分散受けによってダメージの九割以上はカット出来ているが、一撃毎にその威力は増加している。


 いくら最硬の防御とはいえ、これが無限に続けば耐えられない。


 彼の不安を後押しするように、一千回を越えても攻撃が止まる気配はない。


 【黒き復讐者の指輪】の反撃効果は0.25秒のクールダウン毎にきっかりと繰り返されていく。


 反撃効果が一度発生する度に、王都市街でアンデットが一体ずつ倒れていることを彼が知る由はない。


 三千回を越えて、一撃一撃のダメージが無視出来ない大きさになってきた。


 久しく感じていなかった激痛が全身を襲い始める。


 五千回に到達し、ダメージから思考力が大きく低下してきた。


 倒れたいのに、決して倒れられない生き地獄。


 しかし、その中でも彼はいずれ来るはずの終わりに向けて作戦を考えていた。


 耐える。絶対に耐えきってやる。


 あの女も同じように爆発に囚われている以上は、いずれ終わりが訪れるはず。


 これを乗り越えれば、今度こそ隙は見せない。


 即座に体勢を立て直して、全員を皆殺しにしてシルバやつの身体を奪ってやる。


 そうして向かえた八千回近い爆発が収まったと同時に、ユーダスは久方ぶりの光を見た。


 彼が剣を突き刺していたネアンは心身の限界を向かえて、その場で倒れる。


「おわ……った……」


 ボロボロになった身体が膝から崩れ落ちそうになるのに耐えて、彼は懐から赤い液体の詰まった薬瓶を取り出した。


 エリクシル――全ての体力とあらゆる状態異常を治癒する最上級の回復アイテム。


 予言書を通じてマイルスに作らせておいた彼の切り札の一つだった。


 これさえあれば即座に体勢を立て直せると、周囲の状況を確認するよりも先に瓶に口をつけるが――


「……えっ?」


 ユーダスは地下にあるまじき太陽の如き光輝を目撃する。


 その光の根源は、身の丈よりも大きな銀の槍。


 まさか、まさかまさかまさか……。


 ユーダスの胸中に最悪の予感が去来する。


 彼は自分が少し前に考えたことを思い出す。


『もし自分を倒せる可能性があるとすれば、それは極限までダメージ増加スタックを溜めたアストラルフォージの一撃だけ』


 最初から分かっていたはずだった。


「ななせん……はっぴゃく……きゅうじゅうにかい……」


 文字通り死ぬほどの思いで耐えきった先の攻撃回数をユーダスが口にする。


 きっかりと0.25秒周期で発動した八千回近い爆発。


 それが最初から自分への攻撃が目的ではなく、アストラルフォージのスタックを溜めるためだったのだとしたら……。


 ありえないと内心で否定しつつも、それだけの正確な操作を行える者を彼は知っていた。


 どれだけ挑んでも決して越えられなかった壁として最も憧れ、最も憎んだ男。


 7892回分の眩い銀の光を纏った槍をシルバが突き出す。


 攻撃の到達までに、エリクシルの長い使用時間では間に合わない。


「……じゃあな」


 どこか物悲しさを含んだ決着の言葉は――


「ちくしょおおおおおおおおッッ!!」


 最後の戦いにおいても自らの敗北を悟ったユーダスの叫びに、かき消された。

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