第56話:最強のビルド
「あ、ああぁ……あ゛あ゛あ゛あああああッッ!!」
ユーダスが極まった悲痛の叫びを上げる。
シルバが取った行動は、無敵の防御を越えて彼の脳の奥深くに深刻なダメージを与えていた。
一方、当事者のレイアは自分の身に何が起こったのかを確認するように指先で唇を撫でる。
確かに触れた柔らかい感触と男の匂い。
それは彼女がこの数ヶ月で最も切望したものに違いなかった。
先の感触が現実のものであったことを理解すると、レイアはその顔を蕩けさせた。
「隊長さん……もう一回……もう一回、してください……」
自らの置かれた状況を忘れたかのように、もう一度キスして欲しいとシルバにねだる。
その声は、何千何万時間とEoEに費やしてきたプレイヤーでも初めて聞く程に甘く蕩けていた。
シルバは言葉ではなく、同じ行動をもう一度繰り返すことで応えた。
彼女の顔を引き寄せて唇を重ねる。
今度はレイアの方も自らシルバの大きな身体を抱き寄せる。
最初は小鳥が啄むような軽い接触から、少しずつ深く濃厚な接触へ。
レイアの方から更に深い接触を求めて舌を差し入れると、シルバもそれに応えて粘膜同士を淫靡に絡め合う
「んっ……っちゅ……んぁ……」
念願の叶ったレイアは一心不乱に人生最大の幸福を享受し続ける。
その間も周囲の空間はまるで時間が停止したような静寂に包まれていた。
ネアンは頬を赤らめながら両手で口を覆い。
カイルも自ら置かれている状況を忘れたかのように呆けている。
他の者たちも各々が異なる所感を抱きながら、その情事を眺めていた。
再び、ゆっくりと顔が離される。
濃密な接触に細い糸を引いた涎を、レイアは名残惜しそうに見送る。
「ぎぃいいいいいいいッッ!!!」
脳に深刻なダメージを受けたユーダスが、身体を不自然な方向に捻らせながら奇声を上げる。
「えへへ~……隊長さん、好き……大好きぃ……」
そんな彼には意識の0.00001%も割くことなく、レイアはシルバの腕を取って愛おしそうに抱きしめる。
シルバはそんな彼女の頭を優しく撫でながら、再びユーダスへと向き直る。
「……ってわけだ。理解したか? お前の大好きなレイアは既に俺色に染めちまったよ」
ダメ押しとばかりにシルバは胸元から取り出した鏡をレイアへと向ける。
ユニークアイテム【
本来が他人の姿を模倣するためのアイテムが、もっと好きな人の好みの女性になりたいと願うレイアの深層心理を汲み取って彼女の姿を変えた。
なんということでしょう……!
全身を包んでいた重たい印象の隊服が、流行の若者ファッションに早変わり。
まだ発展途上ながらも、しっかりと女性らしい肉感のある太腿を大胆に晒すショートパンツ。
作中では鉄壁のガードと言われていた胸元を惜しげなく露出した肩出しトップスに、清涼感のある薄手の羽織物。
とっつきづらそうな硬い印象から一転して、快活な美少女へと変貌を遂げました。
また白一辺倒で退屈だった髪色も、流行りのインナーカラーに彼好みの銀色を取り入れて垢抜けた大人らしさを演出。
ゲームのクール系清楚ヒロインの印象とは全く異なる、シルバ=ピアースプロデュースの新生レイア=エタルニアがここに誕生しました。
「やめろ……やめてくれ……これ以上、俺のレイアを汚さないでくれ……」
頭を抱えながら、まるで親に怒られた子供のように震えるユーダス。
俺の好きなレイアは、こんな売女みたいな格好はしないと嘆き悲しむ。
「隊長さん……もっと、もっとぉ……」
「……後でな」
その間も生まれ変わったレイアはシルバに、もっと触れて欲しいキスして欲しいと甘い声でねだり続けている。
女として生まれた悦びを知り、それ以外は何も考えられない恍惚の表情。
自分以外が見てはいけなかったその顔が、最も憎い男に向けられている事実。
長年彼女だけをただ思い続けたユーダスにとって、それは到底受け入れられなかった。
「なんで……なんでそんな男なんかに……俺の方が君を愛してるのに……! どいつもこいつも! そんな奴の何がいいんだ!」
心の奥底から絞り出したユーダスの言葉に――
「ん~……顔」
レイアは無慈悲に答える。
彼の脳は二度と修復不能なほどに弾けて壊れた。
「だったら、そいつの身体を奪ってやる!!」
もはや完全に目的を見失ったユーダスが、カイルの身体を投げ捨てた。
これまでの流麗な足取りとは全く違う、怒りに満ちた重たい歩調でシルバに接近する。
俺の女神を汚した男の身体を奪って、自分で何度も何度も上書きするしかない。
憤怒のみで構築された意識の全てがシルバのみへと向けられる。
故に、彼はその接近に気づけなかった。
「とりゃー!!」
ネアンが振り上げた杖を、ユーダスの頭部へと向かって振り下ろす。
近接クラスではない女の鈍重な攻撃。
油断して接近こそ許したが、最強無敵の自分をどうにか出来るわけがない。
シルバへと向けていた剣先を、ネアンへと向けて攻撃する。
「ぎゃーー!!」
鋭い刃がその胸を貫き、ネアンは口から赤い血を吹き出す。
「うぅ……痛い……痛いよぉ……」
自らの心臓を貫く刃をネアンは涙を流しながらギュっと強く握りしめる。
まるで、捕まえたのは自分の方だと言わんばかりに。
「なんだお前、何がした――」
「でも、私! やりましたよ!
吐血しながら興奮する変な女に疑問の言葉を紡ごうとしたユーダスは、彼女が左手薬指に装着した指輪を見て戦慄した。
EoEにおいて、あらゆるキャラがあらゆる装備を利用出来ると仮定した場合の最強のビルドは何か。
ハードコアスピードランの全ボス撃破カテゴリで世界二位の記録を持つ男は、【
多くのプレイヤーはそれに同調し、以降の最強議論においてユーダスの名前は半ば禁じ手となった。
しかし、全カテゴリで世界一位の記録を持つ男の見解は違う。
彼だけは、連鎖自爆特攻ビルドのネアン=エタルニアこそが最強だと考えていた。
「この世界は私が守るんだー!!!!」
ネアンが叫んだ直後、その身体から放たれた黒い光が二人を呑み込む。
それは本来、試されることのない机上の議論のはずだった。
しかし、その最強の矛と最強の盾の戦いは運命の悪戯によって今ここに実現された。
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