第55話:流儀
「これ……どういう状況?」
機甲兵の背中から飛び降りたカイルが辺りを見回す。
レグルスの弁によれば、シルバはこれまでにない強大な敵と戦っているはずだった。
しかし、知っている顔以外に見えるのはしょぼくれた中年男性が一人。
到底王都を危機に陥れた巨悪と戦っているようには見えない。
「それは俺の台詞だ。お前らはともかく……なんでこのデカブツがいるんだ?」
同じく困惑するシルバが、カイルへと尋ねる。
彼が指差しているのは巨大な四脚の機甲兵。
ゲームの知識を有する彼からすれば、それはDLC第二弾のボス『FT-1000BX』。
浮遊大陸と共に襲撃してきたのは理解出来るが、主人公一行と協力している理由は彼をもってしても理解できなかった。
【私の名前はFT-1000BX。デカブツではありません。訂正を求めます】
「それがなんか色々あって、ロマさんが説得したら急に態度を改めたとか……」
「ロマが……? まあいい。お前らがここに来たってことは、外の方は片付いたって認識でいいんだよな?」
予想外の名前にシルバは少し訝しむも、今はそれより目の前の敵だと切り替える。
「はい、上から降ってきたのは全部動かなくなったんで、後のことはレグルスさんたちに任せて隊長の助太刀に来たんですけど……もしかして、残りの敵ってあのオッサンだけ?」
カイルが改めてユーダスの方を見る。
極寒地域に群生する強靭な魔物、大量の断層から出現した無数の魔物、神話級の暴威を誇る黒い竜、天に浮かぶ大陸から降り立った謎の巨兵。
半年前から想像を絶する体験を重ねてきた彼からすると、とてもではないが強敵には見えなかった。
「油断するな。前に戦った黒い竜の三十倍は強いぞ」
「……まじっすか?」
「ああ、まじだ」
敵の姿に油断しているカイルに、シルバが気を抜くなと警告する。
一方、侮られたユーダスの方はそのことを気にする素振りも見せずにカイルを見ながら嗤っていた。
「カイル……カイル……カイル、カイル、カイル! カイル=トランジェント! よく来てくれた! おかげでこっちから探す手間が省けた!」
歓迎するぞと言わんばかりに両手を広げて、主人公の来襲を喜ぶ。
「な、なんで俺の名前知ってんの……?」
見知らぬ男に名前を知られていたカイルが一歩後ずさる。
「貴様が誰かは知らぬが……この騒動を引き起こした者であるというのなら相応の報いは受けてもらう!」
下がったカイルと入れ替わるように、ナタリアが一歩前へと踏み出て言う。
「踊り子ビルドのナタリアか……こうして見るとただの痴女だな。愛しの隊長に言われるがままにそんな格好してプライドはないのか? それとも抱いて欲しくて自分からアピールしてんのか?」
「き、貴様ッ……!」
侮辱の言葉を投げかけられたナタリアがユーダスを睨みつける。
「この人数差でよくその余裕を保っていられるわね」
「人数差……?」
「そうよ。どう見ても勝ち目はないんだからさっさと降参した方がいいんじゃない?」
「あっはっはっは!! 人数差か!! それは傑作だ!! お前らは虫けらを頭数に勘定してんのか!?」
少し気だるげに合理的判断を促すアカツキの言葉をユーダスが笑い飛ばす。
「……どういうことよ」
「こういうことさ」
ユーダスの身体がシルバたちの前から姿を消し――
「……ござっ!?」
何が起こったのか理解するよりも早く、離れた場所に降り立っていたタニスが一瞬にして斬り伏せられた。
その場に居た誰もが、ユーダスの動きを目で追うことすら出来なかった。
「タニスさん!」
レイアが倒れたタニスへと駆け寄り、魔法で治療を行う。
「雑魚が何匹増えたところで俺の敵じゃない」
ユーダスはそう言いながら剣を振って血を払う。
アカツキは、自分の言葉がとんだ誤りだったと気づいて息を呑む。
「前は俺とカイル、それからこのデカブツに任せて、他は後方からの支援に回れ」
シルバはそう言って、半数の仲間たちを後ろに下がらせる。
自分を含むこの三人以外は、一撃たりとも攻撃に耐えられないとの判断だった。
「おい、私を忘れてくれるな……」
起き上がってきたクリスがシルバたちの戦列に加わる。
「さっきの怪我は大丈夫なのか?」
「問題ない。あれくらいで倒れていられるか……」
そう言いながら、立っているのもやっとな激痛を堪えるクリス。
しかし、自分の部下が起こした騒動は自分の手で納めなければという使命が彼女を立たせていた。
「……何をコソコソと喋ってる? 遺言か?」
「お前を倒すための作戦会議だよ」
「ほう……なら、やってみろ!!」
ユーダスが再び高速の居合で、今度はシルバを狙う。
背信者ユーダスの基本行動にして、単一スキルとして見ても超高性能なブリンクと五連続攻撃が一体化した作中最速の攻撃。
「ぐっ……!」
三千を超す敗北の中で、何万回も受けて覚えたタイミングに合わせてシルバが槍を振るう。
初撃をなんとか【星光の滅却】で弾くが、続く連撃は受け止めきれずに全身が斬り刻まれる。
それでも倒れることなく、敵を現在の地点でかろうじて食い止める。
「喰らえッ!!」
「マイルスッ!!」
シルバが抑え込んでいるユーダスを、カイルとクリスが挟撃する。
氷で精製された剣と身の丈程の騎士剣。
二種の刃が同時に敵の身体を捉えるが――
「だから、無駄だって何度も言ってるだろ」
その表皮にさえ傷つけることなく、やすやすと受け止められる。
続け様にユーダスは、身体を回転させて全方位を薙ぎ払う。
神速の剣閃から一瞬遅れて凄まじい衝撃波が放たれた。
三人の身体が、まるで紙細工かのように軽々と後方に吹き飛ばされる。
「さっき、なんて言ってた? 俺を倒す方法? それはどうやるんだ? 早く見せて――」
吹き飛ばした三人をユーダスが嘲っていると、その頭上に鋼鉄の塊が落とされた。
圧倒的な質量差に足元の床が沈む。
【管理者ロマからの命令。『兄貴の指示に従え』を履行。対象、パっとしない中年男性】
頭頂部に走った僅かな痛みに、ユーダスが顔をしかめる。
「この裏切り者のガラクタが……!!」
剣が上方へと振られ、彼の頭を押さえていた巨大な左腕が斬り飛ばされた。
人の身体程もある質量の塊が宙を二転三転とし、聖所の床に叩きつけられる。
【左腕欠損。両腕の喪失により戦闘能力が大幅に低下。命令の遂行に大きな支障有り】
「さあ、次は誰だ!? 雑魚は雑魚らしく、精々俺を楽しませてみせろよ!」
三人と一体を瞬く間に倒したユーダスが、呆然とするネアンたちに向かって叫ぶ。
「じゃあ、こいつはどうだ?」
自己診断を行うFT-1000BXの陰から銀色の影が躍り出た。
それが立て直してきたシルバだと気づいたユーダスの胴に、強烈な刺突が見舞われる。
「ぐっ……!!」
その一撃に、彼は初めて小さな苦悶の声を上げた。
「なるほど……ソウルテイカーか……」
自らの胴に刺さった槍を見ながらユーダスが呟く。
ヒット属性のダメージの一部を、ロスト属性へと変換するユニーク等級の槍。
分散受けビルドに対して、闇DoT以外でダメージを与える唯一の武器。
これなら確かに自分を倒すことが出来ると、シルバの攻略知識に僅かな感心を抱くが――
「……で、このなんとかかすり傷を付けられた槍がまさかお前の切り札か?」
ユーダスが黒い槍を掴みながら嘲笑する。
シルバが全霊の力を込めて放った一撃は、穂先がほんの僅かに本体を捉えているだけ。
ダメージに換算すれば、それは気の遠くなるような極小の数字だった。
「これで何百回、いや何千回攻撃すれば俺を倒せる?」
「塵も積もれば山となるって言うだろ? 積み重ねをあんまり甘く見るなよ」
「ああ、そう。なら精々足掻いてみせればいい!」
シルバの身体が槍ごと持ち上げられ、近くの壁に投げつけられる。
背中から強かに叩きつけられたシルバは苦悶に顔を歪めながらも、回復アイテムを使ってすぐに体勢を立て直す。
しかし、その後も幾度となく繰り返された波状攻撃をユーダスは圧倒的な力を以て退けた。
「弱い! 弱すぎる!」
聖所中に勝ち誇る大声が響き渡る。
彼が受けた極僅かなダメージに対して、第三特務部隊たちは既に壊滅的な被害を受けていた。
瀕死の重傷を受けて床に倒れているカイル。
全身を虚脱させて壁にもたれたまま、僅かさえ動かないクリス。
蚊の鳴くような駆動音を僅かに立てながら沈黙しているFT-1000BX。
唯一ユーダスの攻撃対象でないレイアだけが皆を懸命に治療しているが、それも今や全く追いついていない。
「そういえば……MODの俺相手に勝ったとか言ってたな? 確かに、お前なら不可能じゃなかっただろう。それは認めてやる。だが……今の俺の強さはそれを遥かに凌駕する! もはや誰であっても勝つことは不可能だ!」
敵対者たちを見下ろしながらユーダスが高らかに宣言する。
その言葉には一切の誇張がなかった。
死病を克服した人類最強の武力に加えて、ゲーム知識を集約した無敵のビルド。
この世界に自分を止められる存在は、誰一人として存在しないと彼は確信する。
「さて、最後の仕上げといくか……」
ユーダスが倒れているカイルの方へと歩いていく。
彼の下へと到達すると、その髪の毛を掴んで身体を持ち上げた。
「ぐっ……何する、つもりだよ……」
「お前の身体を貰う」
苦悶の声を上げるカイルに、ユーダスが要求を端的に告げた。
「俺の身体って……なんで、んなことを……」
「それはもちろんレイアのためだ。こんな男の身体で彼女と結ばれるのは俺も流石に忍びないからな」
そう言いながらユーダスは現在の自分を見て笑う。
「い、意味わかんねぇんだけど……」
カイルは身を捩らせて逃れようとするが、深い傷を受けた身体では抵抗もままらない。
「別にお前が理解する必要はない。ただ、大人しくその身体を明け渡せばいいだけだ」
ユーダスがその場の全員に見せつけるように剣を掲げる。
残響を通して二千年の時を越え、自らの人格を今の身体に転写させた呪いの剣。
これを使って自らが主人公に成り代わり、ヒロインのレイアと結ばれる。
それが遥か過去に彼が打ち立てた計画の最終目標だった。
「く……そっ……」
シルバは地面に倒れ伏しながら、その光景を見ていることしか出来なかった。
重度のダメージが蓄積され、もはや立ち上がることすらままならない。
彼が用意してきた
しかし、今の戦力差ではそれを行うことすら遥かに遠いと痛感していた。
「た、隊長さん……。私があの人に頼めば……みんな、助けて貰えるかな……」
「レイ……ア……」
ぼやけた視界で、シルバは悲痛な面持ちを浮かべるレイアを見る。
「お前は……それで、いいのか……?」
「良くはないけど……でも、みんなが……」
声を震わせ、倒れた仲間たちに懸命の治療を施しながらレイアが言う。
理由は分からないが、敵は自分に異常な執着を見せている。
なら、自分が身を捧げればみんなは助けて貰えるのではないか。
何よりも仲間をこれ以上、無為な戦いに巻き込みたくない思いが彼女にその決断を下させようとしていた。
「なあ……まだ、俺のことを信頼してくれてるか?」
そんなレイアにシルバが問いかけた。
「……え?」
「章が進むに連れて、初期ステの優位もどんどん落ちていくし……そろそろカイルにも追い抜かれそうなのを必死に知識差でカバーしてるだけの俺だけど、まだ慕ってくれてるか?」
情けない自分を卑下する言葉を吐き出しながら、シルバは考える。
自分の本当の強みは何なのかを。
「それは、もちろん……私が好きなのは隊長さんだけです……」
迷うことなく答えたレイアを見て、シルバは覚悟を決めた。
自分の強みは初期レベルが60なことでも、初期クラスが上位職なことでもない。
ましてや半年で急拵えしたビルドでもなければ、理論上は最強の槍でもない。
「おい! 同接三桁でSNSフォロワー三千人の万年二位男!」
立ち上がったシルバがユーダスの背中へと向かって叫ぶ。
カイルの身体に剣を突きつけたまま、万年二位の言葉に反応したユーダスが振り返る。
「なんだ? もうすぐそれ以下の地の底に転落する雑魚は大人しくそこで俺の勝利をそこで眺めて――」
「お前、とんでもなく大きな勘違いをしてるぞ」
「勘違い……?」
まだ全く諦めていない様子のシルバに、ユーダスが眉を顰める。
もう奴の勝ち筋はどこにも存在しない。
最後の最後まで自分のプライドを守るために虚勢を張っているだけだ。
そう判断してカイルの方へと向き直ろうとした彼の前で、シルバはレイアの顎を指で掴んで自分の方に引き寄せた。
「……えっ?」
レイアが戸惑いの声を上げた直後――
「おい、お前……何をして……ちょっと待っ――」
その行動の意味を理解したユーダスが手を伸ばすが、既に遅かった。
二人の唇が重なる。
突然の行動にシルバ以外の全員が言葉を失う。
ほんの数秒の出来事が、今この場においては数倍数十倍に引き伸ばされていく。
「こいつは俺の女だ。二千年遅かったな」
ゆっくりと顔を離したシルバは、レイアの肩を抱き寄せながら宣言した。
勝つためなら何でもありな流儀こそが自分の強みなのだと。
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