第54話:配信者

「えっ? な、なに……?」


 初対面の中年に名前を呼ばれたレイアが身を退かせる。


「ずっと、会いたかった……! ずっとずっと会いたかった……!」


 そんな彼女の心など知る由もなく、ユーダスは感極まった声で更に続けていく。


「俺はこの時を夢見て……君に会うためだけに、二千年の時を越えてきたんだ!」

「ほ、ほんとに何……? ど、どういうこと……?」


 一方のレイアは、迫りくる見知らぬ中年男性にただただ恐怖を募らせる。


 同行してきたクリスの背に隠れるように後退りしながら、困惑に満ちた視線を向けるしかなかった。


「観念しろ! マイルス! もう逃げ場はないぞ!」


 事情を知らないクリスが、かつて部下だった男の名前を叫んで剣を突きつける。


「……誰だ、お前は?」


 彼女の性別がゲームと違うこと知らないユーダスは、見知らぬ女に怪訝な目を向ける。


「く、クリスさん! 気をつけてください! その人はもうマイルスさんじゃありません!」

「マイルスじゃない……? どういうことですか……?」

「こういうことさ」


 ネアンの言葉に戸惑うクリスの前にユーダスが移動する。


 瞬き程の時間にも満たない一瞬の出来事に呆気に取られたのも束の間、鋭い蹴りがクリスの脇腹を捉える。


「がはっ!!」


 苦悶の声を上げ、真横に吹き飛んだ身体が近くの彫像に叩きつけられた。


「クリス……クリス……もしかして、クリス=カーディナルか? なんで女になってんだ?」

「き……貴様まで、何を……」


 たった一撃で立つことも困難な程のダメージを受けながらクリスは敵を見上げる。


 全く同じ姿ながら、自分の知るマイルスとは桁違いの実力と異質な物言い。


 自分の常識では理解の追いつかない何かがこの場で起こっているのを彼女は実感した。


「話にも戦いにも付いてこれない雑魚はそこで寝てろ。俺と彼女の逢瀬を邪魔するな」


 唾棄しながらユーダスはまたレイアへと向き直る。


 強い敵意を剥き出しにしていた顔が、再び優しげに綻ぶ。


「大丈夫、怖がらなくてもいい。君には手出ししないし、誰にもさせない」


 そう言いながら、怯えるレイアへとにじり寄っていく。


「さあ、この手を取ってくれ! これからは俺が君を守る! 俺が作る新世界のアダムとイヴになろう!」


 高らかに宣言しながら差し出された左手を見て、レイアは――


「えっ、普通にきもいんだけど……」


 と当たり前のように答えた。


「き、きもい……? 俺が……?」


 今度は言葉ではなく、コクリと小さく頷いて返答される。


 きもい。


 そのたった三文字が無敵の防御を貫通して、彼の心に大きな傷をつけた。


 ユーダスはその場でふらりと立ち眩み、床に膝から崩れ落ちる。


「う、嘘だ……そんな……レイアが俺にそんなことを言うなんて……」


 ボソボソと自分にだけ聞こえる程度の声量で呟くユーダス。


 そんな彼に他の女性陣たちも『確かにきもい』と心中でレイアに同意を示す中、シルバだけは別のことを考えていた。


 自分に比肩しうるゲーム知識と、この常軌を逸したレイアへの執着。


 頭の中でいくつかの符号が一致し、彼の中でもう一つの答えが導き出される。


「お前……もしかして……」


 このユーダス=アステイトのに関する答えが……。


「『古代奈良県人』か……?」


 その名前を聞いたユーダスが、レイアから視線を外して振り返った。


 目を見開き、この場に現れてから初めて驚いたような反応を見せている。


「ど、どうしたんですか? 急に邪馬台国の話なんて……それも九州説支持者に怒られそうな……」


 いきなり妙な言葉を口走ったシルバに、ネアンが戸惑いながら言う。


「そうじゃない。ハンドルネームだ。あいつの中身の話だよ。ガチガチの防御ビルドで固めた前衛で、レイアを守るプレイスタイルのそういう名前のハードコアスピードラン走者兼配信者がいるんだよ」

「ならけん……はんどる……はいしん……あっ! いつも二位の人!」


 遅れて思い至ったネアンも声を上げる。


 しかし、その何気ない一言にユーダスの方からブチっと何かが切れたような音が響いた。


「おい、そこの牛みたいに下品な乳の女……今なんて言った?」

「ひっ……!」


 突如向けられた強烈な殺意に、ネアンがビクっと身体を震わせる。


 しかし、その反応こそがシルバの推察の正しさを証明していた。


「やっぱり、そうか……。だったら知らない仲じゃない。もう一回、落ち着いて話をしないか?」

「知らない仲じゃない……?」

「そうだ。何回も並走したり、同じレースイベントに参加したこともある」

「同じイベントに……ポコタンか? いや、違うな……あいつ程度の実力でこの状況は作れない。ハイゼンベルグ……それも違うな、あのビビりにも無理だ。だったら――」


 ユーダスがシルバの顔を見ながら、思い当たる名前を一つずつ並べていく。


 そうして並べた言葉を自ら否定し続け――


「アルジャか……?」


 最後に残った本命を名前を確信めいた予感を抱きながら発した。


「ああ、そうだよ」


 その問いかけを、シルバは短く肯定した。


「ああ、そうか……やっぱりお前だったのか、最初からもしかしたらそうじゃないかと思ってた……」


 レイアを見つけた時とはまた違う、感慨深い口調でユーダスが言う。


 現地組の二人が話に全くついていけてない中、その名前にいち早く反応したのは隣にいるネアンだった。


「あ、アルジャって……あの『アルジャーノンに右フックを』さんですか!? EoEのスピードランで全カテゴリワールドレコード所持者の!?」


 鼻息を荒くし、興奮気味にシルバへと詰め寄る


「そうだけど……言ってなかったか?」

「言ってませんよ! なんで言ってくれなかったんですか! ちなみにファンです! サインください!」

「……とにかく、互いに顔見知りだって分かってくれたなら一度落ち着いて――」


 迫りくるネアンを押しのけながら、シルバは冷静になって話し合いをしようと呼びかけるが――


「そうだ……そうだったな……。いつもそうやってチヤホヤされるのは、一位のお前の方だった。俺はどれだけ頑張っても二位……EoEだけじゃなくて、どんなゲームでもお前には勝てなかった……」


 ユーダスは応えることなく、どこか遠いところを見るような目で語り始めた。


「配信すれば同接数は桁違い……たまに四桁を越えたと思ったら、後から始めたお前の方にみんな流れて減っていく……。たまに人付き合いで並走なんてした日には、己の惨めさを再確認させられるだけだった……。SNSのフォロワーだって俺はいいとこ三千人なのに、お前は五万人越えだ……」

「あ、あのっ!」


 自虐じみた恨み言を並べていくユーダスに、ネアンが恐る恐る手を挙げる。


「私はフォロワー三十万人でした! 絵描きですけど!」

「……なんでわざわざ火に油を注いだ?」

「その……つい、自慢したくなりまして……」


 えへっと可愛らしく舌を出して笑うネアンを見て、ユーダスの憤怒が最高潮に達した。


「どいつもこいつも人のことを馬鹿にしやがって! 何が万年二位だ! 俺とそいつの何が違う!? タイムだってそんなに大きく変わらないだろ!」


 剣を何度も地面に突き刺しながら、激しい苛立ちを露わにする。


「えっと……声質の良さとかトークスキル……後は、ビジュアルとか……?」

「だから、なんでお前は火に油を注ぐんだ」

「だ、だって……何が違うって聞かれたから……」

「ふっ……はっはっは! そうだ! 今のうちに好きなだけ笑っていればいい! だが、もう二度と会うことはないと思っていたお前とここで再会出来たのは俺に天運がある証拠だ! これは神が雪辱を果たす機会を与えてくれたんだ!」


 狂喜に顔を歪めるユーダスが再び剣を構えてシルバを見据える。


 前世での負けは認めても、この最後のチャンスを物にすればいいだけだと。


「ここでお前を殺して……俺が真のナンバーワンになる! そして、レイアと添い遂げる!!」

「だから、普通に気持ち悪いんだけど……ていうかさっきから何の話?」


 既にレイアの言葉も耳に届かなくなっている程の強い決意。


 これ以上はどう駆け引きしても時間は稼げないと判断したシルバも武器を構える。


 二人の呼吸が合い、戦いが再開されようとした時だった。


 今度は、地下全体を震わせるような重低音が鳴り始めた。


「な、なんですか? この音は?」


 巨大な何かが大地を掘り進むような音が、彼らの方へと猛烈な速さで近づいてくる。


 シルバとユーダスの二人がその正体について類推するよりも先に、天井を砕いて現れた巨体が聖所の中央へと降り立った。


 その凄まじい衝撃に地面は割れ、聖所を挟むように立っていた彫像が次々と倒れる。


【到着。足元に気をつけてお降りください】


 崩壊の音が鳴り響く中、無機質な機械音声が聞こえた。


「何がどうなっているんだ……本当に隊長はこんな場所に……?」

「何なの……急に変なのに乗せられて、こんなとこに……」

「お兄ちゃ~ん!」

「ん……」

「み、皆の衆……大丈夫でござるか……?」


 ナタリア、アカツキ、ミツキ、ファス、タニス。


 降り立った巨大な機甲兵の背中から、次々と第三特務部隊の面々が姿を現す。


「あいてて……もうちょっと優しく着地してくれよ……」

「カイル、大丈夫……?」


 最後に降り立ったカイルとミアの姿を見て、シルバとユーダスが同時に確信した。


 この勝負は俺の勝ちだと。

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