第53話:無敵
「……持病の方は大丈夫なのか?」
居合の構えを取るユーダスに対して、シルバが尋ねる。
「はっ、流石に気づいたか」
自分の正体を隠す様子もなく、ユーダスが答えた。
「大丈夫かどうかは……お前が身をもって確かめれみればいい!」
「……ッ!?」
敵の出方を伺っていたシルバの視界から男が一瞬にして姿を消した。
攻撃の気配を察し、反射的に掲げた槍が斬撃を受け止める。
その感覚が先に有り、直後に二十メートル以上離れていた男の姿が眼前に現れた。
「アストラルフォージか……調子に乗らせると厄介な武器だが、弱点は明白だ」
ユーダスはそう言うと、居合の構えから目にも留まらぬ連撃を放った。
シルバはその初撃をなんとか防ぐが――
「くっ……!」
続く四撃はかろうじて致命打を避けることしか出来なかった。
「初撃をしっかりとパリィで防いだのは大したもんだ。銀の槍の分際でここまで生き延びてるだけはある。だが、秒間四回以上の攻撃に、基本速度の遅い長槍で対応するのは不可能。それが弱点だ」
後方に退いたシルバを追撃することもなく、男は余裕の口ぶりで語りかける。
「シルバさん! このっ……!」
悠然と佇むユーダスへと向けて、ネアンが杖を向ける。
先の戦いで講釈を受けた通りに【
「闇DoTか……こっちの弱点はちゃんと把握してるんだな」
軽減出来ない闇属性の継続ダメージを与えられているにも拘わらず、男は悠然とした態度を崩さない。
「な、なんで……」
「
その事実を誇示するように、ユーダスはネアンの魔法をわざと受け続ける。
ネアンも更に力を込めて魔法を行使し続けるが、男はどれだけ生命力を吸収され続けても平然としている。
「【セカンドウィンド】と【クイックリカバー】、それに【エントロピー】か……」
苦痛に顔を僅かに歪ませながらシルバが三つのパッシブスキルの名を挙げる。
セカンドウィンド:受けた継続ダメージの半分を同じ時間をかけて回復する。
クイックリカバー:持続回復の効果を50%増加させる代わりに持続時間を半減させる。
エントロピー:継続スキルの効果量と持続時間を増加させる。
この三種の相互作用によって、弱点である闇属性継続ダメージを無効化しているのだと。
「流石によく知ってるな。その通り、このビルドは闇DoT対策に回復機構を組み込んで初めて完成する。それはあのクズには無理だったが……今の俺には出来る」
それが割れたところで何の問題はないと、自らの情報を敢えてひけらかす。
「さあ、もう理解しただろ! 俺の身体は完調だ! 死病は消えた!」
両腕を開いて自分の存在を誇示し、さらなる絶望の材料を二人に突きつける。
「死病に侵されてない背信者ユーダスか……そりゃ確かに絶望だ。ファンメイドのMODで戦った時は二回くらいコントローラーをぶん投げた覚えがある」
槍を使ってシルバが身体を起こす。
「ああ、あれか……俺も当時はゲームになってないと投げたが、自分がそれ自身になって実感したよ。あれは正しく完全再現されていたんだとな。つまり、誰にも俺は倒せ――」
「まあ、俺はクリアしたけどな」
ユーダスの言葉を遮ってシルバが言った。
「……今、なんて言った?」
「俺は全盛期ユーダスMODをクリアしたことがあるって言ったんだよ。三千二百五十四戦一勝三千二百五十三敗だから誇れる程のもんじゃないけどな。あいてて……」
回復アイテムを使いながら、事もなげにシルバが言う。
「……デタラメだな。あれはクリア出来るような代物じゃなかった」
「は、はい! 私も動画で見ただけですけど、あれはクリア不可能だと思います!」
横から論争に参加してきたネアンも何故かユーダスの側に立つ。
それほどまでに全盛期ユーダスMODは、ゲームとして成立していないというのが大方の意見だった。
「別に信じる信じないは勝手だけど、弱点のない無欠の存在なんてのは少なくとも俺の知る限りはこの世界にいないってこった」
絶望する様子もなく、再び槍を構えるシルバ。
そんな彼は見据えながらユーダスは考える。
ハッタリだ。ハッタリに違いない。
先刻、奴は俺の攻撃に手も足も出ていなかった。
戸惑わせて、時間を稼ごうとしているだけだと。
「ほら、かかってきな。冥土の土産に手前の攻略法を拝ましてやるよ」
槍を構え直してユーダスを挑発するシルバ。
九分九厘ハッタリだと思いながらもユーダスは攻撃に二の足を踏む。
彼が前世で得た、ある一つ情報がそれを妨げていた。
それはある一人のプレイヤーがユーダスMODをクリアしたという噂話。
当時は証拠の動画もないのでデマだと一蹴したが、もしそれが事実で攻略法があるとすれば……。
「なんだ? 無敵だのなんだのって威勢よくしてたかと思えば今度はビビってんのか?」
シルバが更に挑発を繰り返す。
彼の目的が時間稼ぎであるというユーダスの読みそのものは正しかった。
しかし、攻略法があるというシルバの言葉も誇張ではなかった。
この時間稼ぎは、それ実行するために行われている。
互いに膨大な攻略情報を有するプレイヤー間での高度な駆け引き。
依然としてシルバが不利を背負っているのは間違いないが、万が一にも敗北を許容できないユーダスにとっては五分のように思えた。
「……虚勢だな」
しばらく思案を続けたユーダスが結論を出す。
自分が唯一敗北する可能性があるとすれば、それはただ一つ。
極限までダメージ増加スタックを溜めたアストラルフォージの一撃だけだと。
奴はこうして自分を挑発し、動揺させることでパリィしやすい単調な攻撃を狙っている。
結論を導き出した彼は再び居合の構えを取る。
先程と同じ様に、物理的にパリィを取れない連続攻撃で畳み掛ければ問題はない。
そう判断して、踏み出そうとした時――
「隊長さん!」
「ネアン様!」
地下聖所に二人の女性の声が響いた。
名前を呼ばれたシルバとネアンよりも先に、その声に反応したのはユーダスだった。
彼は目の前の敵に背を向け、構えも解いて声の聞こえた方へと向き直る。
長い通路の奥からレイアとクリスの二人が姿を現す。
それを目にした瞬間、彼の顔が喜色に彩られた。
「レイア……本物のレイアだ……」
続けて発せられた声は、歓喜に打ち震えていた。
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