第52話:隊長の下へ

「え、え……? な、なんて言ったとよ……? ふぃー……えふ……?」


 混乱の余りに生まれ育った田舎の訛が出るロマ。


 FT-1000BXと名乗った女型機甲兵は、彼女には理解しがたい言葉を更に紡いでいく。


【現在、管理者権限によるスーパーユーザー認証中につき、敵性生体殲滅プロトコルを一時停止しております。継続の可否を入力してください。十秒以内に答えられない場合は自動で継続されます】


「い、言ってる意味が全く分からないんですけど……もう少し分かりやすく言ってもらえませんか……?」


【現在の命令は『行動範囲内の人型生命体の殲滅』です。継続するか、破棄するかを選択してください。四……三……二……】


「人型……殲滅……わっ、わああああああッッ!! 止めて!! 止めてください!!」


 言葉の意味を理解したロマは、混乱したまま大慌てで停止を命令する。


【了解、命令者権限による現行動を破棄。FTネットワーク内における同社製戦闘機兵にも同命令を適用しますか?】


「あ、あのぉ……言葉の意味が本当に全く理解出来なくて……出来れば、馬鹿な私にも分かるようにもう少し噛み砕いてもらえるとありがたいんですけど……」


 先刻、殺されかけた相手にしているとは思えないほどの低姿勢でロマが求める。


【……現在、周辺地域で破壊活動中の愚鈍な脚足らずの旧式どもを纏めて停止させますか?】


「停止……あっ、はい。出来るならお願いします」


【了解、命令コード送信中……命令コード送信中……】


 女型機甲兵から目に見えない波が発せられ、王都中へと伝播する。


 命令を受け取った他の機甲兵たちが、次々と破壊活動を中断していく。


 その様子を見て、やっぱり話し合えば分かってくれるものだとロマは満足げに微笑む。


 そんな彼女と、先刻まで戦っていた強敵の姿をカイルは呆然と見つめる。


「何だこれ……一体、何が……」

『ねぇ、カイル……こっちの敵が急に止まり始めたんだけど、もしかしてそっちで何かあったの……?』

「ロマさんが何かしたみたいなんだけど、俺にもさっぱり……」


 状況が飲み込めないまま、ただただ困惑するカイルとミア。


 その間にも王都中で機甲兵たちが続々と行動を停止していく。


 空からの新手も途絶え、王都に水を打ったような静寂が訪れたところで、二人は戦いの終結を悟った。


『終わった……のかな?』

「ああ、多分……」


 長い戦いにようやく終止符が打たれ、二人は安堵の息を吐き出す。


「カイルくーん!!」


 女型機甲兵の肩に乗ったロマが、カイルたちの下へとやってくる。


「ロマさん。それは一体、何があったんですか?」

「それが……私にもまだよく分からないんですけど、突然お話を聞いてくれるようになったみたいで……。かんりなんたらがどうとかで……」


 ロマのあやふやな説明に二人が揃って首を傾げる。


「……本当に安全なのか? また急に襲ってきたりしないよな?」


【命令者権限による敵性生体殲滅プロトコルは完全に破棄されました。戦闘再開の確率は0%です。ご不安であれば固い握手を交わすことも可能ですが、いかがされますか?】


「なんか怪しいんだよなぁ……そもそも、こいつらは何者なんだ? 急に空から降ってきて……」


【私はFT-1000BX。チャーミングな四脚が特徴のエタニウムリアクター搭載型最新鋭戦闘機兵。愚鈍な旧式と纏めてこいつら呼ばわりは心外です】


「ミア、言ってることの意味わかるか?」

『全然……』


 精霊を通じて恋人同士で困ったように顔を見合わせていると、ふとカイルは重要なことを思い出した。


「でも、必死になって戦ったけど俺らってまだ反逆者のままなんじゃないのか……って、そうだ! こいつらのせいで忘れてたけど革命の連中を止めるのが本来の任務じゃないか! あいつらがまだ何かやってたら……」


 自分がやらなければいけないことを思い出したカイルが両手で頭を抱える。


 王都を守るためには致し方なかったとはいえ、対象の姿を完全に見失っている。


 今頃どこかで悪事を働いていたら……と、背筋に冷たいものが流れた。


『一応、上空から巡回はしてるけど……今のところそれらしいのは見当たらないかな』

「本当に!? 本当にか!?」

『うん……と言っても見える範囲でだけど』


 自らの疵瑕から重大な事態には発展していなさそうだとカイルは安堵する。


「で、これからどうすればいいんだろう。隊長の筋書きもめちゃくちゃになってるし……」

『とりあえず、警戒を続けながら怪我した人たちを救護にあたるべきじゃないかな。もしかしたら、壊れた建物の下敷きになってる人とかもいるかもしれないし』

「確かに、そう言われればそうだな」

「は、はい! 私も逃げ遅れた人がいないかまた探してきます!」


 そうして各々が救助活動へと移ろうとしたところに――


「ま、まだだ……まだ終わっていない……」


 ボロボロになった盾と身体を引きずりながらレグルスがやってきた。


「れ、レグルスさん! 大丈夫ですか!?」


 自分から囮にしておいて、すっかり忘れていたカイルが駆け寄ってその身を支える。


「だ、大丈夫だ……それよりも君たちにはまだやるべきことが残っている……」

「やるべきこと……?」

「そうだ……先輩を、先輩を助けにいくんだ……。悔しいが今の自分には出来そうにないから君たちに託したい……」


 レグルスが悔しそうに歯噛みする。


「隊長を助けにって……天永宮でレイアの護衛をしてるだけだから特に行く必要はないと思いますけど」

「いや、自分には分かる……先輩は今、強大な敵と戦っている! この惨状を為した、かつてない程の強大な敵と……!」


 カイルは虚ろな目で吟じるレグルスから視線を外して、ミアの精霊を見やる。


『そう言われると確かに……上のあれが出て来てから総隊長の姿を見てない……。想定外の事態なら自分も動くだろうし……ううん、今どこかで動いてるんだとしたら……』

「……これを引き起こした黒幕と戦ってる?」


 カイルがミアの言葉を先回りして答えを述べる。


 あの隊長が、異常事態を前にしていつまでも後手に回っているはずがないと。


「で、でも……もしそうだとしても、兄貴が今どこにいるかなんて分からないですよ」


【FTネット内を検索。『隊長』及び『兄貴』の所在に一致する結果は見つかりません】


 ロマの言葉にFT-1000BXが反応するが、その答えは芳しくなかった。


 行き詰まりになった三人が頭を抱えていると、レグルスが――


「あ、あっちだ……」


 腕を上げて王宮の方を指差した。


「あ、あっちって……王宮の方ですけど……」

「そうだ。先輩はそこにいる……自分には分かる……! あそこから先輩の偉大な存在感をひしひしと感じる……!!」


 確信めいた口調でレグルスは更に続けていく。


「さあ、ここは第一特務部隊じぶんたちに任せて……行くんだ! 第三特務部隊!! 先輩の栄光を支えるのは君たちしかいない!! このレグルス=アスラシオンの想いを受け継いで……シルバ=ピアースを真の覇者にしてくれ!!」


 自らの足で立ち上がり、声を荒らげて第三特務部隊を鼓舞するレグルス。


 そんな彼の姿を見てカイルたちは思った。


 ここまでいくと気味が悪いな……。

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