第51話:ロマ=フィーリス

「これは……一体……!?」


 王都へと到着したレグルス率いる第一特務部隊は、目を疑うような光景を目の当たりにした。


 戦火に包まれた王都。


 街を蹂躙する異形の兵士たち。


 出動前に見た祭りの賑やかな光景とはまるで違う退廃的な市街の中で、人々が悲鳴を上げて逃げ惑っている。


 戸惑うレグルスの下へ、何かが凄まじい勢いで吹き飛ばされてきた。


「ぐっ……! あの野郎ッ!」


 見知った少年が、地面に叩きつけられた次の瞬間には受け身を取って立ち上がる。


「カイルくん!?」

「レグルスさん!」


 二人が顔を見合わせて互いの名前を呼ぶ。


 直後、今度は二人の間に奇怪な巨体が降り立った。


【新たな殲滅対象を確認。対象Bと既定】


 女型機甲兵の頭部の光点がレグルスを見下ろしながら、無機質な音声を発する。


「君が戦っているということは……これが先輩の敵なんだね!?」


 巨体を見上げながらレグルスが何故か少し嬉しそうに言う。


「はい! 多分そうです!」


 ここまでなんとなく雰囲気で戦ってきたカイルは曖昧な返事をした。


 二人へと向かって光弾が連続発射される。


 カイルは横に跳んで避け、レグルスは大盾で防ぐ。


「くそっ……あの右手が本当に厄介だな」


 カイルが女型機甲兵の右手を見やる。


 遠距離では光弾を発射し、近距離では全方位防壁を展開する。


 あれを掻い潜って懐に入らないと攻撃もままならない。


「……そうだ! いいことを思いついた!」


 大盾で光弾を防ぎ続けるレグルスを見て、カイルは妙案を思いついた。


「カイルくん、何か良い作戦が!?」

「はい! レグルスさん、囮になってください! あいつの注目をひきつけてもらっている間に俺が攻撃します!」

「……えっ?」


 それが良い作戦……?


 とレグルスは思った。


 そんな危険なことをいきなり頼まれるような程の間柄だったか?


 簡単に受け止めてるように見えるけど、一撃受けるだけで凄まじい負担がかかっているのが外見では分からないのかもしれない。


 そもそも囮ってことは、美味しいところは自分が全部持っていくつもりなのか?


 五歳も年上で、直属ではないとはいえ上官によくそんな指示が出せるな。


 ちょっと先輩から目をかけられてるからって、調子に乗ってるんじゃないか?


 腹黒そう、中盤で裏切りそうなどと発売前から言われ続けた男の中で様々な感情が渦巻くが――


「ああ、任せてくれ! この身を賭して、君の活路を開こう!!」


 彼はよく出来た大人な人間だった。


「こっちだ! 大きいの! このレグルス=アスラシオンが相手をしてやる!」


 挑発を受けた女型機甲兵がカイルの思惑通りに、囮へと矛先を向ける。


 レグルスは腰を落とし、大盾の下部を地面に立てて迎え撃つ。


 光弾が彼へと目掛けて連続で発射される。


 盾を持つ腕と身体を支える脚が千切れそうな衝撃を耐え続ける。


 王より賜りし金色に輝く大盾は、攻撃を防ぐ度に鈍い破砕音を立てる。


 それでも、レグルスは一歩も引かない。


「うぉおおおおおおおッッ!! シルバ=ピアース、ばんざああああああいッッ!!」


 全ては尊敬するシルバの覇道を支えるために。


 シルバの名前を叫びながら耐えるレグルスを見て、ちょっと気持ち悪いなと思いながらも、カイルは攻撃の機を伺う。


 これまでの戦闘で、敵は光弾を一定数発した後に冷却時間を要するのを掴んでいた。


 一人ではその僅かな隙を突くのは難しかったが、攻守の役割を分担すれば出来るはず。


 逸る気持ちを抑えながら発射数を数えて、その時が訪れるのを待つ。


「二十八……二十九……三十ッ!!」


 右腕から蒸気が噴出されたのと同時に、カイルは槍を投擲した。


 槍が飛翔し、冷却中の右手へと突き刺さる。


【損害軽微。戦闘継続】


 女型機甲兵は戦闘の継続に支障はないと自己診断し、右手をカイルの方に向ける。


 発射口が輝き、対象へと光弾が放たれようとした時――


「……狙い通り!」


 自己冷却に加えて、槍に込められていた冷気の魔力が女型機甲兵の右手を一瞬にして凍結させた。


 既に発射体勢に入っていた光弾は逃げ場を失い、本体の腕部内で炸裂する。


「せ、先輩の槍がああああああああッッ!!」


 レグルスの慟哭をかき消す大爆発が発生し、槍が右腕ともども吹き飛んだ。


 女型の巨体が大きく揺らいだのを見て、カイルは氷刃を精製して突貫する。


「もらっ……がはッ!!」


 懐に飛び込み、胴体に刃を突き刺そうとした彼の腹部に強い痛みが走る。


【これが本当の奥の手】


 右腕を失った女型の腹部から伸びた隠し腕が、カイルの腹部を捉えていた。


「か、カイルくん!!」


 完全な意識外からのカウンターを受けたカイルが吹き飛び、瓦礫の山と化した近くの民家へと突っ込んだ。


 女型は無闇な追撃せずに自己診断を行う。


 右腕部の主兵装が完全に破損し、対象A及びBとのこれ以上の戦闘継続は困難。


 しかし、命令者権限による敵性生体殲滅プロトコルは継続。


 診断を終えた女型は瓦礫の中にいるカイルではなく、新たな対象を探す。


 命令通りに、近辺にいる人間を効率よく殺すにはどうすればいいのか。


「今のうちに避難してくださーい! こっちでーす!」


 通りの先に住人への避難誘導を行っている赤毛の女の姿を捉えた。


 四脚の跳躍力で、対象の下へと一気に接近する。


「どひゃあ!! な、何ですか……!?」


 背後に巨大な何かが降り立った振動にロマが恐る恐る振り返る。


「……ひっ!」


 目の当たりにした偉容に、ロマの身体が腰からストンと地面に落ちた。


 女型は破損した右手の主兵装に代わって、左手の刃を構える。


「あ、あの……私は、ただの一介の商人で……お、大安売り中なんです……」


 絶大な恐怖に、意味のない胡乱な言葉がロマの口から漏れ出る。


 避けられない死を前に脳内では走馬灯が流れ、これまでの人生を現在から遡っていく。


 任せられた商会の会長という役割に右往左往する日々。


 巨大な竜との戦いの最中に駆けつけて、一番の子分だと褒められた。


 その時に届けた槍を手に入れるために訪れた妙な場所。


 そういえばあそこにいた変な生き物は、目の前のこれと少し似ていたと思い出す。


「あ、あは……あはは……ここは一つ、お……穏便に……」


 鋭い刃が陽光を受けて煌めく。


 あの時は丁寧に要件を伝えて案内してもらえたが、今の相手には通じそうにない。


 途方もない恐怖に防衛本能が働き、脳は自動的に幸福な記憶を呼び起こす。


 あの日、森でシルバに助けられて命を拾った時のこと。


 子分として認められ、大きな背中の後ろを追いかけて、色んな体験をさせてもらった。


 充実した日々を過ごさせてもらって兄貴には感謝しかない。


 でも、願わくば少しは女として見てもらいたかった。


 女型機甲兵が左手を振り上げる。


「ロマさん!!」


 瓦礫の中から立ち上がったカイルが現状を認識し、ロマの下へと駆け寄ろうとする。


 しかし、痛めた肋が彼の動きから平時の俊敏さを奪っていた。


 間に合わない。


 絶望の真っ只中でロマは目を閉じて、もう一つの幸福な記憶を呼び起こす。


 それは最愛の母と二人きりで過ごした日々の思い出。


 病で失うまでの十数年という短い時間だったが、彼女の最も大事な日々だった。


「ミーア……ロフェナ……ノキル……」


 母から教えてもらったおまじないをロマは呟く。


 意味は教えてもらえなかったが、それを口にするといつでも心が安らいだ。


「ルシア……イルゼ……シエラ……」


 その瞬間が訪れるまで、せめて穏やかな気持ちでありたいと言葉を紡ぎ続ける。


 しかし、どれだけ経っても一向にその時は訪れない。


 目の前で鳴っていた不気味な駆動音も、いつの間にか聞こえなくなっている。


 もしかして自分はもう死んだのかと、ロマはゆっくりと目を開いた。


「……え?」


 そこで彼女が目の当たりにしたのは、眼前で静止している刃。


 本体もまるで時間が止まったかのように沈黙している。


「あ、あのぉ……どうしました……?」


 ロマの疑問に答えるように無機質な機械音声が響いた。


【第一級管理者コードを確認。命令者権限及び敵性生体殲滅プロトコルを一時停止】


「え!? な、なんですか!? か、かんり……!?」


 何が起こったのか理解出来ずに、混乱しているロマを差し置いて音声は流れ続ける。


【登録者名を入力してください】


「な、名前……? ろ、ロマですけど……」


【はじめまして、ロマ。私はフィーリステック社製の最新鋭戦闘機兵FT-1000BXです】


 女型機甲兵はそう言うと、刃を納めてロマの前に膝を着いた。

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