第50話:三人目
残響がその役割を終え、白い粒子となって虚空へと霧散していく。
後に残されたのは静寂の聖所に在る三人の姿。
シルバとネアンが息を呑んで見守る中、マイルスは剣を右手に握ったまま佇んでいる。
彼はまるで自分の身体がそこにあるのを確認するように、左手を何度も開閉させた。
「はっ……はははっ……はっはっはっ!!」
地下に高笑いが何度も木霊する。
「成功した! 成功した成功した成功した!! 成功したぞ!!!」
拳を強く握りしめ、歓喜の雄叫びが上がる。
一方、シルバは悔しさに歯を強く噛みしめる。
この事態を想定出来る材料はいくつもあった。
最初に出会ったネアンがそうだからと言って、全員がこの時代に生まれているわけじゃない。
最低でもクリス=カーディナルの性別が変わっていた時点で、それより前の時代における他のプレイヤーの影響を考慮すべきだった。
「ん? おいおいおい……どういうことだ? なんで銀の槍とクソメンヘラ女がいるんだ?」
振り返ったマイルス=ウェインの姿をした誰かが、シルバとネアンの姿を見て言う。
その言葉で、既に元の人物の精神がそこには無いのだと二人は理解した。
それでもまずは情報に探り合いになると、二人は沈黙を貫いたまま敵の姿を見据える。
一体、『誰』がその肉体に入っていて、目的は何なのか。
「ああ、なるほど……同類ってわけか……くっくっく……」
少し遅れて、その事実に気づいた男がまた笑い始めた。
「銀の槍に、不死のメンヘラなんて……随分とハズレを引いたな、お前ら」
「四十代の冴えない中年オヤジよりはイケてると思うけどな」
「その言葉遣い……
「あいつ……?」
どんな小さなものでもと、シルバは男の言葉の端々から情報を引き出そうとする。
「その予言書とやらを作ったのもお前か?」
男が持っているはずの本を指してシルバが尋ねる。
「ああ、そうさ。苦労したぜ。なんせ、記憶だけを頼りに書いて……ちょうどこの時代に見つかって、想定通りに動いてもらわないといけなかったからな。そして、俺は賭けに勝った!
天を仰ぎ、三人目の男が世界へと勝利宣言する。
「そりゃおめでとう。念願が叶ったんならもういいだろ。さっさと浮遊大陸を止めて、この騒動を終わらせようぜ」
シルバが構えを解いて話しかける。
現代人の価値観を持っているなら、このくらいの話は通じるはず。
正体が分からない相手とは、出来れば戦わないに越したことはないと。
しかし、男から返ってきたのはあまりにも無情な返事だった。
「止める? なんで?」
こいつは何を言ってるんだと、男は心底不思議そうに首を傾げる。
「と、止めないと人がいっぱい死んじゃうじゃないですか!」
今度はネアンが男へと向かって声を荒げる。
しかし、彼はその言葉にやれやれと呆れるように首を振った。
「どうでも良いNPCが何人死んだところで、どうだっていいだろ?」
「NPCって……! みんなこの世界で生きてるんですよ!」
「生きて……はっはっは! お前、まじで言ってんのかよ! この美味しい状況でそんな良い子ちゃんロールプレイとかとんでもない奇人だな! お前らもしかして、それを止めようとしてこいつを追いかけてきたのか!?」
「き、奇人……!?」
大笑いする男に対して、ネアンは不快な視線を向ける。
「そりゃそうだろ。公式チート状態でやりたい放題やれるのにやらない馬鹿がどこにいる? ああ、ここに二人もいたか」
男は嘲るように口角を吊り上げる。
「な、なんで笑うんですか! あなただってEoEの世界が好きで――」
「これ以上構うな。こいつは
ファン意識の欠片もない男に、ネアンが言い返そうとするのをシルバが制した。
好きなゲームの世界に転生したのを、美味しい状況としか考えていない輩。
説得の余地はないと判断した彼が真っ先に戦闘体勢を取った。
続けて、ネアンも杖を構えて男と向かい合う。
「物騒な奴らだな……。まあいい。元から同類がいたら消えてもらうつもりだったしな。美味しい立場は独占してこそ価値がある。そっちもその気なら、手間が省けてありがたい」
作中屈指の実力者を相手に、一対二の構図でありながら男は余裕を崩さない。
地下聖所に緊迫した空気が満ちる中で、男が剣を鞘に納めて居合の構えを取った。
その独特な構えに、シルバとネアンが息を呑む。
男の正体に関して、二人が考えうる中で最悪の現実がそこにあった。
それはEoEの過去編において、プレイヤーたちを絶望の淵に叩き込んだ男が用いる剣術。
カイルの前世である英雄ネクス=アーベントの師であり、EoEの最強議論において禁じ手として挙げられる人類史上最強の男。
背信者ユーダス=アステイトが三人目の転生者として、そして最悪の敵として二人の前に立ち塞がった。
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