第49話:天運

 一方その頃、階上の枢機卿室では――。


 ネアンとマイルスが階下へと落下したのと入れ替わるように、レイアが室内へと足を踏み入れた。


 シルバに同行して来た彼女だが、当然その場にいる者たちは彼女の素性を知らない。


 長い白銀色の髪をした見知らぬ少女に、全員が警戒の色を濃く見せる。


「誰だ、お前は! マイルスの仲間か!?」


 立ち上がってすぐに階下へと駆けつけようとしたクリスがレイアに剣を突きつける。


 レイアは一瞬怯む様子を見せるも、シルバに頼まれた役割だと意思を強く持つ。


「ち、違います! 私は隊長さんから頼まれて、えっと……王様を避難させろって言われて来ました!」

「避難だと!? やはり、あの男の仲間じゃないのか!? 隊長とは誰のことだ!」

「な、仲間じゃないです! た、隊長さんは……え、えっと……シルバさんのことですって、きゃっ……名前で呼んじゃった……」


 赤面しながら狼狽している謎の少女。


 やはり、怪しいとクリスはフリーデンを守るように前へと立つ。


「シルバ……シルバ=ピアースのことか? 確かに、特務の制服ではあるな……」


 訝しむ視線でクリスがレイアの様相を確認する。


「そう! 第三特務部隊の隊員です!」

「だが、はいそうですと言って従うわけにはいかない」

「うむ、仮に其方が真に余のことを思っての行動だとしても……余が宮殿を離れるわけには……。それにネアンの安否も確かめねば……」

「ぐぬぬ……この分からず屋! だったら、これでどう!?」


 強情な二人にレイアは痺れを切らしたように言うと、壁面と床の大穴を指差した。


 粉々に砕け散った破片が持ち上がり、元あった場所へと戻っていく。


 全員が目を見開いて驚愕する。


 それは紛れもなく、開会式で目の当たりにした奇跡と同じ現象だった。


「これで分かったでしょ! 私の名前はレイア=エタルニア! 私が本物! ネアンさんは私の代役をしてくれてたの! そのネアンさんは隊長さんが助けに行ってるから羨ま……じゃなくて絶対に大丈夫! 分かったならさっさと避難! そこのオバサンも連れて!」


 どんな言葉よりも確かな証拠に、一同はダーマを担架に乗せて部屋を出た。


「しかし、避難と言われてもどこに行く気だ?」

「えーっと……出来れば天永宮の方に行けって言われたけど……」

「天永宮か……ならば、地下道を使うが良い。こっちだ」


 そう言って、フリーデンは先頭を歩いてネアンを連れてきた地下道へと向かう。


 今はとにかく騒動の中心地からの脱出を。


 その判断は決して間違いではなかったが、あらゆる出来事が流動的に変化し続けている今の王都においては必ずしも正解とは限らなかった。


 地下道への隠し階段を目前とした彼らの前に、一人の男が立ちふさがった。


「見つけたぞ……。神王、フリーデン=エタルニア……」


 革命団を率いる復讐鬼アイク=クームズ。


 彼はカイルの目を逃れ、混乱に乗じて王宮への侵入を果たしていた。


「陛下、お下がりください」


 男の並々ならぬ憤怒を見て、クリスがフリーデンを下がらせようとする。


 しかし、彼は腕を横に伸ばして彼女を制すると自らが先頭に立ったまま男と向き合う。


「其方が余に恨みを持つ者か?」


 フリーデンはネアンと対話した時のことを思い出しながら尋ねる。


 アイクは答えの代わりに剣を抜く。


「もし、それが正当な恨みからの殺意であるのならばこの首を差し出そう」

「陛下!? 何を言っているのですか!?」


 殺意を持つ相手へと自ら一歩出たフリーデンに、クリスが喫驚する。


「だが、それは余の個人的な都合だ。余にはそれとは別に王として果たさねばならぬ責務もある」

「責務、だと……?」


 その言葉を聞いたアイクがピタリと動きを止めた。


「貴様がそれを果たしてこなかったから母さんは殺された! それ以外にも大勢の人間がだ! なのに、今更何をぬけぬけと……!」


 これまで以上の激しい怒りに打ち震えながら、アイクは剣の柄を強く握りしめる。


「それに関しては紛うこと無き事実だ。申開きの余地もない」

「ならば、やはり今ここで死んでもらう他無い!」


 クリスが前に出ようとするが、再びフリーデンがそれを制する。


「だが、この国は今まさに変わろうとしている。余が今ここで死ねばその流れが無に帰すやもしれん。自らの命惜しさに言ってるわけではない。この国が生まれ変わった後で、それでもまだ其方がこの首を欲しいというのであればいくらでもくれてやろう。しかし、今だけはどうか見逃してくれないだろうか……其方のような者たちをこれ以上生まぬためにも……!」


 フリーデンがアイクへと向かって深々と頭を下げる。


 同じ歳の頃に母を失い復讐のためだけに全てを停滞させた自分と、王位という運命に翻弄されながらも未来を見据えている少年。


 アイクの中に初めて、ほんの僅かではあるが葛藤が生まれた。



 *****



「そんじゃ、知ってることを全部話してもらおうか」


 シルバがマイルスの身体に槍を突きつける。


「その予言書とやらは……どこで、いつ、誰から受け取った?」


 余計な言葉を交えずに、端的且つ核心をついた詰問が為される。


「に、二年前に……国立図書館の古書保管庫で……」


 声を震わせながらマイルスが答える。


「二年前……? 嘘じゃないだろうな?」


 素早く何度も首を縦にふるマイルス。


 シルバはその瞳の奥底を覗き見る。


 嘘を吐いているようには見えないが、確信をもってそう言えるだけの材料もない。


 こんなことならアカツキを連れてくれば良かったと彼は少し後悔する。


「二年前っていうと私たちよりも随分前じゃないですか?」

「そうだな。しかも古書保管庫にあったってことは実際にはもっと前の可能性もある」


 シルバは顎に手を当てて、先の言葉を更に考察していく。


 二年前に古書保管庫で手に入れたという話が事実なら、そいつは最低でも三年前には記憶を取り戻している。


 それだけの猶予がありながら、どうして自分では動かずにこんな回りくどい方法を取ったのか。


 何らかの理由で動けないのか、もしかして別の要因で既に死亡しているのか。


 残る脅威はそいつだけだと深く思案しすぎた彼に生まれた僅かな隙。


 マイルスは懐に手を差し入れて、取り出した球体を床に叩きつけた。


 瞬く間に広がった白い煙が三人ごと大広間を包み込む。


「ごほっごほっ! なっ……なんですか、これ!」

「くそっ! 煙玉か!」


 こんなチープな手に引っかかった自分を呪いながら、シルバはネアンを掴んで煙の外へと飛び出る。


「逃げやがったか……そう遠くには行ってないはずだ。追うぞ」

「は、はい!」


 二人は逃げたマイルスの後を追う。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 一方、なんとか逃げ果せたマイルスは王宮内を奔走する。


 予言書の知見をも上回る男がいるのは、彼にとって完全な想定外だった。


「いない……いない、いないいないいない! どこに行った!!」


 いつどこから奴らが再び襲いかかってくるか分からない。


 そうなったら今度こそ逃げ場はどこにもない。


 予言書に従って収集したアイテムを惜しみなく使い、時折すれ違う王宮の官史たちに怪訝な目で見られながらも醜くも駆けずり回る。


 あれさえ、あれさえ手に入ればまだ勝機はあると。


「くそっ! くそくそくそっ!!」


 悪態を吐きながら奔走し続ける彼の背後から追手の声が聞こえてきた。


 マイルスの全身から冷や汗が吹き出す。


 しかし、同時に彼の視界に目的の一団の姿が映った。


 天運が自分にあるのを感じ取った彼は狂気の笑みを浮かべる。


 手前の邪魔な男を斬り伏せてから、続けて目標へと刃を突き立てる。


 駆けながら手にした黒剣を振り上げ、思い浮かべた通りの行動を実行に移す。


「頼む! 余に贖罪の機会を与えてくれ!」


 そう言って顔を上げたフリーデンの目に、相対する男の背後から迫るマイルスの姿が映った。


 狂気に染まった表情で刃を振り上げる彼を見たフリーデンは咄嗟に――


「危ないっ!」


 と叫んで、両者の間に躍り出た。


 フリーデンの左肩から袈裟懸けに刃が振り下ろされる。


「陛下ッ!!」


 アイクに気を取られていたクリスが、一手遅れて主君の方へと駆け寄る。


「ふははははッ!! やった!! やったぞ!! これで揃った!! 馬鹿なガキだ!! 自分から飛び込んでくるなんて!!」


 血に染まった剣を見ながら、やはり天運は自分にあったと歓喜に叫ぶ。


 確かにこの時、天運はある一人の男の下へと転がり込んだ。


 彼はフリーデンの生死を確認することもなく、その足で再び逃走する。


 ダーマに付き添っていた治癒術師がフリーデンの下へと駆け寄る。


 数瞬遅れて、マイルスを追ってきたシルバとネアンの二人も現場へとたどり着いた。


「へ、陛下……!?」


 クリスの腕に抱かれ、血に塗れているフリーデンを見てネアンが絶句する。


「だ、大丈夫だ……傷はそれほど深くない……」


 顔を青ざめさせながら周りを安心させようとフリーデンが応える。


 言葉通り、傷の深さは生死に関わるほどのものではなかった。


 治癒術師がすぐに傷を塞ぎ、出血が止まる。


 それでもアイクは殺すべき敵に守られた事実に愕然と立ち尽くす。


「あいつはどこに行った!?」


 この惨状を自らの失態だと責める前に、シルバは逃げたマイルスの行方を尋ねる。


「む、向こうに走っていきました!」


 レイアがT字に分かれた廊下の右手側を指し示す。


「あっちは確か……」


 見覚えのある光景にシルバとネアンが顔を見合わせる。


 二人は互いに小さく頷くと、この場を他の者たちに任せて再び駆け出した。


「この状況についてどう思う?」


 走りながらシルバがネアンへと尋ねる。


 二人が向かっている先は王宮の地下にある宝物殿。


 EoEのプレイヤーであれば、そこに何があるのかを知っていた。


「財宝目当てってこともないでしょうし、目的は間違いなく六つ目の残響だと思います」


 当然とばかりにネアンが答える。


 宝物殿の更に奥にある王族の血によってのみ開放される聖所。


 そこには作中で六つ目となる残響が隠されている。


「問題は、ただのうだつの上がらない中年オヤジが残響に何の用ってとこだ……」


 正史ではフリーデンを殺したネアンの手によって破壊される幻の残響。


 カイルともレイアとも関係のない人間が触れたところで、何かが起こるわけでもない。


 しかし、その一連の行動には迷いがない。


 これまでにないほどの不穏な予感をシルバは抱いていた。


「分かりませんけど、何かをする前に止めるしかありません!」

「それはその通りだ」


 二人は地下へと潜り、宝物殿を抜け、予想通りに開放されていた聖所へと足を踏み入れる。


 記憶の地図を頼りに迷うこと無く、最短距離で残響のある場所まで辿り着いた。


「いました!! あそこです!!」


 荘厳な聖人の彫像が並ぶ開けた空間の最奥をネアンが指差す。


 残響の前に佇むマイルスの後ろ姿を確認した瞬間に、シルバは躊躇なく槍を投擲した。


 地下の冷たい空気を切り裂きながら飛翔する槍。


「神よ! 我が身に降誕し給え!!」


 しかし、それが目標を捉える寸前に彼は血に塗れた黒剣を残響へと突き刺した。


 発現した時を超える力の奔流に、弾き返された槍が地面を転がる。


 中心地点では、マイルスが残響に刃を突き立て続けている。


「……ッ! あいつ……まさか……!」


 立っていられないほどの圧力を前にしながら、シルバは遂に答えへとたどり着く。


 一向に姿を表さない三人目、予言書という形での不確かな指示、人格を乗っ取る呪いの剣、そして時を超える超常の力。


 ゲーム『エコーズ・オブ・エタニティ』は、二千年前の過去から連なる物語であるという答えに。

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