第48話:『ヒット』と『ロスト』

「なるほど、テメーか……俺の完璧なチャートをぶっ壊そうとしてるクソ野郎は」


 瓦礫の山から悠然と立ち上がるマイルスを見据えながらシルバが忌々しげに言う。


「名前は……えーっと、マイ……マイ……マイケルだっけ?」

「マイルスです。マイルス=ウェイン二等武官」

「ああ、そう。まあ名前はどうでもいい」


 緊張感のないやり取りをする二人と相対しながらマイルスが本を開く。


「誰かと思えば、シルバ=ピアースか。王国最強の騎士……だが、それも今日までの話だ。この予言書さえあれば貴様であっても……」


 分厚い予言書を開き、新たな敵の情報を探っていく。


「シルバさん、気をつけてください……。あれ、『攻略本』です」


 修復された喉を押さえながら、ネアンは自分が得た情報をシルバに伝える。


「攻略本?」

「はい……誰が書いたかは分かりませんが、ゲームとしてのこの世界の知識が網羅されています。多分、三人目の人があれを通してこの状況を引き起こしたんだと思います」

「ってことは、あいつが本人ってわけじゃないのか……。でも、どうやって指示の出してるのかが分かったなら、かなり本尊に近づいては来てるな」


 警戒する二人を見据えながら、マイルスが舌なめずりする。


「さて、貴様はどうやって殺してくれようか……」


 これを読めばあのシルバ=ピアースでさえ自分の敵ではない。


 そう考えながら予言書のページを捲っていく


「ん……あ、あれ……? な、なんでだ……?」


 ページを捲って、首を傾げて、また元のページへと戻る。


「どうした? 落丁でもあったか?」

「し、シルバ=ピアース……銀の槍要員……経験値泥棒……一章で死ぬ……。こ、これだけしか書いてない……?」


 先刻までの態度と打って変わって狼狽するマイルスを見て、シルバは――


「はっはっは!!」


 大爆笑した。


「なんだそりゃ! 予言書が聞いて呆れるな! SEO対策だけはバッチリな企業Wikiの方がまだ情報量があるんじゃねーか!?」


 よほどツボに入ったのか、目から溢れる涙を拭きながら腹を抱えて笑っているシルバ。


 マイルスにその言葉の意味は分からなかったが、自分が虚仮にされているのは理解出来た。


「わ、笑っていられるのも今の内だ! 俺にはどんな攻撃も通さない無敵の力がな!」


 予言書に記されている内容を覆す二人。


 こいつらさえ消せば、自分を止める者は誰も居なくなる。


 マイルスは黒剣を握りしめて、シルバと向かい合う。


「無敵、ねぇ……じゃあちょっと試してみるか……っと!!」


 地面を蹴って大きく踏み込んだシルバが銀槍でマイルスの胴を刺突する。


 しかし、先に何度も見た光景と同じ様にその一撃は容易く弾き返された。


「はっ、ははっ! ほら見ろ! 無敵だ! これがある限りは誰も俺には勝てない!」


 マイルスが自らの力を再認識して高笑いする。


 一方のシルバは全力の攻撃が防がれたにも拘わらず、冷静に何かを思案していた。


「ネアン、あいつに炎系の魔法を撃ってみろ」

「魔法って……さっき何度やっても効かなかったんですけど……」

「いいからやってみろ」


 指示を受けたネアンが言われた通りに火球を放つ。


 避ける必要もないとマイルスはそれも真正面から受け、当然のように何のダメージも与えることなくかき消えた。


「なんの足掻きだ? 何をしても無駄だというのが分かっただけだろう」


 悪あがきだと鼻で笑うマイルス。


 身体を纏っていた官服の一部が焦げ、下に着けている装備の一部が露出している。


 それを見て、シルバは微かにほくそ笑んだ。


「なるほどな。やっぱり、『背信者の決意トレイターズ・リゾルブ』をコアにした。分散受けビルドか」

「とれいたー……? ぶんさんうけ……?」


 ネアンが頭の上にハテナを浮かべながらシルバに聞き返す。


「胴装備のユニーク軽鎧だよ。物理属性ダメージの半分を各属性ダメージとして受けて、各属性ダメージの半分を物理属性ダメージとして受ける固有効果が付いてる。それをコアにしつつ、他にも類似の装備であらゆる属性のダメージを他のダメージに何度も変換して、変換毎に各防御値の減算処理を適用してダメージを極限まで軽減するビルドだ」


 シルバが饒舌にネアンへと説明する。


「軽減って……どのくらいですか?」

「まともに組んでれば軽減率は物理含めた全属性に対して97%以上だな。固定値軽減もあればそこから更に実数で下がる」

「ええっ!? そんなの本当に無敵じゃないですか!?」


 分かりやすいゲーム的な説明を聞いたネアンが驚愕する。


 軽減率97%に加えて固定値での実数低減は、ほぼ全ての攻撃を無効化すると言っても過言ではなかった。


「確かに鉄壁だが、別に無敵ってわけじゃない。どんなビルドにも当然弱点はある」


 シルバはそう言うと、銀の槍を背中に戻した。


 何もない空間へと手を伸ばし、今度はまた違う黒色の槍が彼の手元に出現する。


「はははっ! 何をしようが私は無敵だ! 神の力に貴様ら程度で傷つけることなどできん! 存分に足掻け! そして、絶望を知ればいい!」

「んじゃ……お言葉に甘えて」


 いくらでも試せばいいとばかりに両腕を開くマイルス。


 シルバは先刻と同じように地面を蹴って、強烈な刺突を放つ。


 何度も攻撃を無力化してきた胴体の中心点を穂先が捉え――


「だから、無駄――がはぁッ!!!」


 マイルスの身体が大きく『く』の字に折れ曲がった。


 予想外の大ダメージにマイルスはその場で膝をついて、地面に吐瀉物を撒き散らす。


「なん、なん……で……いた、い……なんで……」


 強烈な痛みに呼吸もままならない程に苦しみ悶えるマイルス。


 呼吸を整えて体勢を立て直そうとするが、大きな混乱に顔を上げることすら出来ない。


 かろうじて見える男の足が自分の方へと近づいてくるが、それでも身体は動かなかった。


「なんでって……当たり前だろ。ダメージの種類も知らないとか素人か?」

「だ、だめーじのしゅるい……?」


 聞き慣れない言葉に、マイルスは痛みに悶ながら聞き返す。


「お前に言ったところで理解できないだろうけど、一応説明してやるよ。ダメージの種類は各属性以外にも『ヒット』と『ロスト』って二つの種類に大別できる。お前の分散受けビルドはヒット属性のダメージに対しては機能するけど、ロスト属性のダメージには何の効果もないんだよ。ちなみにこの槍にはダメージの一部をロスト属性に変換する固有効果が付いてる。勉強になったか?」

「な、なにそれ……なんで……予言書に、これは無敵だって……」


 言葉の意味はやはり理解出来なかったが、眼前の男には自分の力が通用しないのだけは理解出来た。


「無敵のビルドなんざねーよ。ちなみに……ネアン、今度は『生命吸収ライフドレイン』を使ってみろ」


 苦しみ悶えるマイルスを見下ろしながら、シルバがネアンに告げる。


 目の前の出来事に呆気にとられていた彼女は、一瞬遅れてから言葉の意味を理解して手を突き出した。


「う゛っ……ぐぅうう゛う゛……」


 マイルスの身体から黒い粒子がネアンの方へと吸い込まれていく。


「あっ、効いてる……気分がすーっと良くなって……」


 血を失って青ざめていたネアンの肌艶は良くなり、逆にマイルスの身体は更に地面の方へと下がっていく。


「一部の継続ダメージを与える闇魔法もロスト判定のダメージだから覚えておくように」

「はい! 先生!」


 乱れた服を直しながら、先のお返しとばかりに生命力が更に吸収されていく。


「さてと、講釈はこんなもんでいいだろ。タネさえ分かればうだつの上がらないただの中年オヤジだ」


 これが、王国最強の騎士……。


 マイルスは地面に這いつくばりながらシルバを憎らしげに見上げる。


「後は三人目について聞き出して、浮遊大陸を停止させりゃ俺らの勝ちだ。お前がここにいるってことは、少年王くんの説得には成功してんだろ? 街ではカイルらが頑張ってるし、あいつらが謎の脅威を排した英雄として機能すれば事後処理も上手くいきそうだ」


 シルバがネアンを見やりながら言う。


「は、はい……でも、なんで私がここにいるって分かったんですか? 何も言わずに出ていったのに……」

「発信機」


 バツが悪そうなネアンに対して、シルバが端的に答えた。


「……え?」

「お前が変なことをしないように結社製の発信機を付けてた。案の定、黙って出ていきやがったから正解だったな」

「……そういうの、先に言っといてもらえません? 何か怖いんですけど」

「分かってると安心して逆にヘマをするタイプだろ、お前は」


 図星を突かれたネアンはそれ以上何も言えなかった。


 シルバが再びマイルスの方へと向き直る。


「そんじゃ、知ってることを全部話してもらおうか」


 攻略本対ハードコアゲーマーは、後者の圧勝にて幕を下ろした。

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