第4話

「……あら?」


「もしもーし、寝ちゃいましたかー?」


「本当に寝てますね。あんなに眠らそう眠らそうとしてたのに、寝ちゃう時は本当にあっけないですね……ツッコミ疲れではないですよね!?」


「ふふっ、幸せそうな顔です。寝顔だけは本当に素敵なんですから、誰のせいでこんな時間がかかったと思ってるんですかね。えいえいほっぺぷにぷにの刑です」


「むー、えっちなのはいけませんが、ここまで夜を共にすれば少しは情がわいてくるものです。ささやかなところで願いを叶えてあげましょう。私の胸をこうしてキミの頭に乗せて、ほら、おっぱい枕ですよ~、ふかふか~」


「男の人はこれだけで嬉しいんでしょうけど、こっちは重い荷物を抱えて大変なんですよ。わかってくださいね。わかってくれれば、寝てる間くらいはしてあげないこともないですよ? ……なんて、これもキミの影響ですかね。これ以上、えっちな天使にさせないでくださいね。んひゃん、えっちな寝息ですね」


「私だけサービスし過ぎじゃないですか? 不公平ですね。ちょっとはキミもサービスしてください。ちょっとめくるぐらいは合法ですよね。ぺらりと、わ~お……思ったより御立派」


「ん~、私ちょっとはしゃいじゃってます。キミの幸せそうな寝顔を見れたからかな? 寝てる今だから言いますと、本当は今みたいにキミ一人に肩入れするのって、天使的にはグレーなんですよね。こんなに純白の私が! なんてことでしょう!」


「……キミのツッコミがないと張り合いがないですね。あは、こんな風に思う日がくるなんて思わなかったです。思ったより私、キミとの話を楽しみにしてたみたいです」


「最近は天使業界も厳しいんですよ。いちいち天使の力の収支報告書を書かなくちゃいけないですし、何度直しを入れられたことか、あの天使長絶対ストレス解消してますよね……いけない脱線しちゃいました」


「本当はキミ一人を眠らせに来るようなことはしちゃいけないことなんですよ。エンジェルコンプライアンスの時代です。でも私は、仕事の休みをとって、滞在するための天使の力をこっそりためて、キミのところに来ちゃいました。悪い天使ですよね」


「天使って、能力で決まる階級社会なんです。偉い天使は強くて凄い天使です。私のような普通な天使は、普通の仕事しかさせてもらえないんです。天使のささやきみたいな、人の苦しみに触れ続けるお仕事です。そんな繰り返しの中で、精神的にダメになっちゃう天使も多いんですよ」


「ですけど私には救いがありました。キミです」


「普通の人の普通の暮らし、キミの生活を見るのが好きなんです。普通の人が普通な中で精一杯頑張ってる姿を見るのが好きなんです。私みたいな普通の天使でも精一杯頑張って行こうと思えるから」


「聖人が清らかな心で生きているのも素晴らしいことですけど、普通の人が普通な中で精一杯まっすぐ生きているのも、同じくらい尊いことだと思うんです」


「財布を拾った時、ネコババしたら買えるものをちょっとだけ考えちゃうけど、最終的に届けに行くキミが好きです」


「赤信号を渡っていく隣の人がズルいと思うけど、我慢して青信号を待つキミが好きです」


「怒った言い方で物事を通す人がちょっとだけうらやましいけど、言われた人の悲しむ顔が頭の中をチラついて、結局丁寧にお願いをするキミが好きです」


「大変な世の中でも、見ている人がいなくても、ささやかな善性を守ってるキミが好きです」


「大好きなキミがつらい時、せめて夜は気持ち良く眠っていて欲しい。それが私の願い事です」


「あ、あはは……つい熱が入って凄いこと言っちゃってますね私……重いとか言われちゃいそう……天使をこんな気持ちにさせるなんて、悪い子ですね、キミはー、うりうり」


「ふふっ、こんなにほっぺをぷにぷにしてるのに、気持ちよさそうに寝てます。良いことです。これだけ深く眠ってるのでしたら、なにしても起きないんじゃないでしょうか」


「なにをしても起きない……?」


「……!!」


「い、いけません!いけません!何を考えてるんですか私は!私は天使です!純白の天使です!そんなはしたないこと考えてはいけません!」


「もう……キミはやっぱり悪い人です。私を悪いことばかり考える天使にしてしまうんですから……この羽が真っ黒になったらキミのせいなんですからね……」


「えぇ、罰を与えます。悪い子のキミには、罰がお似合いです。少し添い寝するくらいなら構わないでしょう。もぞもぞ。これは罰なんです。天使の羽もセットで、今度こそ生の羽毛布団です」


「ふふっ、すーっ、すーっ、寝息がするたびにキミのお腹がふくらんでしぼんで、この何でもない繰り返しが愛おしいのはなぜなんでしょうね。すーっ、すーっ、って、つられて私の呼吸も同じリズムになっていきます。鼓動も、とくんとくん、重なっていくみたいです……」


「……これは罰なんですよ。天使のキスで、私のことを忘れられなくなってしまえばいいんです。同じ呼吸が引き合って一時重なった、ただそれだけのことです……ん」


「はふぅ、こんな幸せな気持ちになる罰なんて聞いたことありません。毎日だって続けたいくらいです。いけない、いけない、クセになっちゃいます。これで終わりです。でも、でも、もう一回くらいいいですよね。誤差の範囲内です……ん、名残り惜しいですし、もう一回くらい、四捨五入したらゼロですし……んちゅ」


「うぅぅ……我を忘れてしまいました……天使失格です。自己嫌悪です。でも、これだけしたんですから、頭のどこかに私のことが残りますよね、きっと」


「天使長の目を盗んで貯めた天使の力も、もうすぐおしまい。この時間も終わりです。明日起きたらキミは私のことを忘れちゃうんでしょうね。こんな何日も尽くした天使を忘れちゃうんですから、ひどい人です。キミは、えい、えい。でも、いい人でもあるから困るんです。なで、なで、ふふ、キミをこうして撫でるのは楽しいです」


「最後に安眠させることができてよかったです。普通の中で精一杯生きているキミに、普通の天使の私ができることは、こんなささやかなことくらいです。明日起きたら頭がすっきりする程度。ですけど、キミの役に立つことができてよかったです。私はキミのオヤスミ天使ですから」


「そろそろ時間なので帰りますね。明日のキミは私のことを覚えていないと思います。でも目覚めたキミが出かけた時、最初に頬を撫でた風が私かもしれません」


「もし、キミが私のことを忘れても、その風の優しさのことを覚えていてくれたら──いいな」




『朝、いつもの電子音と共に目を覚ました。あれ昨日目覚ましかけたっけな?』


『と思ったけど、そんな細かいことを気にしている時間はない。手早く身支度を済ませて玄関のドアを開く』


『一日のはじまり、日常の繰り返し。今日はなんだか気分が良いけど、日々の雑事にすぐ押しつぶされてしまうのだろうと思う』


『気が重くなりそうなところで、風が吹いた。吹き込んだ風は、頬をそっと撫で、木々の香りを運んでくれた』


『誰が見ているわけでもない。誰がとがめるわけでもない。けれど、自然と背筋が伸びた』


『苦笑しながら襟を正して、今日の一歩を踏み出した』

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オヤスミ天使は貴方の下に訪れる 片銀太郎 @akio44

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