第3話

「今日はお散歩に行きましょう!」


『唐突なのにもそろそろ慣れてきた』


「私は考えました。キミがどうしたら眠ってくれるのか。そしてキミは私とお話するのが楽しくて余計に目が冴えてしまっていると気づきました! 罪な天使ですね、私……」


『否定はしないけど、ツッコミたくなるこの感じ』


「そこで今回はほどよく歩いて疲れて、気持ちよく眠ってもらおうという考えです。さーて、一緒にでかけましょー」


『ところで天使ちゃん』


「なんですか?」


『天使ちゃんって他の人に見えるの?』


「他の人には見えませんね。キミに見えるようにするためにも天使の力を結構使ってるんですよ? なので他人に見られたら虚空に話しかける悲しい人になってしまいます。今回は夜のおさんぽなので大丈夫だと思いますけど」


『そっかー』


「残念そうな顔してますね?」


『天使ちゃんとのデートにはならなさそうだなって』


「でっ、で、でででで、デートですか!?」


『せっかく可愛い天使ちゃんと一緒に出かけるなら、色んなお店入ったりできたら楽しいかなって思ったから、少し残念』


「……」


『……大丈夫?』


「そ……その、私は天使ですので、人の世界で言うデートの経験はありません。なのでいきなりムードのあるお店に入られても萎縮してしまうといいますか……むしろ、このぐらいからの方がありがたいといいますか……」


『それはつまり』


「お散歩デートからはじめません……か?」


『よろこんで!』


「(あぁぁぁぁぁぁ! デートのお誘いしちゃいました! 天使とはいえ女性からって、はしたなくないですかね! 恥ずかしくないですか? 大丈夫? 間違ってないですか? 日本だと女性から誘うのはダメって聞いた気もしますが、それって神話の話でしたっけ??? でもそれはこの際気にしないことにします。初デートですよ!デート!……やったぁ」


『途中から声にでてますが……だめだ聞こえてない』


「あぁ、でもデートって何すればいいんでしょう!? こんなこと先輩方も教えてくれませんでした!? どうしましょう。歯の浮くようなセリフなんてわかりませんよ!?」


『天使ちゃんが誘ってくれたので、今度はこちらから……手をつないで散歩すればデートらしくなると思うよ。はい』


「あ、手をつないで……いいんですか!?」


『もちろん』


「か、噛みついたりしませんか!?」


『手に口がついてる人は見たことないね……爪も切ってるし大丈夫だと思うけど』


「緊張してるんですが!手汗とか大丈夫ですか!?」


『こっちも緊張してるのでお互い様でお願いします』


「……はい。それでは失礼して……ん、きゅって、握っちゃいました。これで合ってます? 強く握った方が愛情表現になるとか人の世界のルールがあったりしませんか!?」


『プロレスラーの握手じゃないからね!? 握りつぶしに来られても困るよ!? まぁ、自然にね? それじゃ、いこっか』


「はい、行きましょう。ふふっ、普段は飛んでるのに、こうして地面を歩く時が来るなんて、それもキミと一緒にだなんて、なんだか不思議な気分です」


『普段歩かないなら、もう少しゆっくりの方がいい?』


「ぜんぜん大丈夫ですよ。天使の体は人並みの性能が保証されてますので、何十キロ歩くとかでなければ平気です。もし疲れた時はキミにおぶってもらいましょうか」


『そんな遠くには行かないし大丈夫だよ』


「夜のお散歩って雰囲気がありますね。あたりは暗くて、しんと静まり返って、道しるべになるのは、街灯や周囲の家から漏れる光だけ。その光を頼りに進んでいく、まるで星を目印にして大海原を航海してるような気分です」


『詩人だね』


「ふふっ、色々なことがはじめてで雰囲気に酔ってるのかもしれません。普段は空からなので違うんですよ。街の明かりは足下に星空が広がっているみたいに見えます。地上の星、その一つ一つが人の生きている証です。空からその星を目指して下りていくと、徐々に光の輪郭がはっきりしていって、最後は家の明かりに辿り着くんです。それが星から星へと旅してるみたいで好きなんです」


『ちょっとした宇宙旅行みたいだね』


「宇宙には行ったことありませんが、似た感じかもしれません。でも本当に不思議な気持ちです。幾万の星の一つにキミがいて、今はこうして手をつないで歩いている……まるで奇跡みたいです。夢じゃないですよね。手をにぎにぎしちゃってもいいですか?」


『いくらでもどうぞ。夢みたいだと思ってるのはこっちもだよ』


「にぎ、にぎ、夢見心地では負けませんよ。こうして手をつないで歩いてるだけでも私、ドキドキしてるんですから! 周囲に人影もなくて、まるで世界に私達だけみたいです。いつまでもこんな風にしていられたらいいなって思います。だって私はキミのことが──っ」


『え?』


「ぁ……こんなタイミングで出くわすなんて、どうしましょう……」


『どうかしたの?』


「天使のささやきのお仕事です……近くに絶望している人がいるみたいです。私は今日の当番じゃありませんし、もう少しすれば当番の天使が来ると思うのですが……」


『行ってあげなよ』


「でもデート中に相手を放り出して仕事に向かうって、最低じゃありません!? キミのために割り振った時間を他の人に回してしまうのも申し訳なくて」


『天使ちゃんはいい子だよ。だから辛い人が近くにいると知ったままデートしても、楽しめないと思うんだ。こっちだって天使ちゃんが悲しい顔をしていたら気になって楽しめないと思う。だからお互いのためだよ。気にしないで』


「ありがとうございます……でも……(あぁやっぱりキミだなぁ。こういうまっすぐなところが、キミだなぁって嬉しくなっちゃいます。でも一方で、こんなにあっさり聞き入れられると複雑といいますか、私との時間が楽しくなかったのかなって不安になるといいますか、もう少し惜しんでくれてもいいのではとか思ってしまいます。あぁ、もう! わたしったら!めんどくさい女になってます天使力が足りてないですうにゃうにゃします)」


『もし申し訳ないと思うなら、天使ちゃんに一つだけお願い』


「はい、なんですか?」


『明日は天使ちゃんの笑顔が見れたら嬉しいな。天使ちゃんの笑顔が好きだから』


「っ――」


『ちょっと照れるけど、伝わった?』


「はい! はいっ! 私行ってきます! あの、わ、私!」


『何?』


「やっぱりキミで良かったです。キミに会えてよかったです! おやすみなさい!」

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