第2話

「というわけで、今日は本を読もうと思います」


『いつも唐突だね。天使ちゃん』


「誰のせいだと思ってるんですか!? 全然寝てくれないキミのために私は考えました。一番ねむたい時っていつなんだろう? って、答えはすぐにわかりました。そうです、天使養成学校の授業です。教師役の天使様のあの抑揚のない平坦な語りを思い出すだけで、今にも眠ってしまいそうで、すやぁ」


『天使ちゃんが寝てどうすんの』


「ね、ねてませんよー! それでは本を読みますね」


『はいお願いします』


「『ヒャーハッハッ! こちとら泣く子も黙るソドムの男よ! てめぇの娘なんて差し出されようが一切興味ありゃしねえ! さぁとっとと旅の男を出しな! たっぷり嬲ってヒイヒイ言わせてメスにして、栓無しには街を歩けない体にしてやらぁ!』」


『寝る前には刺激的すぎない? あとエンジェルボイスでのゲス台詞がシュール』


「んー、ダメですかー、残念です。その前の『ふーん、悪を滅ぼすためとはいえ巻き添えで良い人を殺して、神様は心が痛まないんだー(チラッチラッ』して、50人良い人がいればOKから10人まで値切り倒すところも好きなんですけどね。5分の1とか値切り過ぎじゃありません? 大阪のオバチャンもびっくりですよ」


『この天使、信仰心足りてる?』


「しっつれーですね。真面目な天使ですから毎夜毎夜、キミのところに訪れてるんですよ」


『いつもありがとうございます。最近は夜が楽しいです』


「もぅ……こんな時だけ調子いいんですから」


『いえ本当の気持ちです』


「はぁー……早く寝てくれる方が私としてはうれしいんですけどねー」


『善処します』


「ですがどうしましょう、早速今日のネタが尽きてしまいました」


『ネタ少な』


「天使の仕事しながら、沢山ネタ仕込むなんてできませんよ!」


『天使ちゃんも、結構大変なのね……』


「『それなら仕事の話はどう?』ですか……私の仕事の話なんか聞いても、つまらないですよ? 愚痴になっちゃいますし」


『つまらない方が寝るには良いのでは?』


「……それもそうですね! 退屈な授業からお話しようと思ってたはずなのに、いつの間にか面白い方に向かおうとしちゃってました。なんででしょう」


『芸人根性?』


「天使を芸人扱いしないでください!」


『実際面白かったし、それに』


「『でもどうせなら面白くって自然に考えちゃうの天使らしい優しさでいいと思う』ですか? もう!おだてても何もでませんからね! そんな風に考えてくれるキミの方が素敵なんですからね! ばかー!」


『デレだかツンだかよくわからんやつきた』


「……こんなことばかり言って、全然寝てくれないんですから、困っちゃいますね。ふふっ、それじゃ私のお仕事の話をしますね」


『どうぞー』


「天使のお仕事といってもそこまで大した話じゃないんですよ。私はヒラの天使ですのでお仕事もふつーです。おちんぎんもふつーです」


『天使業界も楽じゃないのか……』


「お仕事は、人間の皆さんを良い方へ導くことです。天使の力で、悪い方向に向かいそうな人を止めたりします。具体的には、辛いサラリーマンの人がこのままだと電車に飛び込んじゃいそうだったら、心の中で『美味しいお寿司を食べてからにしません?』とささやいて、気分を変えるきっかけを与えたりします。しんどい人が、急に両親や友達に電話しようかな? という気分になったら、だいたい天使ですよ。私達は天使のささやきと呼んでます」


『おおう、結構大切な仕事してる』


「そうでしょう。そうでしょう。ダイエット中の女の子がいたら『あまーいパフェをたべませんか?』とささやいたりもします」


『それは悪魔的行為では?』


「ダイエットのしすぎでフラフラで車道に出て事故になるような場合に止めるんです。事故で亡くなるのに比べたらやむなしですよ。私だって心を鬼にして『その甘さは天使の微笑み。ルビーのような苺と純白のクリームが奏でる二重奏が君を天国へと誘う。そして甘さに火照った舌は、冷たいアイスが優しくクールダウン。絶対に逃れられない』って、イケボで言う練習もしてるんですからね!」


『天使に食レポ技術が要る時代だったか』


「こないだなんか、都会で追い詰められて犯罪を犯そうとしてたおじさんに『お母さんの煮っ転がしの味、思い出して下さい』とささやいて、田舎に帰らせたんですよ。あれはいい仕事でした。天使長にも誉められましたし」


『あのー、天使業界に詳しくない素人質問で恐縮なのですが』


「教授みたいな怖い聞き方しないでくださいよ!? はい、なんですか?」


『天使ちゃん、食べ物のことしかささやかないの?』


「あはは、そんなまさかですよー! 確かに私は食べるの大好きですが、他のささやきもしてるはずです! 過去を思い出してみれば、すぐに素敵なささやきが出てくるはず……えーと、えーと、えぇーと、えぇぇぇーと……あれ? あーれー?」


『あー、ごめん。変なこと聞いちゃった』


「ち、違います! 人を励ますには人のプリミティブな欲求に働きかけた方がよいというのがありまして! 食欲が一番わかりやすいと教師役の天使様も言ってましたし! そのかわいそうなものを見る目やめてください!」


『今度いっしょにご飯食べにいく?』


「はい、ぜひ! じゃなくて、話を聞いてー!」


『ごめん、ごめん』


「はぁ……今日も上手く眠らせることができませんでした。でもこれで良かったような気持ちもあって複雑ですね」


『どのへんが複雑なの?』


「お話してキミを眠らせることができても、もしかしたら自分で起こしちゃったかもしれないなーと思いましたので」


『どうして起こすの?』


「お仕事について真面目に話してる時に、眠られると腹が立つと思いませんか?」


『……天使性はどこやったのさ、気持ちはわかるけど』

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