オヤスミ天使は貴方の下に訪れる
片銀太郎
第1話
「そうです。私がオヤスミ天使です!……というわけでキミは早くねてください!」
『というわけって、どういうわけですか、ここは僕の部屋で……羽根、頭の輪っか、飛んでる、美少女……』
「エンジェルワープの前にあらゆる戸締りは無意味、エンジェルピッキングの前にあらゆる鍵は無意味。つまり抵抗も無意味です。わかったら早くねてください」
『今の単語に安心する要素ゼロなんですが。千歩譲っても不法侵入ですし、万歩譲って天使だとしても、事情を説明してもらえないと、いつ天に召されるか怖すぎて夜も眠れません』
「仕方ないですね、説明してあげます。天使のお仕事は沢山あって、その中には日々を真面目に生きている人間にささやかな幸せを与えるというお仕事があります。そこで私は考えたんです。人の幸せはなんだろうって?」
『急に哲学的なお話に』
「そうです。かしこの天使ちゃんだからこそ取り組める難題です。ですが解決のヒントは見つかりました。人間の三大欲求、睡眠欲、食欲、──」
『性欲というわけですねありがとうございますありがとうございますそれではエンジェルデカパイでよろしくお願いします』
「こんな時だけ食い気味に来ないでください!天使だからえっちなのはダメ!性欲じゃないです!食欲も……お料理もあまりゴニョゴニョ……なので、睡眠欲です。睡眠欲! 最近の人はみんな眠るのが大変になっていると聞きました。だから天使として頑張ってる人を安眠させたら、ささやかな幸せにつながるかな、って思ったんです!」
『ちぇー』
「露骨に残念がらない!えっちなのは諦めて、素直に眠ってください!」
『天使ちゃんのおっぱい枕だったら気持ち良く眠れる気がするのになぁ』
「じゃーん、見てください。このエンジェルピローはふかふかなことに定評があるんですよ。……例えば人の顔に押し付けたら声の一つも上げられないくらいに」
『やめてください永眠してしまいます』
「ふんだ。わかったら素直にねてください」
『それですぐ眠れるなら困ってない人だと思うんだけど』
「それもそうですね。なら眠れるように私が一肌脱ぎましょう……って、えっちな意味じゃないですからね! もー、すぐにスケベな顔するんですから。この人、本当に善良な人間なのかしら、善人査定間違えたかしら」
『ストレートなスケベは善良だと思います』
「そういう話じゃありません! いいですか! すぐに眠らせてあげるんですからね!こほん、では私の自慢つやつや純白の羽根をこうしてキミにふぁさー、と被せて……はい、高級羽毛布団」
『……』
「おかしいですね。天使界隈だと鉄板なんですが」
『眠らせるところでボケてどうすんの』
「ち、違います! コレは軽いジャブです! 笑わせてリラックスしてもらいたい、という壮大な天使の計画の一部なんです!プロジェクトエンジェルなんですよ!」
『だが天使の前に新たな課題が立ち塞がる』
「勝手にドキュメンタリーみたいにしないでください! 本来、キミが協力してくれればすぐに終わる内容なんですからね!」
『協力したいのはやまやまなんだけど……』
「え、なんですか? ふん、ふん、『可愛い天使ちゃんとお話できるのが嬉しくて、寝ちゃうのが惜しい』!? ―――ぇぁ、ぅぁ、それはその――」
『黙りこくってしまわれた』
「ん――! んんん、なんですか!? なんなんですか!? そんなこと、いきなり言いだしてきてぇ! 困ります! 私だって仕事なんです! なのにそんなこと言われたら眠らせづらいじゃないですか! 言うに事欠いて『カワイイ』だなんて、『カワイイ』だなんて! そんなこと言われたって! そんなこと言われたって……うれしくなんか……ふにゃ……」
『今度は急に叫んだと思ったら、結構チョロい』
「……今、私のことチョロいと思いました? ちがうんです、ちがうんです! 普段の仕事って、人を見守ったり下級の悪魔と戦ったりするのが仕事で、人と話すことはあまりなくて、ちょっと舞い上がっているといいますか! 直にほめられると思ったより刺激的といいますか! ……と、とにかくちがうんです! あ、悪い顔してる!なにするつもりですか! 止めてください!」
『カワイイカワイイカワイイカワイイ!!』
「いやあぁぁぁぁぁぁ! 恥ずかしいぃぃぃ!……って、そんなわけないじゃないですか。私のことポマードと叫べば逃げる怪異かなんかと思ってるんですか!? 感情も込めずに連呼されたくらいで、天使の私が照れたりするはずが……あぅ、テレが後からきました……うぅぅ……」
『そういうところは本当に可愛いと思うよ』
「やめてください!追い打ちは! もぅ……顔見れないじゃないですかぁ……それにどうせ誉めるんなら、もっと天使らしいところを誉めてくださいよ」
『天使らしいことしてたっけ?』
「……そういえば確かに……今からでも遅くないですね。天使らしいところを見せれば、キミも素直に眠ってくれるかもしれませんし、よし! まずは天使の輪をきゅっきゅっと磨いて後ろの光を20パーセントアップ、翼も広げてふんわり浮いて神秘度50パーセントアップ、演出のお徳用羽根も撒いて天使らしさ40パーセントアップ!……あーあー、ん、んんんっ」
『その撒いた羽根は後で掃除してね……?』
「──我等は主が使者にして、貴方の災いを退け、貴方の悩みを払うため、つかわされたもの。貴方の歩むすべての道は守られています。心穏やかな眠りへの道もまた私の手で守られるもの。静かな夜と共に訪れる貴方の同胞、貴方の傷付いた心を鎮め癒やすため参りました──」
『うわ、めっちゃよそ行きボイス』
「っっっ……!」
『!?』
「もう! そんな反応じゃ、こんだけ頑張った私がバカみたいじゃないですか! 実家では声低そうとか、男と話す時だけ声が高いとか、心無い人はそんなことばかり言うんです! 人間のみなさんもお仕事の電話の時は声違うじゃないですかー! 撒いてる羽根もタダじゃないんですよ! ばかーっ!」
『いや、ごめんごめん』
「ふーんだ! しりませんよーだ! なんですか、もう話なんて聞きませんよ。帰るんですから、帰ります! え、えぇっ? 『とても綺麗な声でドキッとしたから、つい茶化しちゃった。ごめん』ですって!? ふーん、そう、そうですか、わかればいいんです。私の天使らしさが伝わればそれだけで!まぁ、そう言われるのも慣れっこなので、今更喜んだりなんかしませんがー!」
『いや、そのようには言っておりますが』
「私の『羽根がとってもパタパタしているように見える』!? ぁ、あら、なんで、これは……その、きのせいです!」
『ほら、やっぱり可愛い』
「もぉー! いい加減にしてくださーい! ちょっとは寝てくださいよぉー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます