エピローグ


 


 数日後の夜。


「マルスさんの情報が入ったら連絡する」


 頬をかくポムは、クレナと視線を合わそうとしない。


「ありがとう。期待してる、有能な情報屋さん」

「おぅ。だって、今度はおれたちがあのひとを助ける番だろう?」


 躊躇ったように口をすぼめてから、ポムはクレナを見た。お互いの瞳にしっかりと姿が映る。

 クレナは力強く頷いた。


(きっと、生きている。そして彼は、彼のやり方で罪を償い続けている)


「ポム」

「ん?」

「わたしたちは、いつか、あのひとみたいに笑えるようになれるかな」

「なれるかな、じゃない。なろうぜ」


 すっ、と。

 どちらからともなく、ふたりは背中へ腕を回して抱きしめ合う。


(……あたたかい)


 ポットシチューやホットカフェオレとは違うあたたかさに、一瞬だけクレナは瞳を閉じる。

 そっとポムから身を離すと、ヒューゴが声をかけてきた。


「いつでも戻ってきてくださいね。歓迎します」

「だから、それはおれの台詞!」


 ポムとヒューゴが軽妙なやり取りをしている一方、部屋の奥でセイラは俯いていた。


(……セイラもセイラなりに葛藤しているんだろう)


 だから、クレナは敢えて声をかけない。


「お世話になりました」


 クレナは深く頭を下げて、情報屋を後にする。

 階段を降りきったところで再び扉が開かれた。立っていたのは、今にも泣き出しそうな表情のセイラだった。


「あたしは! あたしにできることをする!」


 初めて視線が合ったような気がして、クレナは緊張がようやく和らぐのを感じる。


「がんばって。応援してる」


 雲ひとつない澄んだ空は藍色。ちかちかと瞬く星はあれど、闇の方が濃い。


 クレナの装いはこの街に来たときと同じ。

 カーキ色のナポレオンジャケット、黒色のショートパンツ。ごつごつとしたブーツも、黒。

 街灯で照らされた大通りに出る前に、黒いフードマントを羽織る。

 右手首に巻かれたレモンイエローのリボンが風になびいた。


「……」


 宗教都市ビオレッタの象徴である教会は夜でも明るく荘厳な光を纏っている。

 人々は今日も明日も、あの場所で祈りを捧げるのだろう。


(何も変わらなかった。分かり合えなかった)


 アオイに魔女の一滴を諦めさせるという目的すら、達成できていない。

 それでも、この街の物語はポムたちが変えていくのかもしれない。

 クレナは教会を一瞥してそのまま通り過ぎる。

 向かうのは、魔法博物館。

 三年ぶりにマルスと再会した場所だ。高い塀に囲まれた建物を見上げる。


(次に会えたときは、言えるだろうか。好きだ、って)


 夜風は決して暖かくないのに、クレナの内には熱がこもっている。


『俺を雇わないかい?』


「!」


 声が聞こえた気がして、クレナは勢いよく振り返った。

 しかし、当然ながら誰もいない。


(わたしたちは、何も似ていないと思ったけれど)


「わたしは、大丈夫」


 呪文のように呟いて、クレナは口角を上げる。


(傷だらけなのは、そっくりだ)


 未だに、絶望の出口を知らない。

 だからこそ魔法を使い続ける。前に進むために。きっと、これからも。

 その先にあるものを知るために。


(自分の意志で、自分の足で。世界を確かめよう)


 例外なく、この夜も明けるのだから。


「便利屋って、どうやったらなれるのかな」


 憧れの人間と同じように笑えていることに、クレナはまだ気づかない。










   了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女のひとしずく shinobu | 偲 凪生 @heartrium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ